第55話 長崎原爆の日に寄せて(8月9日)

 私の母は被爆二世であり、私の父は直接被爆こそしていないものの、原爆投下後間もなく長崎を訪れており、放射線量の高い原子野を歩いたという。

 そのため私は自分を呼称する際に被爆二・五世とすることがあり、その在り方を問い続けている。

 被爆三世の原爆症については大丈夫だと思いたいのだが、それがどのようになるのかは目を逸らさず注視したい。

 ただ、戦後に言われたような奇形児の誕生などが眉唾ということは私が身を以て証明しており、そうした揶揄が今後再び生まれぬことを祈っている。


 今年のカックでは「祖父のソロコーラス」という作品を上梓したが、この作品は令和の原爆詩人として何を語るべきかと考えてきた私の一つの答えになっているように思う。

 原爆と言えば、原子野およびその後の惨状や悲愴を描くものとして幼少の私は捉えていたが、高校時分から自分の役目は異なるのではないかと考えるようになっていた。

 その結実が「平和の鐘」や「平和への祈り」であり、さらには各種のエッセイに繋がっている。

 おそらく本道とは外れているのだろうなという思いはあったのだが、そも被爆者の多くが鬼籍に入る今、その方々と同じことが私にできる訳がないと思い定めていた。

 私自身は原子野を歩いたことはなく、その熱線も黒い雨も浴びたことはない。

 それが惨状を書き表そうとしても、真に迫るのは難しく、何か上っ面を滑るだけのものとなってしまった。

 それならば、私にできることは何なのかという模索はこの十五年ほどで止むことはなく、警鐘のように心の奥で響き続けてきた。


 ただ、私が「五人目の戦士」を書き始めた頃から次第にその形がはっきりしてきたように思う。

 それぞれの世代の役割を字面に著した本作は、私の思考実験と言い換えてもよい。

 思い返してみれば、私が小中校生の頃は長崎の原爆忌に登校日が定められ、毎年、平和学習と講話を耳にしてきた。

 それが県外故か無くなりつつあることを知った時の私は、普段であれば働き方改革として歓迎したのであろうが、この時ばかりは一抹の寂寥を感じた。

 その寂寥の正体が何かは未だに分からない。

 私が幼少の頃はケロイドや水膨れの残る方々を身近で見ることができた。

 それが幸せであったかと言われれば違うと答えるが、それを伝えるものがい無くなれば後に不幸が訪れるということだけは断言できる。

 私が幼少の頃は被爆体験をごく身近で耳にすることができた。

 今は年表と教科書体の奥にしまわれつつあり、そこに通った血潮はない。

 いずれ、原爆投下が正義であったという言説のみが残れば、地獄が再びこの地上に現出することとなるだろう。


 あまりに、感傷的な話となってしまった。

 いずれにせよ、私の役目というのは受け取った一つの襷を次の世代に継いでいくことなのだろう。

 そして、その継いでいく中身には、その時代を生きた人々の血潮が少しでも通っているべきだという思いが私の中にはある。

 ただただ熱気と病気に苦しめられただけではなく、その爆風によって歪曲した世間の目や時代、運命によってもまた苦しめられてきたのである。

 それらの伝え聞いてきた思いや見て歩いた物事を咀嚼し、組み立て直し、新たに思いを乗せ直していく。

 その中には祖国を信じて飛び立った青年の姿も、粛々とした研究の徒も混ぜ合わせていくべきだろう。

 彼らもまた、時代の爆風によって苛まれた者達であり、彼らを含まずして新たな時代は切り拓けぬ。

 彼らの子孫にもまた襷を託さねばならぬ。

 ただ一つの敵と戦うためには、それが必要十分条件なのだから。


 長崎と いう名は今も ここに在り あのあつきひの 燃ゆる思いと


【本日の出来事】

◎共同通信社 各都道府県コロナ感染者数の記事投稿ラッシュ

 日付が変わるとともに、今までには見られなかった勢いで熊日新聞社のウェブ版が更新されており、思わず苦笑してしまった。

 それが続いてたのであればともかく、直前までは別の話題でお祭り騒ぎとなっていたこともありこの内容の急変には度肝を抜かれる。

 確かに感染者数は多いものの、この急変を私たちはどのように紐解けばよいのか。

 「太平洋の戦局此一戦に決す」ということにならねば良いが。

◎菅首相 平和祈念式典に一分遅刻

 そもそもが早朝に東京の中心部を出発して、午前十時半過ぎに長崎市へ入ろうという予定がおかしい。

 その前の晩に外しがたい予定があったのかもしれないが、それであれば事前に通告が成されるより他にない。

 それよりも問題は、日航機を利用したという部分であり、このような状況で政府専用機も使えぬというのはあまりに足取りが重い。

 機序の問題であるのか、それとも、構造の問題であるのか。

 一事が万事ではないが現在の官僚機構と政府の体制に不安が残る形となった。

 それと同時に、メディアも単に批判するのではなくその裏面に何があるのか掘り下げねばなるまい。


【食日記】

朝:牛乳

昼:カップスター味噌、梅ひじきおにぎり、野菜ジュース

夕:ハワイアンポテトビーフ、マックポテトM、スプライトM、チキンナゲット5(ルイジアナホットソース)、ウィスキーお湯割り3

他:おーいお茶、タリーズブラック

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