第二十五章 ラフレシア決戦

第348話 大義を持つ者、持たざる者1

「ニャンシー。この線を二十五度ほど曲げてくれませんか?」


 双竜山の森には、フォルトの眷属けんぞくたちが残っている。ケットシーのニャンシー、デモンズリッチのルーチェ、ドッペルゲンガーのクウだ。


「うむ。じゃが難しいのう。よっと」


 そのうちの二人はルーチェの研究小屋で、転移魔法についての術式を試行錯誤している最中だった。もともと存在しないと思われていた魔法だ。

 研究が大好きなデモンズリッチといえども苦労していた。


「ありがとうございます。発動させてみますね」

わらわでは魔力が足りんからのう」

「では……」


 ルーチェがニャンシーの作った術式を理解する。

 そして、魔法を発動した。すると魔法陣が形成されて、火花を散らして爆発してしまった。それを確認すると、無表情になってつぶやいた。


「残念です」

「うーむ。駄目じゃったか」

「そのようです。やはり、太陽光の部分が問題ですね」

「そうじゃのう。魔力との結合ではないのかの?」

「指輪だと結合ですが……」


 転移の指輪を解析した結果、使用者の魔力と太陽光を取り込む必要があった。それを魔道具ではなく、術式でやろうとしているのだ。

 ルーチェの見立てとしては、転移先へ設置した魔力と指輪を結合する役割を、太陽光が担っていると考えていた。

 その結合部分の術式が、うまくいかないのだ。


「太陽光とは、なんじゃろうな」

「太陽が放つ光……。放射線? いえ、他には……」

「神の力かのう」

「そういった視点の話ですか。でしたら、信仰系魔法?」

「うむ。じゃが、術式ではないからのう」

「神の力ですか。そうなると、私たちでは扱えませんね」

「残念じゃがのう」

「ですが、模倣は術式魔法の真理です」


 一般的に魔法と呼ばれるものは術式魔法である。

 これは学問だった。精霊に助力を頼む精霊魔法。または神の力を請う信仰系魔法。これらと同等の結果を生み出すために、術式が存在している。

 どの魔法も一般人には、魔法として認識されていた。専門的に学ばないと理解できないので、同じようなものと考えられている。


「しかしのう。模倣できる信仰系魔法には限りがあるのじゃ」

「たしかにそうですね」

「防御系の魔法ではのう。移動とは関係がないのじゃ」

「二人は難しい話をしていますわね」


 ここまで話したところで、人間の女性が小屋へ入ってきた。その手には、茶を乗せた御盆を持っている。


「クウですか。では、休憩にしましょう」

「そうじゃな。頭を休めることも必要じゃ」

「お茶をどうぞ」


 ドッペルゲンガーのクウは、人間の町へ行ったときにストックした町娘の姿をしていた。フォルトたちが居る間は、給仕のような仕事をやっていた。

 料理の配膳やテラスへ茶を持っていくのが仕事である。ただの町娘なので、メイドと言うよりは下働きのような感じだった。


「二人は仕事があっていいですわね」

「森を守ることも、主様から命じられた重要な仕事ですよ?」

「そうですが、敵が来るわけでもないですわね」

「クウにはクウの仕事があると思うのじゃ」

「そうでしょうか?」


 今のところ、クウには出番がない。

 フォルトから呼ばれるわけでもなく、双竜山の森の警備を担当している。同じ仕事をニャンシーやルーチェも担っており、ドライアドも担当している。

 よって、独自の命令が欲しいと思っていた。


「うむ。今は出番がないだけじゃ。今後はあると思うのう」

「であれば、うれしいのですが……」

「リリエラ様が主様のものになったのは、クウの手柄でもあります」

「それは、カーミラ様とニャンシーの手柄では?」


 リリエラを手に入れたときのクウは、デルヴィ侯爵の姿をマネただけである。

 ドッペルゲンガーならば容易なことだ。よって、そこまで手柄があったとは思っていなかった。カーミラとニャンシーだけでも可能だっただろう。


「クウの存在も大きいのじゃ。だからこそ、眷属になれたのじゃからな」

「大丈夫ですよ。主様は聡明そうめいな御方。適材適所で割り振っているだけです」

「たしかに、私の能力は特殊ですわ」

「主は今、さまざまな者と会っておるのじゃ」

「そろそろではないですか? 羨ましいですね」

「それは、私のセリフですわ」


 主のために無償の奉仕をするのが眷属の務め。

 そして、喜びである。ニャンシーは一番、こき使われている。ルーチェもフォルトの命令で、魔道具の開発に余念がない。

 それを羨ましく思うのは、当然の気持ちだった。


「あっ! 二人とも、次に呼ばれたらでいいのですが……」

「なんじゃ?」

「実験用のモルモットが欲しいと、主様へ伝えてください」

「そうじゃったの。許可をもらう必要があったのう」

「覚えておきますわね」

「それとクウは、人間の礼儀作法を学ぶと良いかもしれませんね」

「人間の……。ですか?」

「人間の貴族や騎士などは、礼儀にうるさいと思われます」

「でしたら、レイナス様へ師事してみますわ」

「眷属は三人だけ。主様を失望させないようにする必要があります」


 ルーチェは真面目だ。デモンズリッチで頭が良く、少々お調子者のニャンシーに変わって全体を見ている。

 魔道具のこととなると、ポンコツになるが……。


「では難しい話はこれぐらいで、全力で休憩しましょう」

「うむ。全力じゃと休めないがの」

「はい。本来の姿で休みますわ」


 それからも三人は、休憩を楽しむ。

 以降は主であるフォルトのために、仕事に勤しんだ。ニャンシーとルーチェは転移の魔法を是が非でも作り上げたい。クウは与えられている命令を続ける。

 そんな眷属たちの日常が続くのであった。



◇◇◇◇◇



(さて、どうしたものか)


 フォルトはレジスタンスの捕虜を、支配の魔法で縛った。

 そして誰が、瓢箪ひょうたんの森を襲ったかの真実を聞いた。それはソル帝国ではなく、レジスタンスの安直な策略だったようだ。


「フォルト様、どうなさるつもりですか?」

「ダークエルフ族は、人間族へ報復しただけだがな」

「帝国にしてみれば、いわれのない攻撃を受けたと思うでしょう」

「それなんだよな」

「レジスタンスと勘違いされたか、放火の罪で捕まったかと……」

「なんじゃと!」

「まあまあ。大婆も分かってるだろ?」


 ソル帝国だろうがレジスタンスだろうが、同じ人間族として見るのがダークエルフ族である。それでも、人間社会には国家が存在する。対立する組織もある。

 その程度の話は理解しているはずだ。しかしながら、それは人間の事情であって、ダークエルフ族には関係のない話である。

 人間が森へ火矢を放ったから、人間の村へ火矢を放った。単純に種族が違うので、考え方も違うだけである。


「スタンピードで大変なのに、人間同士で対立されてもな」

「もともと対立してるときに発生しましたからね」

「くだらんなあ。こっちはいい迷惑だ」

「大義の前の小事ということでしょう」

「大義か……」


 レジスタンスの大義は、ターラ王国からソル帝国を追い出すこと。他にも王族の圧制から、国民を解放することなどが挙げられる。

 こういった大義を、時代劇などでよく観ていた。しかしながら人間の醜さを知ってからは、興味を失っていた。

 レジスタンスへ参加した者の多くは、大義を持っていないと思っている。フォルトの好きな義理と人情とは違うものと認識していた。


「ソフィアとセレスは、小屋から出ていてくれ」

「「え?」」

「ちょっと、俺の嫌な部分を見せることになるからな」

「い、いえ。何をされるか分かりませんが、それもフォルト様ですよ」

「そうですよ、旦那様。嫌な部分を見ないことはしたくありません」

「二人とも……」


 フォルトには試したいことができた。

 それは、自身の負の部分だ。それを見せると嫌われると思い、二人を遠ざけたかった。しかしながら、これが身内のきずなとでもいうのだろうか。

 すべてを知ったうえで、好きでいてくれるらしい。


「殺すのですか?」

「いや、胸糞むなくそが悪くなると思う」

「か、覚悟はしておきます」

「旦那様は旦那様ですからね。気にせずに……」

「分かった。ならファナシアと言ったな」

「はい」


 まだ、支配の魔法は切れていない。

 フォルトは、効果時間が残っている間に終わらせるつもりだった。その内容は、ただの自己満足である。


「なぜ、レジスタンスへ参加してる?」

「国民を王家とソル帝国から解放するためです」

「大義に殉じて死んでもいいと?」

「当たり前です。それが騎士というものです」


(ほう。この女は大義を持っていたか。なら、他の者は……)


 フォルトはファナシアから視線を逸らした。

 そして、後ろに座っている女性へ同じ質問をする。


「おまえは?」

「家族が殺されたからね」

復讐ふくしゅうか?」

「そうよ。王族も帝国の奴らも殺してやるわ」

「復讐ができれば、大義に殉じて死んでもいいと?」

「大義はついでよ。死ぬくらいなら諦めるわ」


(大義に便乗した復讐者か。しかも中途半端)


 フォルトは無表情で回答を聞いている。

 そして、残ったのは三人の男性だ。これも同じように問いかける。


「おまえは?」

「新しい国家でいい目を見るのさ」

「いい目とは?」

「勝てば国家を運営する側だぜ。金も女も好きにできる」

「では、大義に殉じて死ぬ覚悟は?」

「あるわけねえだろ。死んだら楽しめねえよ」


(分かりやすい奴だな。大義を隠れみのにした欲望か)


「おまえは?」

「一発逆転だ」

「逆転?」

「俺は元死刑囚だ。戦争がなけりゃ死んでた」

「それで?」

「決戦を前に徴兵されたんだよ。そのときのどさくさで雲隠れした」

「なるほどな。なら、大義に殉じて死ぬ気は?」

「ねえよ。レジスタンスに居るのは都合がいいからだ」


(死刑囚のうえに敵前逃亡か。レジスタンスが勝てば、すべてが帳消しと)


「最後になったが、おまえは?」

「俺はファナシアちゃんが好きなんだよ」

「は?」

「レジスタンスがどうなっても、いずれ連れ出すつもりだ」

「それから?」

「もちろん二人で愛を育むのさ。従順になるまで犯し抜いてな」


(分かりやすいが、大義は無いな。これだから……)


 全員から話を聞いたフォルトはうつむいた。

 それから口角を上げて笑い声をあげる。心の底から楽しいといった感情が沸き上がってきた。まるで、「そうだよな」と言わんばかりだ。


「あっはっはっはっはっはっはっ!」

「フォルト様?」

「い、いや。可笑しいじゃないか。はははははっ!」

「旦那様?」

「それでこそ人間だ。そうさ、自分のためさ!」


 人間の醜さを再確認したフォルトは、さらに人間が嫌いになった。

 そして、本気で大義を成そうとしているファナシアが哀れに思えた。正直者は馬鹿を見るのだ。もちろん、彼らを信用しきっているだろう。しかしながら、これが人間の本性なのだ。たちが悪いのは、大量の仮面で本性を隠していることである。

 正義の人や良い人を演じて、心の中で笑いながら期待を裏切るのだ。


(人間こそが悪魔と言っても過言ではないな。いや、それではカーミラに失礼か。悪魔から見れば人間の本性など、アマチュアかもしれん)


「御主人様?」


 フォルトはチラリと、カーミラを見る。

 すると、キョトンとした表情をしていた。実に可愛らしい。見るだけで撃沈させられてしまうのは、やはり悪魔だからか。

 そんなことを考えてしまう。


「ははっ、笑った笑った。二人とも、嫌な思いをさせたな」

「い、いえ。それでも人間に期待していますので」

「さすがはソフィア。俺は見限ったがな」


 相変わらずの対応に、フォルトは脱帽してしまう。捕虜へ対してやった行為は、嫌われて然るべきものだ。それを見たうえで、離れずに身内でいてくれる。

 ソフィアの言った人間の希望とは、ファナシアのことだろう。正直に大義を成そうとしている。その考えは理解しているし、昔の自分もそうだった。それでも正直者が馬鹿をみなかったことは、人間の歴史で一度も無い。

 闇ソフィアになれば、希望を捨てるのだろうか。そんなことも考えてしまう。


「旦那様は辛辣ですね」

「そうだな。まあ、俺も元は人間だった。似たようなものだ」

「そうは思えませんけど」

「身内には正直でいるからな。他は知らん」

「ふふっ。旦那様らしいですね」

「おっと、そろそろ魔法の効果が切れるな」


 効果が切れた後は、何が起きるか分かっている。

 支配の魔法は、効果中の出来事を覚えているのだ。よってフォルトは、おりへ入っているレジスタンスたちを見る。


「あっ、あなたたち!」

「い、いや。違うんだ!」

「そうよ! こいつに言わされたのよ!」

「今まで一緒にやってきた仲間だぜ! うそに決まってるだろ!」

「大義を成すために俺たちは居るんだ!」

「ちょっと! 近寄らないで!」

「ええっ!」


 ファナシアは最後の男性を拒絶した。その気持ちはよく分かる。


「黙らっしゃい!」

「「ひっ!」」


 また騒がしくなったので、大婆がパールを出して威圧する。

 なんとなく目が光っているような、そんな錯覚をしてしまうほどだ。こちらへ威圧が向いていなくても怖い。

 そしてフォルトは、次の遊びも考えていた。それを実行に移すために檻の前へ座って、一人一人を見渡すのであった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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