勇者レトの最終決戦 ~Quest Ⅲ~

天宮伊佐

ラストダンジョン

ここは、魔王城の最深部。


「行けぇレト! あと一息だっ!」

勇者・レトの耳に、戦士・ロベルトの声援が響く。


おうっ!!」

レトは一直線に大巨人モンスター・サイクロップスの肩まで跳躍し、その一つ目の中心に聖なる剣を突き刺した。


「Kuaaaaa……!!!」

単眼を潰されたサイクロップスは悲鳴をあげながらも、手負いの獣の足掻きとばかりに棘付き鉄球を振り回す。


「ぐわあぁ!!」

出鱈目に振り回された鉄球は、運の悪いことに戦士ロベルトの胴体を薙ぎ払った。

血反吐を吐きながら吹っ飛ぶロベルト。誰もが瀕死の重傷を負ったと理解する。

「うぅっ、これは致命傷か。俺は、もう……」


「まだ大丈夫よロベルト! 全回復魔法ヴェーホマ!」

修道服の僧侶・ミリアがすかさず歩み寄り、ロベルトに向けて神聖な魔法を唱える。


「感謝するぜ、ミリア!」

たちまち半身の傷は塞がり、ロベルトは無傷の状態に戻った。


「今度は私のターンね」

大きな黒い帽子を被った魔法使い・マジカが、なおも暴れ続けるサイクロップスにその杖を向ける。

超火炎魔法ヴェッキラヴォン!!」

龍の首を象った杖から放たれた地獄の火炎が、サイクロップスを包み込む。


「Guooooo……!!」

炎に焼かれて身悶えするサイクロップス。

「よぅし、俺が!!」

回復したロベルトが、止めを刺そうとその巨体に近寄る。


「Kieeee!!」

しかし、手負いのサイクロップスは最後の意地を見せた。

全身全霊で、その鉄球を大地めがけて振り下ろす。

その先にはちょうど、ロベルトの頭があった。


「ぐぶぺっ!!」

棘付き鉄球が直撃し、ロベルトの頭はかち割れた。

兜越しに破砕した頭蓋骨から血と脳漿が飛び散る。

首から上を失った身体が、ばたりと大の字になって倒れる。


ロベルトは しんでしまった!


「ああっ、ロベルトが!」

もの言わぬ死体となった仲間の姿に、僧侶ミリアが悲鳴をあげる。

「マジか」

魔法使いマジカも目を見開く。

「くっそぉ、こいつめ!」

再び跳躍した勇者レトは、サイクロップスの脳天にとどめの一撃を叩きつける。

「ロベルトの仇だ! くらえっ!!」


かいしんの いちげき!!


「Guhaaaa……!!」

とうとう全ての体力が尽きたサイクロップスは、その場にどうっと倒れ込んだ。


レトたちは 12,000のけいけんちを えた。


戦いは無事に終わった。

「ミリア、ロベルトの蘇生を」

「OK!」

ミリアは頭部を失ったロベルトの死体に向け、神聖な呪文を唱え始める。

蘇生魔法ナオリク!!」

するとその身体が祝福に包まれ、ロベルトは完全に生き返った。

「ありがとうよ、ミリア。恩に着るぜ!」

流れる血はおろか、一筋の掠り傷もない状態に戻ったロベルトは快活に笑う。

「さあ、そろそろ魔王城も佳境よ。大魔王ドゥーマの玉座は近いわ」

マジカが杖で城の奥を指す。

「よし、もうちょっとで大魔王だ。行くぞみんな!」

「おぉっ!!」

レトの掛け声に、三人の仲間は頼もしい返事をした。


勇者レト、戦士ロベルト、僧侶ミリア、魔法使いマジカ。

四人はこの世を滅ぼさんとする大魔王を倒すため集った英雄たちなのだ。


長い冒険の果て、ついに辿り着いた大魔王の城。

四人はモンスターを蹴散らしながら、ラストダンジョンを進む。

世界に平和を取り戻す時は、物語の終焉は、近い。



しかし、魔王の玉座に辿り着く直前。

勇者レト一行の前に、思わぬ光景が広がることとなった。


「おいレト、見てみろ。一般人がモンスターと戦っているぞ!」

「なにっ!」

ロベルトの声に、三人は前方を見る。



「ぬぅん! 雷撃魔法ライディーン!!」

「Kuhaaaa!!!」



魔王城の水路の一角で、一人の男がモンスターと戦っていた。


屈強な男が、たった一人で。


しかもその相手は、魔王城でも最強と名高い三つ首竜・パイロヒドラ。


「信じられない。独りでパイロヒドラと戦っている!」

レトは我が目を疑った。

「マジか」

マジカも目を丸くしている。

「一体、あの人は何者……?」

ミリアは茫然と呟いた。



おとこの こうげき!

パイロヒドラに ダメージをあたえた!


パイロヒドラの こうげき!

おとこは ダメージをうけた!


おとこは ライディーンをとなえた!

パイロヒドラに ダメージをあたえた!


パイロヒドラは もえさかるかえんをはいた!

おとこは ダメージをうけた!



レトたち四人は、固唾を飲んでその戦いを見守った。


男とモンスターは互角の戦いを繰り広げていたが、徐々に男が押され始める。



おとこの こうげき! ミス!

パイロヒドラに ダメージをあたえられない!


パイロヒドラの こうげき!

おとこは ダメージをうけた!


おとこは ライディーンをとなえた!

しかし まりょくがたりない!


パイロヒドラの にかいこうげき!

おとこは にかいダメージをうけた!



固唾を飲んで見守り続け、10分ほど経ったころ。

ついに男がどぅっと倒れた。その体力が尽きてしまったのだ。


「いけない! 助けないと!」

レトたちは男に駆け寄った。


「大丈夫ですか!」

「う、うぅ……」

レトが抱き起すと、男は息も絶え絶えといった様子で目を開ける。

「だ、誰だ、きみは……もう、私には何も見えぬ……何も聞こえぬ……」


「しっかりしてください! まだ手当をすれば間に合います!」

ミリアが叫ぶ。

「Uhhhhhh……」

パイロヒドラは、じっとしている。


「た、旅の人よ。私の願いを聞いてくれ。私の名前は、アリエヘンのエルテガ……」

「なんですって!」

レトは驚愕した。


「マジか!」

マジカも驚愕した。


「ま、まさか、あなたは……!」

レトは震える声で言った。

その名前は。

その名前は、自分より先に魔王討伐の旅へと出奔した、レトの父親の……。


「しっかりしてください! なにか適切な治療手段があるはずです!」

ミリアがまた叫ぶ。

「Kuaaa……」

パイロヒドラは微動だにしない。


「も、もしもきみがアリエヘンに行くことがあったなら……そこに住むレトという男の子に伝えてほしい……」

しかし誰の言葉も、すでに男の耳には届いていないようだった。

「世を平和に出来なかった、この、父を、許してくれ、と……ぐふっ!」

最期の吐息と共に、男の首がガックリと落ちた。


おとこは しんでしまった!


「父さあぁぁぁん!!」

目を開けたまま事切れた実の父親の身体を抱きしめ、レトは絶叫した。


「ああ、なんてこと! わたしたちには何もできなかった!」

ミリアは泣き崩れた。

「レト……まさかこの人が、お前の父親だったなんて……」

ロベルトは男泣きをしていた。

「マジか……」

マジカも瞳を潤ませていた。

「Nemuuuu……」

パイロヒドラはうつらうつらとし始めていた。



「くそぉっ、邪悪な大魔王ドゥーマめ! 絶対に滅ぼしてみせるぞ!」

ひとしきり泣いたあと、勇者レトは、すっくと立ちあがった。

「その前にお前だ!! 父さんの仇は、この僕が必ず討つ!!」

「Guheeaaaa……!!!」

お預けをくらっていたパイロヒドラが、ここぞとばかりに雄たけびを上げた。

「行くぞ、みんな! 大魔王の玉座は目の前だ!」

「おぉっ!!」

勇者レト一行は、最強最後の門番であるパイロヒドラに立ち向かった。


しかし、やはり大魔王直属の最強モンスターであるパイロヒドラの戦闘能力は、今までのモンスターと比べると桁が違っていた。


「Oraaaa……!!」

その三つの首から吐かれた超高温の火炎が四人に襲いかかる。

レトの父親を死へと追いやった、恐るべき攻撃だ。

「ぐわああ!」

まともに喰らったレトが瀕死の重傷を負う。

「そんなの、どれだけ喰らっても大丈夫よ! 全回復魔法ヴェーホマ!」

ミリアの魔法により、死にかけていたレトは一瞬で全回復する。


「Doyaaaa……!!!」

鉄よりも固いとされているパイロヒドラの尻尾が、凄まじい速度で薙ぎ払われる。

「ぶげらっちょ!!」

「マジで?」

ロベルトとマジカの首が、一瞬で両断されて血しぶきをあげる。

「まだ魔力は十分余ってるから大丈夫よ! 蘇生魔法ナオリク! 蘇生魔法ナオリク!」

ミリアの魔法により、完全に死んでいたロベルトとマジカは無傷で全回復する。

脇で放置されているレトの父親の瞳は、もはや何の光も映してはいない。


「くらえ、雷撃魔法ライディーン!! ……くそっ、魔力が尽きたか!!」

激戦の中で、とうとう勇者レトの魔力が枯渇した。

「ロベルト、物理攻撃は任せるぞ! 僕は援護に切り替える!」

そう言いながら、レトは道具袋から『戦いのタンバリン』を取り出す。

鳴らし続けている間、パーティーの全攻撃力が2倍になる聖具マジックアイテムだ。

「がんばってくれ、みんな!! 僕はこれを鳴らす!!」

レトは戦いのタンバリンを打ち鳴らし始めた。

片足をどっしりと地に固定し、もう片足で軽快なリズムを取りながら。


「喰らいやがれっ!! はやぶさの剣つるぎのまい8回攻撃!!!」

「マジ究極魔法、『熱核崩壊マジダンテ』!!!!!」

「まだまだ魔力は余ってる! 正直、腐るほど余ってる! 全回復魔法ヴェーホマ! 蘇生魔法ナオリク! 蘇生魔法ナオリク! 蘇生魔法ナオリク!」

「Koryaaaa……Hideeeeee……!!!」


「うおぉーっ!! 父さん、見ていてくれ!! 僕の雄姿を!!」

魔王城の天井を見上げて涙をこらえ。

勇者レトは、宙と上げた片足の下で交互に、一心不乱にタンバリンを叩き続けた。


脇で放置されているレトの父親の瞳は、もはや何の光も映してはいない。

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