冥界からのメッセンジャー

頬に貼られた絆創膏にダニーがニヤニヤと笑みを浮かべた。


「ハンサムになっちまって」

「茶化すな」

切り捨てると「そう拗ねるなって」と笑い頭を撫でられた。そういう扱いが一番腹が立つとばかりに投げ出された足を踏んでやった。


「いてェッ!? 踏む事ぁねぇだろ?!」

鼻を鳴らしてやるとダニーは渋々といった顔で「悪かったよぉ」と漏らした。ダニーを見ていると四之宮三冬を思い出すから困る。時に腹立たしいところが。


今、拘束された男は取調室にて取り調べを受けているところだ。ダニーと一緒に部屋の外で待つように言われたのでそれに従っている。


「そんで? 捕まった奴はどんな奴かわかってんの?」

「いや。だが、肌や顔付きからしてアジア系だと思ってる」

「アジア系ねぇ」

ダニーが唸る。詳しいプロフィールは待っていれば教えてもらえるだろうが、どうにも“こちら側”に明るいのが気になるところだ。


「ロビン、ダニー。中に」

ノックが取調室から顔を出して手招きした。顔を見合わせて指示通り中に入る。

部屋の中央に置かれたテーブルの前に男は大人しく座っていた。


「ああ、さっきの子か。ごめんな。ちとやり過ぎたか」

「立派な傷害罪だ」

ノックの突っ込みに男はとほほ、とオーバーリアクションに肩を落とした。


「君があの子に憑いた霊を祓おうとしてたからね。乗っ取られるまで間もなさそうだし咄嗟にやっちゃったんだ」

やはり“こちら側”に通じていそうだ。だからノックも入ってくるよう促したのだろう。


「あんたエクソシストか」

「違う。けど一時的に似たような力は持ってたかな?」

「なんだ? エンチャントでも掛けてもらってたのか?」

ダニーの答に男は首を振る。


「あの少年と一緒だ。俺もある奴が憑いていた」

「まさか悪魔と契約したのか?」

男は再び首を振った。


「条約は結んだが契約はしてない。協力する代わりに力を貸してもらってるんだ」

ダニーに視線を寄越す。ダニーは首を振った。余り聞かないパターンだ。契約関係でもないのに悪魔が力を貸すなど。


「エクソシストの君なら聞いた事があるかな。日本で“イタコ”と呼ばれている者を」

「霊と交信をする者、所謂“シャーマン”の一種だったと記憶してるが」

男は頷いた。


「俺の祖母がイタコの家系だったんだ。祖母自信にその力はなく、母も持っていなかった。だが、俺はその力を持って生まれてきた」

覚醒遺伝というものだろう。一般家庭からエクソシストの力を持つ者が現れる事がある。それと似たようなものだ。


「ここで一つシャーマンの力について説明しておきたい。構わないか?」

男の言葉にノックは頷いた。


「続けて」

男は一言礼を言った。


「まず、シャーマンは所謂“あの世”に交信する力を持つ。だがあの世っていうのは基本的に番人がいるんだ」

「番人? 霊を見張ってるって事か?」

ダニーの問いに男は頷く。


「そう。そもそも“あの世”と“この世”は次元が違うせいでそう簡単には行き来が出来ないが、管理でもしてるのか番人がいるらしい」

「管理ねぇ」

ダニーが顎を撫でる。所謂“あの世”の世界を覗き見る事は出来ないため何が行われているかわかったものではないが、自分も死んだら管理されるのかと思うと複雑な気分だ。


「俺のシャーマンとしての力は呼び掛ける事と聞く事だ。番人の仕事は間違ってあの世に来てしまった者を追い返す事も含まれているから、まぁ当然睨まれる」

なんだか話の論点が見えない気もする。思いきって聞いてみる事にした。


「その番人が関係してるのか?」

「さっき言った俺に憑いてたのはこの番人さ。そしてその番人に頼まれて今回のゾンビ事件を追ってる」

「つまり、あの世から依頼されて事件を調べてるって事か」

ダニーはオーバーリアクション気味に驚いてみせた。


「俺が頼まれたのは事件を解決する事。それとあの世から脱け出した霊をあの世に戻し、本来の体の持ち主の魂を戻す事だ」

シャーマンの力は交信する事だと言った。ならばディランの中から霊を引きずり出した力は恐らく番人の力なのだろう。


「だから俺を止めたのか」

「荒い止め方だったのは謝るよ。宿主がゾンビ化する前に止めたかったんでね。結局間に合わなかったが、なんとかとり憑いた奴を送り返す事は出来た」

「本来の体の持ち主を戻すって事は今までの奴ら、元に戻るのか?」

ダニーの問いに男は頷いた。


「見せてもらえれば出来ると思う。加害者とまだ会った事がないから確証はないがな」

それも仕方のない事だろう。事件関係者は警察や教会の管理下にあるのだ。


「ノック。試しにディランを見せてはどうだろう。彼のいう事が本当ならディランは元に戻るはずだ。そうすれば彼の立場もはっきりする」

提案にノックは頷いた。


「わかった。手配しよう。ディランに話を聞こうにも意識が戻らない以上かなわないしな」

手続きをしてくると彼は言い、同僚を見張りに残して部屋を後にした。


「いやはや、なんだか話が大きくなってきたな。あの世の連中も動き出してるとは」

「いまいちピンとこないがな」

ダニーの言葉にそう続ける。


「そういや俺ら、まだあんたの名前聞いてなかったな。俺は教会のエクソシストのダニー。こっちはロビンだ」

男は軽い調子のダニーに僅かに顔を綻ばせた。


「越科ハジメだ」

ダニーが声を上げてハジメの前の席に座る。思わず呼び止めたがお構い無しだ。ノックの同僚を見ると肩を竦められた。どうやらこれが初めてではないらしい。


「あんたがシャーマン稼業で食ってるジャパニーズか」

「知ってるのか?」

「ネットで噂になってるよ。死んだ奴と話をさせてくれる異国のシャーマンってな。まさかあんただったとはな」

ハジメは肩を竦めてみせた。


「まだまだ安定した生活とは程遠いレベルさ」

オカルト好きな人間は多いが真に受ける人間は多くないと言ったところか。


(死んだ者と話せる、か)

ふと思い浮かんだ存在に目を伏せる。

自分を襲う悪魔にから庇って死んだ両親。

見えない者に傷つけられ殺された彼等は自分を恨んだだろうか。

聞いてみたい気持ちもあれど聞くのが怖い気持ちもある。


(まずは事件解決だ)

私情は後だ。先ずはこの事件を解決しなければならない。


「つーかよ。なんで教会に協力を仰がなかったんだ? こういう話なら俺達に相談してもらってもよかったんだぜ?」

ダニーの問いも尤もだ。ゾンビを相手にするなどシャーマンとはいえエクソシストのような力を持たない彼には難しい事だ。

あえて単身で調査する事もない。


『冥界の者が現世に関与している事を余り知られたくないのだ』

ハジメから出た声は先程までの声とは違った。まるで別人の声だ。


(そういえばディランと対峙した時も)

誰かの声はしたが姿は見えなかった。

ダニーは驚いたようにハジメを見ている。


「おいおいどうした? いきなり人が変わっちまったみたいに」

『ハジメの体を借りて喋っている。今喋っているのはハジメではない。ハジメが“番人”と呼んでいた者だ』

ダニーは目を白黒させた。


『名ぐらいは聞いた事があるだろう。私はケルベロスと言う。三頭あるうちの一頭だが、今はいいだろう』

ケルベロス。冥界の番犬と呼ばれる伝説の生き物だが、どうやら実在するらしい。


『本来冥界に入り込んだ者を追い出すというのは異例だ。だから私達がしようとしている事は蘇生に近い。故に余り公にはしたくないのだ』

「どういう意味だ?」

ハジメの体を借り、ケルベロスが頷く。


『私が冥界の門を守っているのは知っているだろう。生者が冥界に迷い混んだとしてもそれは入り口に過ぎない。私達は死者だけを通すよう仰せつかっている。生者は追い返し、死者の世界を守っているのだ。だが、今回の件で生者がなんらかの方法で門を素通りしている』

「そんな事出来るのか?」

ダニーが難しい顔をして訊ねる。


『わからん。だが事実そうなのだ。生者の魂を冥界に送り、入れ替えるように死者の魂を現世に送っている。私達はこれを止めなければならない。だが門番もせねばなん。だからハジメの力を借りている。彼の冥界と現世の間で交信が出来る力を使い、私達の力を一時的に現世で使えるようにしている』

腕組みし思案する。

冥界と現世間でやり取りする方法といえばシャーマンもそうだろう。だがもっと直接的なものがある。


「犯人は死霊術師か」

「だろーな。ゾンビだなんだの時点で予感はしてたけどこれで決まりだ。あーあ、やんなるね。死霊術師にまともな奴はいないのか?」

それに関してはなんとも言えないが、教会が取り扱った事件で死霊術師が引き起こした事件は少なくない。


教会本部を守るゼロニアットを不死者に変えた件や、創作物の要素によく使われる未解決事件ジャック・ザ・リッパーも死霊術師が噛んでいたという。

死霊術師というのは冥界の者を呼び出す術師だ。死霊術は並の魔力では使えない上、呼び出した死霊を平伏せる精神力も持ち合わせなければならない。一般でいう“まとも”かと言われれば怪しいかもしれない。


「とまあそんなわけだ。教会を介して世間に知れ渡ると色々マズイ。と言ってもこうなっちゃどうしようもないんだけどな」

ハジメは苦く笑った。

正直なところ調査にはハジメの力が必要だろう。今まで昏倒していた加害者達の意識を戻す力を持っているのだ。加害者から情報が得られれば売人についての捜査が幾分楽になるはずだ。


「今加害者の昏倒についてはどう説明している?」

問いにノックの同僚が答える。


「精神的ショックによるものだと。具体的に説明出来ないからな。医者も匙を投げてる程だ。実際は植物状態に近い」

「精神的ショックねぇ。でもまぁ、それなら回復しても大丈夫なんじゃねーの? 元々原因不明なんだ。なんで戻ったかも説明いかないだろ」

相変わらず軽い調子でダニーが言うが、今回は彼の意見に多少賛成出来た。


「ケルベロスが噛んでいる事はこの捜査班だけの機密にしよう。それでは駄目だろうか」

ケルベロスがハジメの体を借りて答えた。


『そうして貰えると有難い』

そこにノックが戻ってきた。


「許可が下りた。病院に向かうぞ」

ノックへの説明は車内でするとして、ハジメはどういった扱いになるのだろうか。


「暫くは我慢していてくれ」

手首に嵌められたままの手錠にハジメは空笑いする他なかった。

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