萬願亭道楽、人生と笑いを語る

よろしくま・ぺこり

第1話 謎に満ちた出生

「道楽師匠、今日はよろしくお願いします」


 −−なに、かわいいマグちゃんの顔が拝めるというので喜んで来ましたよ。しかしさあ、マグちゃん。なんで、風花監督みたいなへそ曲がりのオヤジと結婚しちゃったのですか? 四半世紀近く年齢としが違うでしょ? ウチの愚息の洒落の嫁にでもと、オタクの社長さんには話していたんですけどねえ。仕方がないからジャパンテレビの岩内絵里奈いわないえりなアナにターゲットを絞ってさ、吟醸さんチや蛆虫さんとこや、ナベハダのクソジジイにナシ(交渉)をつけていますよ。


「まあ、わたしのことはともかくとして、師匠はテレビに出ない割には放送界の人脈が太いのですね。まあ、絵里奈ちゃんはかわいいですけど、彼女を狙っている男性も多いですから、超人見知りという噂の洒落師匠にはかなりレベルが高いと思います」


 −−そうかい。ズバッと来ましたねえ。じゃあムリですなあ。ああ、それからわたくしの人脈が太いのは放送界に限ったものじゃあありません。上は皇族方から下はテロリストまでね、だいたい国内の主要な団体の方々とは繋がっていますよ。中には嫌々ながらの付き合いもありますけどね。例えば、政治家って奴らは自自党から協賛党まで穢らわしいが世の中をうまく立ち回るためには上手に付き合わなくてはなりません。実際のわたくしは無党派なんですけどね。一番付き合いが薄いのは全日本落語協会と新日本落語芸術協会ですかな(笑)。


「さて、冗談はさておきまして。最初は師匠の出生の謎についてお伺いしたいのですが?」


 −−ああそうですか。まあ、謎と言えば謎ですかね。わたくしは実の両親を知りません。ええと、わたくしは岩手県の伊色遠野久村いしきとおのくむらという、有名な日系ハワイアンズの民俗学者、ギータ柳田先生の著作のモデルになった変わった伝承の多い地域の一の神社境内に屹立していた大楠木の股の間で泣いていたところを村の名主であった義理の両親、まあ戸籍上は実両親ということになっていたんですが、二人に拾われたそうです。物心ついたらすぐに言われました。なぜなら……


「なぜなら?」


 −−信じちゃ貰えないと思いますがね、なんだか義理の、いや実の両親が言いますには「お前さまの背後にはアラハバキ神と阿弖流為さまがいらっしゃる」なんてね。どうやら両親は背後霊が見えたようなのですがね。わたくしはまだその時まだ二歳にもなっていなかったので意味が全くわかりませんでしたし、今だって信じておりません。だってわたくしは熱心な不動明王の信者ですからね。だだねえ……


「ただ?」


 −−作家の高橋克彦さんの直木賞受賞記念パーティーに招かれたときに、もうずいぶん前ですがね。高橋さんも「阿弖流為さま!」なんてわたくしのことを拝んで、その後になって、阿弖流為の小説を書いてウチにわざわざ贈呈してきましたねえ。


「でも、師匠は阿弖流為のような勇敢な武将には見えませんね」


 −−そうざんしょ? わたくしも、それで信じかねていますし、阿弖流為は最期、京で酷い処刑のされ方を軍師格の母礼とされてるのですよ。冗談じゃないですよねえ。わたくしは病院のベッドで安らかにチューブを身体中につけられて美人のナースさんたちに囲まれて笑点じゃなくて昇天したいです。


「その駄洒落はテレビでは伝わりづらいです」


 −−テロップを入れてくださいな。


「それから何か特別な勉強法をされたとか?」


 −−ああ、勉強ではないのです。そうではなくて義理の実父の家が(苦笑)、古来より続く、いわゆる『語り部』の系譜でしてね。何でもかんでも昔のことから最近起こった事までを全て暗記しなくてはならなかったのです。


「でも、すでにカセットテープやビデオテープが普及していましたよね? そんな作業が必要なのですか?」


 −−マグちゃんね、形あるものは必ず劣化し故障してしまうのです。さらには火災や洪水などの災害にあえばオジャンとなります。この世で一番信用できる記憶媒体は人から人への「口伝」だったのです。義理で実の両親は不幸にも子どもがおらず、つまり「口伝」すべき媒体がなくて悩んでいたそうです。それゆえに捨て子のわたくしを見つけた時に警察へ届けずに自分たちの実子としたのです。ただね、正直なところかなり不安だったと思いますよ。だって、わたくしは『語り部』の遺伝子を持っていない赤の他人だからです。もし、わたくしが『脳足りん』だったらいくら頑張っても記憶できませんからね。


「しかし……」


 −−ええ、そうですよ。わたくしの記憶量はスーパー・コンピューターの『富嶽』にも優るものというか、記憶だけならおそらく負けません。圧勝しちゃいますね。ただ、わたくしは「覚える」だけで、あちらのように計算というか演算ができませんから、何かを生み出したり、証明したりはできません。


「はい、ここでCMです」

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