第7話 失踪する人
「千重」
お父さんが背後から私を呼びます。
「なに?」
私は後ろを向かずに返事をします。
「どうしたんだい? また頭が痛いのかい?」
そう言って、お父さんが私の肩に手をのせます。いつもなら何も思いませんが、この夜のお父さんの手は酷く生温かく、手の平はジットリしているようでした。森綱さんの靴は見つからずに済んだようです。
私は最初、心配をかけないように大丈夫と答えるつもりでしたが、早く部屋から出て行って欲しくて、「少し痛いから早く寝たい」と、お父さんに伝えました。お父さんは何か言いたげでしたが、「そうか」と言って、出て行ってくれました。けれど、出て行く間際に振り返り、物凄いスピードで部屋の隅々に視線を走らせるのを私は見逃しませんでした。
お父さんが出て行ったあと、私は膝から崩れ落ちました。床に手をついてため息を漏らすと、手の甲に何かが落ちてきます。
埃でした。
(ナニよ)そう思って埃を払うと、また埃が落ちてきます。不思議に思い天井を見ると森綱さんが天井に張り付いていました。私が絶叫するのに十分な息を吸う前に、森綱さんが大きなコウモリのように舞い降りてきて、私は森綱さんに包み込まれました。
◇
8月10日の朝、千重は部屋から出て来なかった。不思議に思って私が部屋に行くと千重の部屋はほとんどいつものままだった。部屋の
千重は何処に行ったのだろう? 生きているのだろうか? この森綱と言う奴が攫ったのだとしたら、なぜ6月21日の時点で攫って行かなかったのか? やはり『先輩』と『喪失者』と言う二人組が攫って行ったのか? そう言えば千重は7月の中頃、家の外に怪しい二人組がいると怯えていた。その時 主人はいなかったが、この日記を読むと主人にも相談できない。なにしろあの人は出戻った私に本家が用意した人だ。とにかく誰が攫ったにせよ、私は千重の力を利用しようとしている奴らを許さない。
◇
「先輩、月が落ちるほどの喪失感を、全人類に等しく与えて衰弱死させる計画は邪魔が入りましたよ? どうしましょ?」
「どうしましょ? って、君が勝手に言い始めたことだろ? 知らないよ」
さすが先輩、相変わらず冷たい物言いです。
「なに言ってるんですか、月を本当に落としたら心の問題じゃなくなるから、喪失感だけを味合わせようって、先輩もノリノリだったじゃないですか?」
「曲解も甚だしいよ、月を落としたら我々も死ぬから、全人類が衰弱していく様子を見れないよ。そう、アドバイスしただけさ」
先輩の瞳はいつも光を吸い込むように真っ黒です。
「はぁ〜、上手くいかないものですね」
「いや、そうでもないよ」
「えっ? なにか妙案が?」
「あぁ、武漢へ行こう」
「はぁ、先輩の行く所ならどこへでも行きますけど、武漢ってどこですか?」
「中国だ。ところで今は何年だ?」
「やだなぁ先輩、2018年ですよ。ボケちゃったんですか?」
重力少女一重千重は体重計に乗らない! 神帰 十一 @2o910
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