第39話 ⑥癒しの天使様はお見合いにお困りです

 天谷さんと一緒に下まで降りると、見慣れない車が止まっていた。

 

「あれに乗っていきます」

「え?」


 驚いている俺の手を取って天谷さんは行きますよと車へと歩き出した。

 車に近づくと、1人のダンディーな男性が降りてきて、ドアを開けた。


「ありがとうございます。玄さん」


 玄さんと呼ばれたそのダンディーな男性は優しく微笑むだけで何も言わなかった。

 天谷さんは車に乗り込んだ。 


「どうしたんですか?ほら、乗ってくださいな」

「あ、うん」


 天谷さんに促され俺は車に乗り込んだ。

 俺たちが車に乗ったのを見て、玄さんが運転席に乗り、車は天谷さんの家を目指して走り出した。


「えっと、天谷さん……いろいろと説明してほしいんだけど?」

「玄さんは私の家の執事さんです」

「執事……」

「はい」


 天谷さんがお金持ちなのは知っていたが、まさか執事さんまでいるとは……。

 俺があっけにとられていると、天谷さんはクスクスと笑った。


「予想外でしたか?」

「まぁな……」

「ふふ、そうでした。1つやっておかないといけないことがあったんでした」

「何?」

「名前呼びです!」

「名前呼び?」

「はい。ほら、私たち恋人同士になったのに未だに苗字で呼び合てるじゃないですか。たぶん、それだとお母さんたちにいろいろと言われると思うんです」

「そうなのか?」

「はい。だから、お互いのことを名前で呼ぶ練習をしておきましょう」

「分かった」

「ほんとですか!それじゃあ……」


 天谷さんって呼ぶのに慣れすぎていて、すっかりと名前で呼ぶなんてこと頭から抜けていた。

 もしかしたら、天谷さんはずっと名前を呼んでもらいたかったのかもしれないし、呼びたかったのかもな。


「文秋君……」 


 天谷さんは少し頬を赤らめて俺の名前を呼んだ。

 俺の心臓が跳ねる。

 思えば、天谷さんに初めて名前を呼ばれたかもしれない。

 好きな人から名前を呼ばれるのって、なんだかむず痒いな。


「て、照れますね・・・・・」

「そ、そうだな・・・・・」

「次は文秋君の番ですよ?」


 天谷さんは照れ臭そうに笑ってそう言った。

 天谷先生の前では天谷さんのことを名前で呼んではいるけど、いざ本人を目の前に言うと思うと緊張するな。


「し、紫穂さん・・・・・・」

「はいっ!」


 嬉しそうに笑って返事をする天谷さん。

 名前で呼ぶことは当分慣れそうにないが、この笑顔のためなら頑張ろうと思った。

 それから、車は1時間くらい走り、あたりはすっかりと見慣れない景色へと変わっていった。

 

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