10. アーシャの命令
(シロム視点)
<< 今晩は、今いいですか? >>
夕食が終わり、部屋に戻ってしばらくするとアーシャ様から念話が届いた。
<< は、はい、大丈夫です。>>
と慌てて返す。後で話があると言われていたのと、念話だと相手が目の前にいないので幾分落ち着いて対応できる。もっとも食堂に居た時に比べればの話だ、心臓がバクバクしているのは変わりない。
<< シロムさん、改めてお礼を言いますね。私のことを黙っていてくれてありがとうございました。>>
<< と、とんでもございません。>>
<< それと私はこの町を破壊しに来たのではないですから安心してください。>>
と言われたが念に笑いの感情が混じっている。ひょっとしてひとりで慌てていた僕を笑っているのか?
<< 御免なさい。別にシロムさんのことをバカにしたわけではありません。ちょっと面白かっただけです。>>
やはり面白がられていたのは確かな様だ。恥ずかしくて顔が熱くなる。
<< だって、この国は私が守る様に
<< お
<< 御免なさい。私の父は聖なる山の神です。>>
<< 聖なる山の神の御子様........。し、失礼いたしました。>>
と、とんでもないことになった。
<< ひょっとして3年前のコロール平原の奇跡の時に
<< 3年前? 他国の軍隊が攻めて来た時ですか? ええ、ケフェルに行ってもらったのは私です。敵軍の傍まで行って視覚を共有してもらったの。出来るだけ敵兵を傷付けずに追い返すにはケフェルの視界が必要でしたから。>>
ヒェ~~~~~~! やはりとんでもないお方だぞ! これは対応を間違ったらとんでもないことに......。そう言えば、なぜ僕なんかが御子様の対応をしているんだ? 普通これは偉い方々の役目だろう。誰かに代わって欲しい............。
<< ダメです。私のことは偉い人達にも秘密ですよ。話さないでくださいね。>>
<< は、はい。>>
<< それにシロムさんは神官候補生....将来は神官になるのだから私と話をしてもおかしくないでしょう。もっと自信を持って下さい、シロムさんなら立派な神官に成れますよ。>>
あれ? ひょっとして心を読まれている?
<< 心を読んでいるわけではありません。言い難いのですが.....シロムさんの思考のほとんどが念となって発信されています。大丈夫です。少し練習をすれば漏れなくなります。今度お教えしますね。>>
<< そ、そうなのですか.....>>
<< 落ち込まないでください。お陰でシロムさんが信頼できる方だと分かりました。>>
<< は、はぁ...... >>
<< それで、実はシロムさんにお願いがあるのです。>>
お願い!? 御子様からの命令となれば命を懸けて実行するしかない。
<< ぼ、僕に出来る事でしたら。>>
<< 実は次のお休みに服を買いに行きたいので案内をお願いしたいのです。もちろんシロムさんが学校から帰ってからで構いません。今着ている遊牧民の服で町を歩き回ると目立ってしまいそうですからね。ただし安い服でないと困ります。私はお金を無くしてしまったので二葉亭でいただく賃金で買える値段でないと。ええっと、次のお休みまで4日ですから予算は銀貨20枚です。>>
<< か、畏まりました。次の二葉亭の休みの日は学校も休みですので朝からご案内出来ます。>>
<< それは良かったです。せっかくのお休みの日を潰してしまって申し訳ありませんがよろしくお願いします。>>
そう言ってアーシャ様は念話をお切りになった。よかった。ご命令はお買い物の案内......これなら僕でも......いや無理だ......どうしよう.......女性用の服の店なんてほとんど知らない、服についてアドバイスを求められても答えられない。
その日、僕は朝まで眠れなかった。
(アーシャ視点)
念話で話すと、シロムさんは心の声がだだ漏れ状態だった。ちょっと可哀そうに思ったが、心の声を聞いていると気が弱くて心配性だけど悪い人じゃないのは分かる。この人になら私の正体を話して協力をお願いしても大丈夫だと確信が持てた。
今私に一番必要なのは町中をうろついても目立たない服だ。町で動き回るためにも何とか手に入れたい。今着ている遊牧民の服は見る人が見れば騒ぎになるとカンナに教えてもらった。なんでもこの国の祖であるカルロと言う人の一族と同じデザインらしい。幸い二葉亭で働く時は身体全体を覆う白いエプロン(割烹着というらしい)を付けるので大丈夫だろう。
問題はお金だ。二葉亭で働けば毎日銀貨5枚もらえるそうなので、それで買うしかない。次の休みの日までに貰えるのは銀貨20枚の計算になる。銀貨20枚で服が買えるのかどうか分からないけどとりあえず行ってみよう。
翌朝は朝の鐘と共に起床する。神殿は1日に朝、昼、夕、深夜とそれぞれの中間の8回鐘を鳴らすことになっていて、人々はそれを時間の目安にしているらしい。身支度を整えて1階に降りると既に朝食の準備がされていた。
「お早う、アーシャちゃん。よく眠れた?」
と早速サマンサさんが挨拶してくれる。
「お早うございます。あの、私も手伝わなくて良かったですか?」
「何言っているの。昨日言ったでしょう。アーシャちゃんの仕事は昼の鐘が鳴ってから閉店までよ。それ以外は自由にしてくれて良いからね。」
「ありがとうございます。」
思ったより好待遇だ。ジークさんが「二葉亭さんなら間違いない」と勧めてくれただけある。
他の人達にも挨拶をして食卓に付く。
朝食は粥料理というものらしい。米を茹でたものを鍋から自分で器によそい、それに皿に盛られている色々なおかずから好きな物を粥の上に乗せて行く。おかずは、肉や様々な野菜、豆、小魚、茸等を長期保存できるように濃い目の味付けで煮たもの、胡麻や漬物と呼ばれる発酵食品と様々だ。時間があるときに作って保存しておくらしい。
どんな味がするのか分からないので、全部を少しずつ取って粥に乗せたが、濃い目の味が淡白な粥とマッチして中々に美味しい。特に小魚を濃い味に煮たものは最高だ。近くの湖でとれる魚らしい。
食べている内にシロムさんも降りて来た。
「お早うございます。」
と挨拶をすると、ちょっと緊張した声で、
「お、おはようございます。ア、アーシャ様」
と返って来た。
<< シロムさん、様はダメです。>>
と慌てて返す。幸い小さな声だったので誰にも聞かれなかった様だ。
「す、済みません。アーシャ....さん」
<< はい、それで良いです。>>
「それにしても美味しいですね。毎日こんな料理が食べられるなんてシロムさんが羨ましいです。」
「そ、そうですか? こんなもので喜んで頂ければ嬉しい限りです。僕も昔は父さんを手伝って作っていたんです。」
「まあ、シロムさんもこの料理が作れるのですね! すごいです。」
「この程度では自慢になりません。この町には色々な国から移民してきた人が多いですから色々な国の郷土料理を食べることができます。ご興味があれば今度お連れします。」
「あー、お兄ちゃんがアーシャさんをデートに誘ってる。」
スミカちゃんが口を挟むと、シロムさんは真っ赤になった。
「あらシロム、誰とデートするのかしら?」
と店先から声がした。振り返ると昨日二葉亭まで案内してくれた女の子が立っていた。確か名前はカンナだ。隣に住んでいると言ってたっけ。
「カンナさん、おはようございます。昨日はありがとうございました。」
「えっ!? アーシャちゃん。どうしてここに?」
「今日からここで働かせていただくことになりました。」
「まあ、住み込みで働くの? それはそれは......。」
ん? カンナの目が鋭くなった? いや違うから、別にシロムさん狙いでここで働くことにしたわけじゃないからね。
「実はお金を入れていた袋をなくしてしまって、困っていたら女将さんがここでしばらく働かないかと言ってくれたんです。無銭飲食で役人に突き出されても文句が言えないところだったので助かりました。」
そう言った途端にカンナの顔から敵意が消えた。
「まあ、それは大変だったわね。きっとスリに遣られたのよ。私に出来ることなら力になるからいつでも言ってね。」
と言ってくれる。やっぱりこの子は良い子だな。
「それよりシロム、ぐずぐずしていると遅刻するわよ。」
「わ、悪い。もうそんな時間か!」
私とカンナの会話を傍観していたシロムさんは、残りの粥を掻き込むと慌ただしくカンナと店を飛び出して行った。家族の人達は誰も驚いていないから、いつもの光景なのかもしれない。
(シロム視点)
急ぎ足で学校に向かいながら、昨日考えていたことをカンナに頼む。
「なあカンナ、アーシャさんが安い服を売っている店を探しているんだ。今度の休みに案内してくれたら昼飯を奢るけどどうだ? 予算は銀貨20枚らしい。」
「銀貨20枚だと古着になるわね....。それでも良いの?」
「ああ、多分。遊牧民の服だと目立つから嫌なんだって。」
「そうか、それもそうよね。いいわよ付き合ってあげる。その代わり昼はカナンでイタリ料理を所望するわ。」
「あ、あの店は....ちょっと」
「なによ、シロムは男でしょう。美女をふたりも連れて出かけるんだから奮発しなさい。」
カナンの店は僕にはちょっと高級過ぎる。3人で食事となると......ひょっとしたら服の費用より高額になるかも......でも御子様の為だ。
「分かりました.......よろしく頼む。」
「へー、驚いた。シロムにしては度胸が据わってるじゃない。」
御子様のご命令だ、全力を尽くさざるを得ない。アーシャ様はお優しいお方みたいだけど、ご機嫌を損ねたらどうなるか.......なんたってコロール平原の奇跡を起こしたお方なのだ。その気になればこの町がどうなるか想像したくない。
なんとか学校に着くまでにカンナの助力を取り付けた。僕に女性の服なんて分かるわけが無いから、良くやったと自分を褒めながら神官候補生の教室に入る。教室では遅刻ギリギリに駆け込んだ僕と違ってクラスメイト達全員が揃っていた。
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