ノッキンヘル

夕方になるより前にアパートに戻ってきたダニーは駆け寄る早さで詰め寄った。


「カレッジに犯人がいるって?」

待ってましたとばかりに目が輝いたダニーにノックが溜め息を一つ漏らしたのは致し方ない事だろう。下水の臭いが染み着いてグロッキーなところにこの場違いなハイテンションである。


「その可能性が高い。怪しい奴は見掛けたか?」

「適当にぶらついてみたがあんだけ人いりゃ怪しいのなんて腐る程いるって。どいつもこいつも怪しく見えてくるから困ったもんだね」

「お前が使えないのはよくわかった」

「ちょっとちょっと、そんな簡単に言い切っちまっていいのォ? 俺様伊達に隊長資格持ってないのよ?」

ダニーはにやりと口角を上げた。


「死霊に反応する呪いを仕掛けといた。ロッカーとサークルの部屋、あとこっちの事情を知ってるセンセー方のデスクやらよく出入りする部屋に仕掛けるようお願いしてな。死霊がいるかいないか反応するだけの簡単な呪いだから向こうも多分気付かないだろ。あとは反応を見て足取りを探るってわけよ」

説明の中のワードに目を丸くした。


「サークルなんか入ってたのか?」

「正式にゃ入ってねーよ? 興味あるから見せてくれっつって色んなとこ出入りだけしといたのよ。人脈ってのは大事だぜ。情報先も増えるし出入りしやすいところが増えるからな」

ウィンクを投げられ瞬きをする。


「お前が真っ当な仕事についてくれて助かる」

ノックがぼそりと呟くとダニーは誇らしげに胸を張った。


「ダニーって実はエリート?」

ハジメの言葉にダニーは「YES」と笑って見せた。


「余り調子付かせるな。派手好きだからなこいつは。乗り気にさせ過ぎると悪目立ちする」

「んだよー。エリートなのはホントなんだからな! じゃなきゃお前の故郷までたった二人で任されたりしねーよ?」

「その件は感謝してる」

あしらうようにさっぱりと礼を言うノックにダニーは膨れっ面になったが、ハジメはそんな様子に笑うばかりだ。正直自分でエリートと言う辺り信憑性が落ちると突っ込みたいところだったが、サウジェントタウンで彼の力に助けられた経験があるだけに閉口せざるを得ない。


「学校内での足取りは取り敢えず俺に任せてくれよ。あんたらが働いた分、俺も役に立たなきゃな」

ダニーは再びウィンクをして見せた。確かに腕はいいはずなのに妙に不安を掻き立てられるのは何故なのだろうか。

横目でノックを見ると近い心境らしく、肩を竦められ押し黙るしかなかった。




ジーキンスのカレッジは比較的新しい大学である。生物学や生命工学などの学科があり、都心に近い位置にある少し変わり種のカレッジと言われる事も少なくない。

ダニーは中庭を通って実習室の多い西棟に向かう。協力を頼んだ教授の何人かがこの棟に部屋を持っている。ステッカーに霊体に反応する呪印を描いたものを渡し、それを各々が受け持つ部屋に貼ってもらったのだ。


ダニーはとある教授の部屋を尋ねた。柔らかな雰囲気を持った初老の教授であるが、オカルト方面に興味があるのか協力的だ。


「ちょいとお邪魔しますよ」

「いらっしゃい、ダニエル君。暫くコマが入ってないからゆっくりしていくといい」

教授の有難い言葉に感謝しながらダニーはステッカーをチェックする。反応有。紫色の呪印がくっきりと浮かび上がっていた。


実験棟とも呼ばれる西棟にはそこそこ動物がいる故少しばかりの反応では判断つきかねるが、呪印は死霊の多さを物語っている。

ダニーは一度廊下に出て消火栓の影に貼り付けたステッカーを見る。強い反応を示している。どうやらこの西棟は死霊の溜まり場らしい。


(いよいよもって怪しくなってきたな)

ダニーは再び教授の部屋を覗いた。


「この西棟ってなんかオカルト的な噂ってあります?」

初老の教授は顎を撫でて「あったねぇ、そういえば」とのんびりとした口調で答えた。


「日暮れになると何処からか悲鳴が聞こえてくるとかなんとか。あ、でも実際はただのDVDなんだっけ?」

「DVD? 誰か映画でも見てるんですか?」

教授は頷いた。


「ショートフィルムを撮ってる子達がいてねぇ。サークルって呼べる程の人数でもないけどよく集まってるみたいだよ。小さな映写機もあるみたい」

楽しそうだよ、と教授は微笑む。


「専ら撮るのはオカルト染みたものばかりでお化けと勘違いしちゃう子が多いんだ。もしかしたら本当のお化けも混じってるかもしれないけどね」

悪戯っぽく笑う教授にダニーは空笑いした。情報なし。しかし火がなければ煙もないと言うし、一応は覗きに行ってみるべきか。


ダニーは教授に礼を行ってステッカーをチェックしつつ噂のグループがよく集まっている部屋に向かった。


ステッカーは部屋に近いほど色濃く呪印を浮かべている。何かしら情報が得られる事を祈った。

部屋は使われなくなった倉庫を間借りしているらしい。ドアをノックして開くとラックがずらりと並び、壁のように鎮座していた。

ラックで出来た道を進むと黒幕のカーテンが吊るされている。


「失礼するぜ」

カーテンを僅かに開くと大きなスクリーンが目に入った。壁には撮影に使うのであろう手作り感溢れるセットやスタンドライトが立て掛けられている。


「誰かいませんかーっと」

ダニーは頭だけを覗き入れて返事がないのを確かめるとカーテンを開いて中に入った。

貼り付ける前の呪印のステッカーを取り出す。誤作動防止の印が掛かれた封から一枚出すとあっという間に呪印が浮かび上がった。


(当たりか?)

もし自分が霊媒体質であれば恐らくこんなに能天気に調べられなかったであろう。


(問題は元々此処が集まりやすい場所なのか、集まるようになっちまったかだ)

素人が作ったセットとはいえおどろおどろしさは感じられるしオカルト映画を頻繁に鑑賞しているなら事もあるだろう。

しかし今のところ他にそれらしい噂は此処に関連するもの以外はない。東棟も余り顕著な反応は見られなかった。


(集まりの誰かに会わなくっちゃな)

「誰だ?」

地から這うような低い声にダニーは思わず跳ねた。慌ててステッカーを握り潰す。背後に長身で細身の男が立っていた。


手入れのされていないブラウンの髪は伸びっぱなしで、癖毛でなければすっかりと顔を覆っていただろう。とはいえ目の半分ぐらいは隠れてしまっているのだが。


「俺はダニーだ。なんか映画を撮ってる集まりがあるって聞いてちょっと覗きに来たんだ」

「俺らの事を知ってるなんて珍しい事もあるもんだなァ。この前の撮影で目立っちまったかな?」


そう笑ったのは後から現れた男だ。ダニーより少し低いぐらいだろうか。大きめの服でまとめ、フードの上にヘッドホンが乗っかっている。町のチンピラですと言われれば納得してしまいそうなコーディネートだ。


「お客さんですかぁ? 珍しい事もあるものですねぇ」

更に現れたのは日本でいうゴシックロリータに近い服を来た少女だ。赤毛をふんわりとカールさせたボブでうっすらそばかすがある。のほほんとした口調だが、その目は興味深そうにダニーを見ている。


「このデカイのがブラム。俺はコール。この娘はリリスだ。他にも面子がいるけど、此処に入り浸ってんのは俺らぐらいかな」

ブラムは頷いた。コールに比べればのりの効いたシャツに細身のネクタイにスラックスと清楚感溢れるスタイルなのだが手入れを感じない髪型と目元が見えないせいで随分陰鬱に見える。


「見るか? 俺達のフィルム」

ブラムはぼそりと聞いた。ダニーは取り敢えず頷いた。

三人は映写機の準備をし、パイプ椅子を広げた。皆で横並びになり鑑賞となった。


フィルムの感想を言おう。

チープなのだがそのチープさが逆に不安を煽り、主人公のリリスの迫真の悲鳴が更に恐怖を煽っていた。学生の作ったものにしてはなかなかの出来であった。


「結構怖かったな」

「だろ? ブラムはジャパニーズホラーの信者だからゾッとくるようなの撮らせたら上手いんだ」

「スプラッタはアクセントに使うぐらいが一番いい。くどいと現実味がなくなる」

「ブラムのこだわりは凄いもんねぇ。私は叫べたらそれでいいかなぁ。叫ぶの楽しいもん」

和気藹々とした面子にダニーは話を合わせながら三人を一瞥した。果たしてこの中に犯人はいるのだろうか。何もないならそれにこした事はないが。


その時、部屋の外から悲鳴が聞こえた。


「なんですかねぇ?」

リリスが最初に顔を上げた。


「見てくる」

ダニーが言うとコールが立ち上がった。


「俺も行く。面白いネタが取れるかもしれねぇからな」

ブラムが肩を竦めたのを見ながらダニーとコールは倉庫を出た。

廊下に人が倒れている。一人は押し倒され、もう一人は倒れた者に股がり唸りを上げていた。


(Shit! “ノッキンヘル”の被害者!)

顔を上げた者の口にはべったりと血がついていた。


「Whoopee!! リビングデッドか!?」

隣から喜びの声が上がり、ダニーは「バカ言ってんな!」と一喝した。


「ブラムとリリスを連れて逃げろ!」

「いやでも本物なんて滅多に見れねえし」

「テメェの命と天秤に掛けろバカッ!!」

正気を失ったそれは唸りを上げながら立ち上がった。

ダニーは舌打ちして発光するナイフを呼び出す。


「早く逃げろ!!」

ダニーは念押しして叫ぶ。コールは渋々従い、倉庫へと戻って行った。


襲い掛かる疑似ゾンビを避け、すれ違い様にナイフを滑らせる。

ぎゃっと呻いたのを見て、背中に投擲。光るナイフが中の死霊だけを貫きよろめいたところを転倒させて複数のナイフで床に縫い付けた。

そうこうしているうちに教員が駆け付けた。


「例の薬の使用者だ! 避難させろ!」

「わかった!」

教員が非常ベルを鳴らす。これで外で様子を見ているロビン達も気付くはずだ。


その時、ぞわりとした感覚が体を撫でた。生温い風のようなそれが体を通り、ダニーは風が吹いた方を振り返る。


倉庫だ。そこから得たいの知れない空気が流れている。

ダニーはナイフを片手に倉庫へと忍び寄った。腕一本入るだけの隙間から風が吹いている。


意を決して扉を開くと煙のようなもので出来た巨大な顔が飛び出した。霊気の塊にぶつかられダニーは廊下に押し出され壁へと叩き付けられた。

倉庫から瘴気が溢れてくる。薄暗かったはずの倉庫の中は赤黒い光が浮かんでいた。

ダニーは携帯電話を取り出すとロビンを呼び出した。


「奴さん、また魔界呼び出そうとしてんだけど」

電話口からロビンの悪態が響いた。

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