第8話 鈴村夫妻
天谷姉との定時報告があった日の放課後、天谷さんと一緒にカフェ『鈴のカフェ』に向かった。
『鈴のカフェ』は天谷さんがアルバイトをしているカフェで、俺の行きつけのカフェだ。
そこは、鈴村博さんと鈴村凛さんの鈴村夫妻やっているお店だ。
鈴村夫妻は2人とも60歳を超えており、定年を迎えてから『鈴のカフェ』を開業した。いわゆるセカンドライフというやつだ。
鈴村夫妻の間には子供はいないらしい。そのせいか、天谷さんのことを自分たちの子供みたいに可愛がっている。
天谷さんは『鈴のカフェ』の看板娘だ。今日も常連さんたちに可愛がられていた。
「今日もすごい人気ですね」
「そうですね」
俺はカウンター席に座って、博さんと話をしていた。
博さんは丸眼鏡をかけていて、白髪の短髪は綺麗にセットされている。長身でいつも柔らかな雰囲気のイケメン店主だ。天谷さんのアイスココアはこの博さん直伝のものらしい。
そして、今日の飲み物はホットココアだった。もちろん天谷さん特製のやつだった。
「本当に天谷さんには感謝しないといけませんね」
「そういえば、天谷さんって元常連さんなんですよね?」
「そうですよ。彼女が中学生の時から知ってますね。よく、アイスココアを飲みに足を運んでくれてましたね」
そう言った博さんは目を細めて優しそうな顔で天谷さんのことを見ていた。
その顔はお母さんが俺を見る時のような顔に似ていた。
「あれから4年が経つのですか。時が流れるのは早いですね」
「そうですね。気を抜いたらあっという間に過ぎていきますね」
「ほんとですね。来年でこのお店も10年目になります。10年も続けることができて、私たちは本当に幸せ者です」
「へぇ~。10年目になるんですね。それは凄いですね。おめでとうございます」
「ありがとうございます。ささやかですけど、来年10週年のパーティーを開催する予定なので、ぜひ唯川さんも参加してください」
「もちろん、参加させていただきます」
博さんは笑顔で頷くと別のお客さんの対応に向かった。
カウンターに博さんと入れ替わるように今度は凛さんがやってきた。
「こんばんは」
「こんばんは。今日も来てくれたのね。いらっしゃい」
凛さんは可愛らしい笑顔でそう言った。
この人が天谷さんくらい若かったらきっとお店の看板娘になっていただろうなというくらい可愛らしい人だった。
長髪の白髪を後ろで1つに結んでピンク色のエプロンをしている。
その顔に刻まれた皺すら凛さんの可愛さの一部となっていた。
「唯川君は本当にココアが好きねぇ~」
「大好きですね。特にここのココアは最高です」
「それは、私の夫が作ったやつじゃなくて、天谷ちゃんが作ったものの方かしら?」
「そ、それは……はい」
「素直でよろしい」
そう言って、凛さんは俺の頭を撫でた。
まるで自分の祖母に頭を撫でられているようだった。
懐かしさが込みあがってきた。
祖母のことを思い出したら涙が自然と溢れ出てきた。
今はもうこの世にいない祖母のことが俺は大好きだった。
俺はおばあちゃん子だった。
「え、ごめんなさい。私……嫌だった?」
「いえ、そうじゃないんです。ただ……おばあちゃんのことを思い出して。俺、おばあちゃんのことが好きだったんです。でも、2年前に亡くなって」
「……そっか」
「だから、はい。嫌とかではなくて……懐かしかったんです。凛さんに頭を撫でられて、祖母にもよく頭を撫でられたのを思い出して……そしたら、思わず涙が……」
凛さんがハンカチを手渡してくれた。
「ありがとうございます」
俺はそのハンカチを受け取って涙を拭った。
「落ち着いた?」
「はい。これ……洗って返しますね」
「いいのよ。そんなこと気にしなくて」
そう言って、凛さんは俺の手からハンカチを取った。
「すみません」
「唯川君のおばあ様は幸せね。亡くなった後でも、唯川君にこんなにも大切に思ってもらえてるなんて」
「そう、ですかね?」
「そうよ。私が死んだあとそう思ってくれる人はいるのかしらね」
「そりゃあ、いるでしょう。博さんとか。僕も、それに天谷さんだって、このお店の常連さんだって、きっと凛さんのことを忘れないですよ。というか、そんな縁起でもない話しないでください」
「あら、ごめんね。でも、この歳になるとね。どうしても考えちゃうのよね」
そう言いながらも凛さんは微笑んでいた。
その顔には、まだ死ぬつもりはないけどね、と書いてあるように見えた。
「さて、私も働きますかね。唯川君はゆっくりしていってね。天谷ちゃんのこと待つんでしょ?」
「あはは、そのつもりです」
「しっかり守ってやりなさいよ!」
なぜか分からないが、凛さんは俺のことを天谷さんの彼氏だと勝手に思い込んでいる。
実際は彼氏のフリをしているだけなんだけどな……。
「そのつもりですよ」
凛さんは俺の返事を聞くと笑顔で頷いた。
夫婦ってのは笑顔が似るんだな。
2人とも同じ素敵な笑顔をしていた。
俺はすっかりと冷めてしまったホットココアを飲みながら、天谷さんが仕事が終わるのを待つことにした。
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