破滅のスクール・デイ

気付けば人の中に溶け込んでいるのがダニーの美点だろう。

教会は公的機関とはいえ取り扱う案件故、一般人に溶け込むという事は余りない。

警察や自治体との付き合いこそあれど、教会が派遣されるような話となればオカルト染みた内容ばかりだ。顔をしかめられる事も珍しくない。

そんな教会の一員としてはダニーは随分社交性に長けた。

暇な時はラジオやテレビで国内外問わず情報を得ているし、新聞を眺めるのも好きなようだ。

生徒と政治について討論もするし、音楽や芸能人の話も楽しげに話す。何にでも興味があるというのは美点である。ダニーを見ているとそれを痛感する。

対して自分はといえば真面目に授業の予習をしている。

教会の養護施設内で一般教養も習える為授業の内容は理解出来るのだが、一応は“生徒”として潜入している以上生徒らしく振る舞っている。

日本の高校では予習していると四之宮三冬や水無月翼に「真面目」だと揶揄されたものだが、生徒は勉学の為に通学しているのだから予習も可笑しくないと思っている。

こうやって見ると予習しているのは何も自分だけではない。高校と大学という違いもあるが日本の高校生はあまり勤勉ではないのかもしれない。

時折ダニーと目が合いばちりとウィンクを投げられるが何を意味しているのかよくわからず瞬きを返すばかりだ。

今日もあのサインの意味がわからなかったと思いながら鞄からランチを取り出す。

簡単なサンドウィッチだ。イングリッシュ・マフィンが売っていたのでそれでスクランブルエッグとレタス、オニオンを挟んだシンプルなもの。ダニーはどうせならホットドッグにしろと煩いが、教会UK本部では軽食にサンドウィッチがよく出るのでこれで慣れてしまった。

ダニーは生徒と共にランチを食べに行ったようだ。


「なぁ。ちょっといいか?」

降ってきた声に顔を上げる。体格のいい生徒だった。スポーツクラブに入っていると噂で聞いた。


「俺はディランだ。お前は?」

「ロビンだ」

ディランは隣に座るとテーブルに肘を付き、覗き混むようにこちらを見る。


「なぁ、お前ってあいつと知り合いなの?」

「あいつ?」

「ダニーだよ。同じ時期に転入してきたしよ」

知り合いどころか、と言ったところだが“設定”ではさして親しくないとしている。


「いや。何度か話した事はあるがそれだけだ」

「あいつ、えらく溶け込むのが早いよな。何処でもああなのかね」

「さてな。だが見る限り処世術に長けていそうだ。羨ましい限りだ」

思わず本音が出たため誤魔化すように咳払いした。が、ディランは唇で弧に描いていた。


「なあ、面白いもんがあるんだ」

内緒話でもするように顔を近付けてディランが言った。


「何かまずいものなのか?」

「リスクがあるから楽しい事もある。だろ? 見るだけ見てみないか?」

こいつが売人だろうか。内心怪訝に見つつも渋ったような態度を取る。


「……本当に見るだけだろうな」

「約束する」

ディランがウィンクする。これを見るとダニーを思い出すから複雑な気分だ。

小さく頷いて見せるとディランはメモを差し出した。


「今日の21時、ここで待ってる」

ディランはそう言って背中を軽く叩いて去っていった。


(どうしたもんか)

まだ目的のものと出会えるかはわからない。しかし目的のものと鉢合わせた場合一人では対処出来ないだろう。


(報告して待機してもらうか)

確定ではないので人員は割けないだろう。外れだった時の事を考えてダニーには待機してもらった方がいいかもしれない。

もしディランの件が外れだったとしてもろくな事ではないのは確かだ。ディランは拘束されるだろう。それと接触していた自分が学校に残ってもターゲットは警戒して近付いてはこないはずだ。

となればダニーは引き続き囮として潜入している方がいい。

サンドウィッチを腹に収めながら報告内容と準備するものを考える。

今夜は忙しくなりそうだ。



19時。ジーキンスにあるアパートの一室。今回の捜査にあたり用意されたその部屋はおおよそ学生らしくない物が置かれている。

捜査資料もそうだが、無線機やモニターなどが並んでいる。といってもモニターはまだ電源が落とされたままだ。売人のルートがある程度固まれば活躍するだろう。


「やはり人員は割けなかった。が、俺を含め捜査官が二人だ。ロビン、お前も頭数に加えていいんだろう?」

頷く。

待ち合わせの場所は路地だ。向こうもそうたくさんは人を寄越さないはずだ。四人いればなんとかなるだろう。


「チクショー。留守番なんてよー」

「文句を言うな。これが外れだったらお前が引き続き捜査しなければならないんだぞ」

「そうですけどー。なんか溶け込みすぎちゃって逆にねぇ。色々話は聞いてんだけど、なかなか尻尾出さねぇのよ」

ダニーはわざとらしく溜め息を吐いてみせる。


「情報の仕入れ先は多いに越した事はない。期待してるぞ」

「へいへい。ノックは甘やかすのがだーい好きな」

「お前は誉めた方が伸びるからな」

「そうよん。俺ってば乗せられちゃうと頑張っちゃう。ってやかましいわ!」

二人のやり取りを見ていると付き合いの長さがよくわかる。以前ダニーがノックの事をFBIにしておくには勿体無いと言っていたが、あれは本心なのだろう。


「ロビン。装備は整ったか?」

ノックの問いに頷く。

通信機と繋がった内蔵マイク付きイヤホンだ。

あとは護身用の携帯ロッド。そして防弾チョッキ。随分と少ない装備だが荒事になれば重装備は逆に邪魔になるだけだ。それにエクソシストは“荒事”には慣れている。その腕を見込まれているのだろう。

内蔵マイクの調子を確かめる。ノックがOKのサインを出した。

準備は整った。


「移動した場合はどうする?」

「それが問題なんだが、警官に応援を頼む。ただ彼らには通常業務もある。タイミングが悪ければそれまでだ」

「今回の事件、地元の奴らにとってもなかなかベビーだからな。シカトは決め込まないだろうさ。余り悲観的に考えなくてもいいんじゃねぇ?」

「捜査では“もしも”の考えが役立つ」

「わかってますよーっと。ただ、地元の人らがピリピリしてんのはマジだぜ。やっぱ怖いもんな」

ダニーは椅子に逆向けに腰掛け、背凭れに両腕を乗せて言った。

ノックは頷いた。


「ああ。早めに解決したいところだ。このままでは被害が増える一方だ」

「何か手掛かりが掴める事を祈ろう」

二人は頷いた。


そして約束の時間。

指定されたのはビルに囲まれた路地で、関係者用通路の一部だ。

大きいダストボックスには臭いにつられて小蝿が舞っている。余り長時間はいたくない場所だ。


「悪い悪い。待ったか?」

「今来たところだ」

実際数分前に来たところだ。余り早くに着きすぎても怪しまれるだろう。もしかしたら見張りがいるかもしれないのだ。


「それで? こんな所に呼び出して何を見せるつもりだ?」

「これだ」

ディランはポケットから小さなビニールの袋を取り出した。透明の袋の中に錠剤が入っている。見覚えがある。ビンゴだ。


「ビタミン剤に見えるが…こんなところまで来て見せるものだ。ドラッグか」

「ご明察。今学生ん中で流行ってる代物だ。“ノッキンヘル”と呼ばれてる。人によって効き目が違ってな。体質が合えばあの世までブッ飛ぶらしい」

「らしい?」

怪訝に問うとディランは薬を取り出し、躊躇いもなく口に入れた。


「なっ!? おい!!」

思わず喉に掴みかかるが掌でディランがそれを飲み込むのを感じ取った。


「今まで俺は“当たり”を引いた事がない。体質が合わないんだろう。成分はほぼビタミン剤らしいから外れても検査にゃ引っ掛からない。変わったドラッグだろ?」

飲んで見せれば警戒が解けるという事だろうか。正直冷や汗が噴き出すかと思った。だが油断ならない。効き目が何時出るかはまだわかっていないのだ。


「今から売人が来る。お前はどうする?」

「どうするも何も」

「まだ決められないか? なら売人からも話を聞いて見るといい。その前に売人見てビビるかもしれねぇがな」

悪戯っぽく笑うディランにどっと疲れを感じるのがわかった。

こういうリスクを楽しむ輩と付き合うのはどうにも気疲れするのだ。気に病むのはこちらだけなのだから当たり前か。

ディランは腕の時計を見た。


「そろそろか」

釣られて自分も時計を見る。21時15分になろうとしている。

がさり、と音がした。ダストボックスから大きなネズミが出てきたのだ。少しばかり驚いた。


その時だった。

「ぐあっ!!」

声に振り返る。ディランが胸を押さえて蹲っていた。


「ディラン!」

手が震えている。目を見開き、呼吸が上手く出来ないのかぜいぜいと荒い息を漏らしている。


「“地獄のドアを叩いた”」

ディランが絞り出すように言った。


こちらを見て、ひゅうひゅうと息を漏らす。その瞳が点滅する信号のように赤く切り替わるのを見た。


「Shit!!」

思わず吐き捨ててディランに掴み掛かった。この場にいるのがダニーであれば、魔術を使って今ここでディランを乗っ取ろうとしている者を引き摺り出す事も出来ただろう。だが自分にそんな才能はない。

こいつを叩いて大丈夫なのか? 憑依を目論む輩だけ追い出せるだろうか?

わからないがやるしかない。

一度下がり両手に力を込める。

掌から光が溢れ、それは銃の形となる。

その時だった。

背後から背中を強く叩かれた。


「何…ッ?!」

振り返って顔を見ようとしたが、頬を強く叩かれる。携帯ロッドだ。自分も護身用に持っているそれが頬を打ったのだった。


「ぐぅ…ッ!」

幸い鼻は折れなかったが最初の背中の一撃が思いの外重い。呼吸がしにくくなるのがわかった。

崩れるように大地に倒れる。目の前を白い革靴が横切った。


「ったく、やっと見つけたってのにタイミングが悪い」

男の声だった。男はディランに掴みかかると、まるで獣のような唸り声を上げた。


『テメェ、逃げられると思うなよ!!』

「ひいっ!!」

新たな声にディランが悲鳴を上げた。


「手をあげろ!!」

そこにまた新たな声。ノックだ。


「ちょっとちょっと!! 早すぎるでしょ!? ちょっと待って! 頼むから!!」

「手をあげろ。撃たれたいのか?」

「だからちょっと待ってって言ってんでしょうが!! 今ちょっと立て込んで、うわッ!?」

ディランが咆哮を上げ、男に襲い掛かった。ノックは迷わず腰のホルスターから銃を抜いた。妹のイザベラと同じ早撃ちだ。


ノックの銃弾は二発。ディランの両足をほぼ同時に撃ち抜いた。

ディランが倒れ込む。


「だから待てって言ったのに!」

男はそう叫び、ディランの後頭部を掴んだ。男がそのまま掴み上げる。ディランの上体は伏したままだが、男の腕に何者かが掴まれているのを確かに見た。


『テメェは冥界の王の怒りを買った。精々後悔するんだな』

男の口から違う声が漏れた。声色を変えるというよりは“別人”の声だ。

男の掌にディランに憑いていた何者かが吸い込まれ、消えた。


「お前は……?」

何者だ? 問う前にノックが男に銃口を向けた。


「貴様、何をした」

男はうんざりしたように肩を竦め、携帯ロッドを地面に置いた。両手を上げながらノックを見遣る。


「どうせ取り調べでしょ?」

ノックは答える代わりに男の手に手錠を嵌めた。他の捜査官も駆け付け、ディランの肩を叩いている。


「大丈夫か?」

「暫くすれば治る」

と思う。

気遣うノックの横で男が眉尻を下げ唇だけで「ごめんね」と囁いた。

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