行きつけのカフェの看板娘の天使様はお困りです

夜空 星龍

第1話 『癒しの天使』

 行きつけのカフェに看板娘の天使様がいます。

 俺こと---唯川文秋ゆいかわふみあきは、彼女こと---天谷紫穂あまやしほから、彼氏のフリをしてほしいと頼まれました。


 遡ること数日前。

 学校帰りに電車で駅を1つ移動して、行きつけのカフェでアイスココアを飲んでいた。


「今日も来たんですね」

「天谷さん。こんにちは」

「はい。こんにちは」


 中学生の時に何度か来たことがあるこのカフェを行きつけにしているのには理由がある。

 1つは、ここのアイスココアが絶品なこと。

 もう1つは彼女がいること。

 天谷さんを見てると癒されるんだよな〜。

 俺は去年からこのカフェに通っている。お互い通ってる学校は違うが、年齢が同じということもあって、天谷さんとは何度か話すようになり、いつの間にか友達になっていた。


「天谷さんの淹れたアイスココア、今日も美味しいな」

「ありがとうございます」


 この絶品のアイスココアは天谷さんが作っている。

 天谷さんは、このお店の看板娘だ。アルバイトらしいが、店主は自分の娘のように可愛がっている。そんな天谷さんは常連さんからはこう呼ばれている。


「今日も天使ちゃんはかわいいな〜」

「いつ見ても癒しだわ〜」


 俺の席の前に座っている貴婦人たちが、天谷さんを見ながら、そんなことを言いった。

 そう、天谷紫穂はこのお店で『天使様』と呼ばれていた。そんな天谷さんのことを俺は勝手に『癒しの天使』と心の中で呼んでいた。


「なんですか?」

「いや、照れてるな〜と思って」

「て、照れてませんっ!」


 否定した顔もまた可愛い。

 天谷さんは顔を真っ赤にして逃げるように裏側に行ってしまった。

 

「ほんと癒されるわ〜」


 俺はそう呟いて、絶品のアイスココアを飲んだ。

 この場所は癒しの空間だ。天谷さんがいるっていうのもあるが、このカフェ自体が素敵だ。

 このお店は定年を迎えた老夫婦がやっている。こじんまりとしたお店だが、そこがいい。むしろ、こじんまりとしているからこそ、飾らなくて自然体の自分でいられる。

 アイスココアを飲み進めていく、ちょうどグラスが空になったところで、天谷さんが再び近づいてきた。


「唯川さん」

「ん?」

「唯川さんに、折り入った話があるのですが、この後お時間ありませんか?」

「あるけど、どうした?」

「もうすぐ、バイト終わるので待っていてもらえませんか?ここでは言えない話なので・・・・・・」

「了解」


 そう言い残すと、天谷さんは他の席に向かい、食べ終わって空になったお皿をキッチンへ運んでいった。

 その後ろ姿を見つめながら、俺は呟いた。

 

「ここでは、言えない話ね・・・・・・まさか、告白・・・・・・いや、まさかな・・・・・・」


 あるわけないよな。

 俺はスマホをいじりながら、天谷さんのバイトが終わるまで待った。


☆☆☆


 1時間後。

 

 天谷さんと一緒に近くのファミレスに入った。

 

「何か頼みますか?」

「そうだなー。ポテトくらい頼む?」

「じゃあ、ポテトと飲み物だけ頼みましょうか」


 Lサイズのポテトを1つとそれぞれ飲み物を頼んで、窓際の4人テーブル席に向き合う形で座った。

 席についてすぐ天谷さんは話し始めた。

 

「唯川さん。お時間作っていただきありがとうございます」

「ん、それで、話って?」

「・・・・・・」


 天谷さんは小さくて艶のある薄い桜色の唇にストローを咥えジュースを飲んだ。

 緊張しているのだろうか・・・・・・。

 雰囲気もさっきとは少し違うような気がした。

 天谷さんは意を決したように、俺に顔を向けて口を開いた。


「こんなこと、唯川さんに頼んでいいのか分からないんですけど、私、その、困ってて」

「うん」

「ふぅ〜・・・・・・すみません。私、緊張してます」

「うん。ゆっくりでいいよ。待つから」

「ありがとうございます」


 天谷さんは力なく微笑んで、もう1度深呼吸をした。

 そんなに緊張させると、こっちまで緊張してくる。

 一体何を言われるのか・・・・・・?


「あまり遅くなるといけませんから、話しますね。それに、時間が経つにつれて言いにくくなりそうですし・・・・・・」

「大丈夫か?」

「はい。実はですね・・・・・・私、ストーカーに・・・・・・」

「ストーカー?」


 天谷さんはバッと窓の外に視線を向けた。

 俺もつられて、同じ方を見る。


「ひぃっ・・・・・・!」


 俺たちの視線の先に帽子を目深に被った制服姿の男が立っていた。

 あの制服は・・・・・・。

 その制服姿の男は天谷さんのことを見ていた。

 さっき天谷さんが言った言葉を鑑みるに、あの男はストーカーで違いはないだろう。

 天谷さんの方に視線を戻すと、その顔は青ざめていた。


「天谷さん・・・・・・天谷さん」

「・・・・・・は、はい」


 何度か名前を呼んで、ようやく天谷さんは我に帰った。


「大丈夫、そうには見えないな」

「・・・・・・すみません」

「いや、いいよ。とりあえず、家まで送るよ。状況はなんとなく察したし」

「・・・・・・はい」

 

 俺の癒しにこんな顔をさせるとは・・・・・・。

 俺はまだこちらを見ていた男を睨みつけた。

 2人でファミレスを後にすると、天谷さんの家に向かった。


 

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