第十七話 練習があれば、当然本番があると思っていた頃がありました
世界というものは、個人の願いを離れて存在しているなんてことは、当然、子供でも知っている。思い通りにならないことなんてありふれている。
試合に勝てないこともあるし、完璧に決まった球が打ち返されたり、確実にストライクの球がボールと判定されたり、いろいろとままならないと、ヨシタカは知っている。
ヨシタカは、大晦日前に始まっていた病気の蔓延を、どこか遠くのことと思っていて、まさか自分たちの大会に関係してくるなんて考えてもいなかった。
大陸のことで、船上のことで、すぐに収束する忘れるニュースのように思っていた。
蓋をあけてみるとーー。
「一斉休校だって。最近練習できてないね」
バレンタインデーの熱もあまり盛り上がることもなく、マスク姿の人ばかりになってしまった校内。さらには、授業のデジタル化も進めるということも聞かされた。オンライン授業で、家で授業をうけるスタイルに切り替えるらしい。
ミナとヨシタカは、部活道具の手入れや部室の清掃をしていた。最近、ほとんど使われていないから、キレイなものだけど。なぜか薄く暗く感じてしまう。
「まあ、しばらくはーー」
「春季大会、中止にならないよね」
「分からないな。もしかして、夏まで行ったりして」
でも、決まるなら、四月のどこかで、中止の決定がされるだろう。それに、もう春のセンバツは中止になったわけだし。
「冗談じゃない」
「仕方ないさ。誰が悪いわけでもないし。無事に開催できますように、願っておくべきだったな」
「そんなこと普通考えないでしょ」
「最後の夏は去年だったか」
「縁起でもない」
暗い表情のミナを笑わせようと思ったが、ブラックジョークは通じないらしい。まあ、冗談でも言っていないとやってられない。不完全燃焼感がすさまじい。結局、球速は5キロも上がりそうにないな。
それにーー。
「ヨシタカ、最近、サナと会ってないでしょう」
「会えてないんだ」
「近距離の遠距離恋愛だね」
「近くて遠いのは、もともとだ」
恋の練習も一時中断だ。いや、中止を宣言したりしていないが。あんまり話す機会がなくなってしまった。バレンタインに少し話したぐらいだ。
「練習試合したいよね」
また、話は野球の方に戻ってきたようだ。
「試合ならなんだっていい気がしてきた」
「違うよ、大会は特別だよ。まあ、お互い、健康には気をつけよううね。一番、特別なのは、ヨシタカなんだから」
「ああ。ありがとう」
特別。
特別ーー。
甲子園だけが特別じゃない。
女性なんて他にいくらでいるだろう。
結局、人生に特別なものなんてない。
たった一度きりの夏が、人生が、目の前で終わろうとしているのにーー何もできない。
春が過ぎようとしていた。
それなのにーー、夏は来ようとするどころか、ずっと逃げていくようだ。
最後は、勝っても負けてもいいと思っていた。
けど、まさかーー。
†††
青春とは、汗と泥と涙があふれているものだ。そういう青春に足りないものとして、恋愛という要素が付け足そうとしていたけど、結局、汗も泥もなければ、白色の真っ白なパレットにバラ色だけを塗りたくる気にはなれず、ヨシタカは、有り余った時間を筋トレやランニングに費やしながら、進学校の勉強に専念させていた。
おかげで、成績が、下位から中の上ぐらいまで上がってしまった。とくに、成績を上げようとは思っていなかったけど。
「お兄ちゃん、なに、無気力主人公にジョブチェンジしているの」
「ハルカ、俺は、ちゃんと勉強しているぞ」
「そんなのお兄ちゃんらしくない」
「ひどい言いようだ」
真面目に勉強していると、こんなこと言われるとは。
「他にやることがあるでしょ」
「なにか、あったか」
「今こそ、サナちゃんを落とすときだよ。吊り橋効果てきな」
「うつしたらまずいだろう。ソーシャルディスタンスだ」
「大丈夫、愛もボールのように飛んでいくから」
「あんまりウマくない気がするが」
「大会は、どうなるか分からないけどね、恋愛は、自分次第なんだから。頑張ろう」
「そうだな、こうも会えないのに、恋愛の練習とかで縛るのは悪いよな」
秋から、もう5ヶ月近く、そろそろ潮時だ。あんまり長いことサナに迷惑をかけるわけにはいかない。女子に慣れたかどうかは、結局自分では判断できないし、サナが何を考えているか、分からないけど、区切りをつけないと。
練習はいつか終わらないと。
「お兄ちゃん、やっぱり、今は駄目。今は、押して駄目だったから、ひく時期だよ。なんだか、少しネガティブっぽいし」
サナを落とす時とか言っていたのに、一転して、距離をおこうと言ってくる。忙しい妹だ。
「そうだ、ハルカ、何かして欲しいことあるか。部活もないし、時間もあるからさ、恋愛の練習につきあわせてたお礼もかねて、何かできたらいいんだけど」
「な、な、な、なんですか、急に。シスコンになったの。その要素は現実の妹的には避けてほしいところなんですけど」
「なんでもいいぞ」
「なんでもっ!じゃあ、じゃあーーーーって違う。わたしを口説いても仕方ないでしょ。お高いカップアイスぐらいでいいです」
「了解」
そう言い終えると、出て行くと思っていたハルカは、まだ部屋の中にいて、だんまりとしていた。それから、少ししてー。
「ーーねえ、お兄ちゃん、サナちゃんのこと、好きだよね」
「なんだ、また。好きだよ」
「ミナお姉ちゃんと同じくらい」
「まあ、な」
「でも、決めないといけないんだよ」
「分かってる。最後まで言わなくても分かってる。でも、今は、まだ、このままーー」
「本当にそれでいいの。チャンスは、こないかもしれないんだよ。事故とか病気とか、人っていなくなるんだから」
「ハルカ、おまえの方が少し疲れてないか」
「あはは、少し。身体動かしてないせいだね。ほら、2キロもふとっーー、って言わせないでよ」
自分から言っておいて。枕でたたくな。部屋がホコルだろう。ヨシタカは、妹の腕を押さえる。
「もう、全部、お兄ちゃんがへたれなせいなんだから」
ハルカは、そう言い残して、部屋を去って行った。
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