第9話:北へ

 俺はガタガタと激しく上下に揺れる馬車に乗っている。

 国王は勇者との約束通り俺に地位と領地を与えてくれた。

 国に何の貢献もしていない俺に、騎士の地位と200人の領民が住む領地を与えてくれたが、問題がないわけではない。


 魔物の被害は暖かい南に多く、寒さの厳しい北には少ない。

 問題は寒さの厳しい北では作物が育ちにくく貧しい事だ。

 200人の住民もギリギリの生活をしていると言う。

 生きていく作物も、南よりも5倍以上の広い土地に種をまいて、ようやく同じ量のライ麦を収穫できる状況だった。

 そんな住民から税を取立てて自分の収入にする、最悪だ。


「ニャオォ、ニャオ、ニャオ、ニャオォ、ニャオォ、ニャオ」


 馬車の中には俺とサクラしかいないので、サクラはのびのびとしている。

 さっきまでは俺の膝の上で眠っていたのだが、今は横に並んでいる。

 いや、並ぶというよりの身体をする寄せ甘えている。

 愛しさがこみあげてくる。

 税の事を考えなければ、これから2人でゆったりと暮らすことができる。

 嫌な想い出しかない日本の事など忘れてしまうのだ。


 俺は鍼灸整骨院を自衛していたが、身勝手な母と弟と伯母に騙されて家の借金を肩代わりさせられた上に、陰で悪い評判を流されて鍼灸整骨院を廃業する事になった。

 弱い俺は人間不信となり、破産宣告をして田舎を捨てて地方都市に移住した。

 悪い事だとは分かっていたが、大政党を支配下に置く新興宗教組織に入信して政党と新興宗教の会費を払い、政党新聞と新興宗教新聞を購入する事、更には新興宗教幹部が経営するワンルームマンションに入居する事を条件に、生活保護申請を政党地方議員に代行してもらった。


 ただ人間不信の対人恐怖症だったので、その組織のメンバーが絶対にさせられるはずの、政党活動と新興宗教の調伏活動は免除してもらった。

 ワンルームマンションを所有している幹部が金の亡者で助かった。

 ワンルームに住みだして直ぐに、動物愛護団体から保護猫のサクラを譲渡してもらい、二人で暮らすようになった。


 そこでほとんど人に会わない生活を始めたが、ネット活動をしているうちに小説を書くようになり、小説が個人でも電子書籍やPODで販売できる時代になり、更には投稿でポイントが稼げるようになったので、年収が300万を超えた時点で新興宗教と政党の両方と縁を切るために、夜逃げをしてのだ。

 そこでようやく全てのしがらみから解放された。


 だが幸せな生活は長くは続かなかった。

 老猫サクラが衰弱したので、急いで動物病院に行こうとしたところを反社の連中に囲まれてしまい、有り金全てよこせと脅迫されたのだが、衰弱しているはずのサクラが、俺を助けようと反社の腐れ外道に爪を立てたのだ。


 ケガをさせられた反社は激高してサクラを蹴った。

 俺にも殴る蹴るの暴行を繰り返した。

 その時に、古武術の大会のために長野県から出てきていた真田君達に助けられた。

 まあ、俺もサクラもその時には死んでいたのだと思う。

 元の世界には、いい想い出など全くない。

 家族にも社会にも吐き気しかない。


「魔物だ、魔物がでたぞ」

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