真実の愛、その結末は。

もふっとしたクリームパン

第1話 前編

 今日は朝から大忙し。いつもなら担当者にある程度任せるのに、商会長である夫が指揮を執って馬車に乗せる商品の最終確認を行っている。


 それもそのはず、裕福なとある伯爵家からのご指名で、我がスーダン商会自慢の商品を直接お届けすることになったからだ。貴族の顧客は数あれど、今回の商談に成功すれば上客になるのは間違いない。普段より力も入るというものだ。


「シンディ、君は商会の方に残ってくれないか?」

「あら、どうして。今の季節、商会自体はそんなに忙しくないし、子供達もお義母様が見ていて下さるそうよ。この港町から伯爵領までは馬車で五日もかからないし、問題ないでしょ」

「でもな…」

「大丈夫よ、それに私の方があの家のことを知っているわ」


 八つ年上の夫ルドルフが気まずそうにしているのも無理はない。何せ、指名してきた相手であるクランクイン伯爵は、私の元旦那が当主をしている貴族家だったのだから。




 私の名前はシンディ。領地を持たないボルトン男爵家の次女として生まれ、王都で育った。王宮に文官として勤める父と淑女教育の家庭教師として働く母を持ち、家に居ない両親に代わって兄と姉にそこそこ可愛がられながら、男爵令嬢としてそれなりにしっかり育てられた。貴族の家とは言え、冷たい家庭というほどでもなかったし、仲の良い普通のいい家族だと思っている。


 ただ順風満帆と言う訳ではなかった。ある日、姉が結婚する為に用意していた持参金を、当時男爵家で雇っていたメイドに盗まれたのだ。後日、そのメイドと共犯の男は捕まったが、盗まれたお金はほぼ使われており、貴金属も全部売り払われていた。犯人共は鉱山送りにされ、多少のお金は戻ってきたが全く足りない。婚約者との結婚が近かった姉は引き籠るほどショックを受けていた。それも当然だろう。持参金を持てない花嫁は当人同士が良くても相手の親族に冷遇されることが多いし、中には婚約破棄される場合だってある。姉の婚約者は姉を愛しているが、親族から婚約破棄を勧める話が早速出てきたようで困っているらしい。


 そんな時に、私に婚約を飛び越して結婚の申し込みが舞い込んできた。相手はジョナサン・クランクイン伯爵。クランクイン伯爵家の次期当主で、ハチミツを溶かしたかのような黄金色の髪に空を吸い込んだかのような青い眼を持つ美青年。その美貌により高位貴族のご令嬢方から熱い眼差しを受けているというので有名な人物だった。


 当然、私は怪しんだ。確かに婚約者はいないので婚約も結婚も可能なのは我が家で私だけではあるが、私の容姿は至って普通。癖のある栗毛も緑の眼もどこにでもあるような色だ。一目ぼれされるような容姿ではないし、社交はデビュタントと友人との付き合いで小さな夜会に数回出たぐらいだ。相手との接点がなさ過ぎた。両親も怪しんだ。引き籠ってた姉もしっかり者の兄だってものすごく怪しんだ。でも相手は古くからある裕福な伯爵家。怪しいからと言って断れるようなものじゃない。すぐにお見合いのような場が用意され―――私は合意の上で結婚したのである。


 一つ、持参金は不要で結婚費用も伯爵家が持つ。

 一つ、上とは別に伯爵家は男爵家に充分な謝礼を支払う。

 一つ、伯爵家の妻としてふさわしくあるよう努める。

 一つ、白い結婚とし三年後に離縁する。

 一つ、愛人に関して一切口を挟まない。


 以上が、お見合いの場で交わされた決まり事。そう私は契約結婚をしたのだ。お金で買われたようなものだが、三年間伯爵家で働くと考えれば破格の金額だったし、母から上位貴族のマナーなども教え込まれている。十六歳という若さもあって伯爵家でも上手くやれる自信があった。


 愛人に関してはもうお好きにどうぞ、としか言えない。別に次期伯爵のジョナサンが好きで結婚する訳じゃないし。ジョナサン本人は白い結婚と愛人に関してが最も重要なことだったようだけれど。爵位を継いだ後愛人との間に子供さえ出来れば離縁後に身分問わず結婚出来るので、私はそれまでの繋ぎであればよいのだ。


 一時期社交界を賑わせた私達の電撃結婚は、お金が欲しい私と、平民である愛しい女性と結婚したいジョナサンの利害が一致した、それだけのことだった。




 伯爵家の三年間は、私にとって正直とても楽しかった。苦労もあったが、立場が変われば人も物もこんなに変わるのかと驚かされ、いい経験になったと思う。ボルトン男爵家としても姉は無事に結婚したし、兄もお嫁さんを迎えることが出来た。


 愛人の件だって何の問題も起こらなかった。何せ黒髪の美人であることは遠目から見かけて知っているけれど、ほぼ伯爵家の領地に居た私と、王都のセカンドハウスで暮らしている愛人さんとは、直接会うような機会がなかったのだ。契約結婚とは言え、愛する人がよその女と結婚しているのだ、文句の一つは言われると思っていたのだが…。伯爵家の人達が会うことのないように気を遣っていたのかもしれない。


 仮の夫であるジョナサン本人も特に気にならなかった。ジョナサンも王都で暮らしているようなもので、領地の経営管理の為に三か月に一度屋敷に来ていたぐらいだったからだ。『旦那元気で留守がいい』と言う近所のおばさまりょうみん方のご意見はまさに正しい。


 そんなこんなで私は経営管理の仕組みなどを学び、お金の流れなども学び、たまに呼ばれる王城での伯爵夫人のお勤めしゃこうかいを果たしていれば、あっという間に時が過ぎ。愛人さんが妊娠した報告と期限の三年が訪れたのはほぼ同時だった。

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