浄瑠璃長唄、限界を超える
浄瑠璃長唄は、状況について行けてなかった。
突然の拉致。
突然の叔父の出現。
突然の戦闘。
何もかもが突然過ぎて混乱する中、それでも声だけははっきりと聞こえた。
「征くぞっ!」
反射で身構える。
最初に襲ってきたのはドス二本による縦と横の連続攻撃。
最小限でかわそうとし……吹っ飛ばされた。衝撃波が、備わっていた。
「獣兵衛の噂、ナメちゃいねぇよなあッ!」
すかさず喝が飛んだ。
鼻下をこする長唄。
ナメたつもりはないが、伝わる噂のすべてが真実とは思い難かった。
「その態度自体が、ナメてんだよっ!」
高速の飛び蹴り。つま先が、顔面に刺さる。
あばら家から蹴り出され、二回三回と転がり、ようやく座る。
身体の各所が、酷く痛んだ。
「立てェ!」
さらに檄。
いよいよ理解する。
この叔父を名乗る男を倒さぬ限り、己にはなにも成せないのだと。
剣兵衛との再会もならず。
巨大甲冑との合流もならず。
獣兵衛を討つこともなく番外地に散る。
「御免こうむるな」
背を向け身体を起こしつつ、長唄は髭をしごいた。
やることはいくらもある。
だがまずは、目前の敵からだ。
立ち上がる。
朱鞘の大太刀を抜き、正眼に構える。
それだけで、相手の反応が変わった。
「ようやく、気が入ったかい」
「やるべきことが、分かったんで」
「なるほどな」
仇が動く。
あやつりを縦横無尽に使っての猛攻が始まった。
「避けてるばかりじゃ、始まんねえぞっ!」
衝撃波を伴った、軌道自由自在のドス。
それらを縫って放たれる、神出鬼没の手足。
回避回避、また回避。長唄は目と手足を駆使し、必死に粘る。
だが。
「足りねえ」
口の中でつぶやく。分かっていた。
このままではジリ貧。
今までの己から踏み越えねば、ここで死ぬ。
考える。
この浄瑠璃を名乗る敵は、なぜ早いのか。
浄瑠璃。
あやつり。
あやつりとは、意のままに動かすこと。
「まさか」
「まさかがなんでぇ!」
一瞬、思考に気を取られていた。
振り下ろされる長煙管が、もはや止められない位置まで来ていた。
ならば!
「くっ!」
試みる。
己の手足に、心を通す。
早く! 後ろへ! 飛び退け!
「あああああ!」
届け、指の先まで。
届け、筋肉の一片まで。
動け、動け、動け!
「かはぁっ……!」
一瞬のち、止まっていた呼吸を、一息に吐き出した。
振り下ろされた長煙管は、五歩向こうにあった。
手足が、微妙にガクつく。呼吸も荒い。
「ハッ、ハッ……!」
「へっ。やれたじゃねえか」
黒衣装束の下の、胡麻塩頭が笑った。
よくよく見れば、そちらも手足がガクついていた。
長唄の本能が、一気に理解した。
「己の手足を、真に思い通りに動かす。これが、浄瑠璃の」
「極みよ。だが己の能力を超えていく分、負荷はデケェぞ」
浄瑠璃狂歌が、タネを明かす。
ガクつく理由も、そういうことか。
長唄は、己に強いて大太刀を構えた。
「さあ。ネタも割れたところで、盛大に行こうぜ。オメェの刀を、獣兵衛もどきに届かせてみやがれってんだ」
「……ああ」
長唄は歯を食いしばり、五歩を駆けた。
狂歌が円を描くように移動し、間合いを取るのが見えた。
これでは足りぬ。まだだ。深く。
脳裏に筋肉を浮かべる。神経を浮かべる。
その繊維や末端の、果ての果てに至るまで、操り糸を通すイメージを練る。
ドスを避け、長煙管を防ぐ。少しずつだが、踏み込めるようにもなった。
ミシリと、歯の奥が痛む。
ズキンと、頭のきしむ音がする。
刀四本を操るだけで精一杯の己が、どこまでやれるのか。
だが、やらねば死ぬ。
「おおおおおっ!」
こらえて叫ぶ。刀を振るう。
ギィンギィンと、刃が鳴りぶつかる音がする。
いつしか狂歌の得物も、ドス一本になっていた。
服が裂け、各所に傷を負っているのが見える。
脂汗を流しているのが見える。
相手も己と同じく限界で。
それでも己のために技を振るってくれているのだ。
「叔父上、終いにしませんか」
「叔父と呼ぶな。オイラは獣兵衛だ。刀を止めるな!」
胸元にキツイ蹴り。
たたらを踏んで、二歩下がる。
わかる。これは喝だ。
浄瑠璃狂歌は、俺に殺されてもいいと思っている。
だが、だからこそ。殺したくない。
無駄な血脂も、無駄な精神力の消費も、俺は真っ平だ。
「はあっ!」
渾身の突き。
だが狂歌はかき消える。
死角からの攻めと先読みし、わずかな音から方角を読む。
ギィン!
右後ろからの攻めを防ぐと、ドスが空へと舞い上がった。
「やるじゃねぇか」
黒衣装束がまた笑う。
しかし。
「だがコイツをどうにかしてみろ」
彼が上を指す。
つられて見る。
直上わずかに、ドスがあった。
「っ!」
最小限を意識し、身体に糸を通す。
ドスが落ちる。
最後に左足を下げた一瞬あと、ドスは長唄を貫く位置に突き刺さった。
「へへ。雷のマネをかわせたようだな……。合格だ」
声を聞き、顔を上げ、浄瑠璃狂歌に正対する。
精根尽き果てたのか、彼は膝をついていた。
「さあ、オイラをその刀で両断しな。それが、合格の証だ」
覚悟を決めた言葉が、長唄の耳に響いた。
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