第288話 (幕間)見つける者と見つかる者
闘技場へ到着したフォルトたちは、グリムが確保してあった貴賓室でくつろいでいた。闘技場へは前回と同様に、裏口から入っている。
今回はリリエラも連れてきていた。しかし、これがアーシャマジックとでもいうのか。詐欺メイクのおかげでミリアとは分からない。それに、いつもと違った化粧なのでフォルトもドキドキしてしまう。
「その娘は初めてじゃの」
「リリエラです」
「どうもっす」
「魔族ではないようじゃの」
「場所は言えませんが、拾ったので」
「ほう。お主にしては珍しいのう。まさか、奴隷ではあるまい?」
「い、いや。奴隷紋とかないでしょ?」
「そうじゃな。スラムあたりで拾ったのかの?」
「そんなところです」
「では、カードを見せてもらえるかの?」
「リリエラ」
「はいっす!」
リリエラはカードを取り出してグリムへ渡した。受け取ったグリムは目を細めて見ているが、あのカードは平気だ。名前の欄にはリリエラと表記されている。
「ふむ。まあ、よいじゃろ」
「リリエラ。奥の席に座っておけ」
「はいっす!」
グリムはカードを返してきた。それを受け取ったリリエラはポケットへ入れる。これでミリアと思われないだろう。勘繰られないために、彼女を遠くの席へ座らせた。
「トーナメントのルールを聞いていい?」
「うむ。まずは魔法が禁止じゃ」
「うぇ。禁止なんだ……」
「相手を殺傷しては駄目じゃからな。当然、スキルも禁止じゃ」
「それって、つまらなくない?」
「試験的じゃからな。それでも盛り上がるはずじゃ」
「そうかなあ?」
「殺し合いでも期待しておったのか?」
「い、いや。そうじゃないけどさ」
ゲームと同じように考えては駄目なのだ。
「ちぇ。レイナス、適当に頑張って」
「はい。フォルト様」
魔法が飛び交いスキルを使った戦いが繰り広げられる。フォルトはそう思っていた。とても残念である。
「あ、ティオ」
「なんだ、きさま」
「帝国の闘技場だと、どうだったの?」
「身体強化系だけだったな」
「魔法も?」
「そうだな。殺傷能力のある魔法とスキルは禁止だった」
「そ、そうか。なあ、グリムの爺さん。それだけやれない?」
「
「うーん。しょうがないか」
わがままを言っても駄目らしい。貴族でもない客将の言う事など通らないだろう。これで完全にトーナメントへの興味を失ってしまった。
「まあいいや。んじゃ、レイナス」
「はい。行ってきますわ。ちゅ」
「でへ」
レイナスは貴賓室から出ていった。出場者には専用の控室がある。そちらへ移動して待機するのだ。トーナメントのプログラムは、エインリッヒ九世の開催宣言から出場者の紹介。それから組み合わせなどをおこなうらしい。
「ここは特等席だな」
「御主人様。人間がいっぱい居ますねえ」
観客席より高い位置に、フォルトたちの居る貴賓室がある。それは闘技場を囲むように作られており、窓から下を見ると大勢の観客が座っていた。
この貴賓室には全員が入っているのだが、それでも空間には余裕がある。シェラは初めて来たので、マリアンデールとルリシオンと一緒に物珍しそうな顔をして舞台を見ていた。
「本当に、すごい盛況ですね」
「うむ。お主のおかげじゃな」
「なんか、やりましたっけ?」
「忘れとるのか。魔の森から亜人種を移動させたじゃろ」
「そうだった。俺の適当な案が通ったんだったな」
「まったく。お主のおかげで貴族が出資したからの」
「ははっ。
「この分なら回収はすぐじゃろう」
(でもなあ。もうちょっと熱い戦いを期待したいんだが。レイナスの『
せっかく造らせた闘技場だが、ルールが邪魔であった。今後は変わる可能性があると言う。しかし、思っていたのと違う。神官などを置いて早期に治療をすれば、派手な戦いもやれそうなものだ。
そんな事を考えていると、マリアンデールとルリシオンが物騒な事を言いだした。それにはグリムもギョっとする。
「これだけの人間が居れば、一瞬で血の海にしてあげるわ」
「ふふ。燃やし尽くしてもいいわねえ」
「マ、マリ、ルリ」
「あはっ! 冗談よお」
「ふふ。貴方、私たちの相手もしなさい」
「お主……」
「じょ、冗談だそうなんで!」
なんだか脅迫された感じがしたが、姉妹は寂しかったようだ。馬車では一緒に乗らなかった。やる事はやったが。そのために、少々
「んじゃ。隣に」
「そうそう。両手に華ねえ」
「あはっ!」
窓際で姉妹を両隣に立たせる。それからマリアンデールは肩、ルリシオンは腰へ手を回して一緒に舞台を見る。シェラは手前だ。すると、後ろからカーミラが声をかけてきた。
「それより御主人様?」
「どうした? カーミラ」
「ほら。対面に見える観客席にですねえ」
「うん?」
カーミラが指さした場所に、なんとなく見覚えのある人物が歩いていた。闘技場は広く、対面の観客席へ座っている客の顔までは分からない。しかし、その人物だけは違った。とても特徴的な顔だからだ。
「あっ! あの
「えへへ。運がいいですねえ」
見つけたのは、血煙の傭兵団団長のグランテだ。なぜ闘技場に居るかは分からないが、辺りをキョロキョロしながら歩いていた。
「どうしたのじゃ?」
「あ……。なんでもないです」
グリムはソフィアの限界突破の件を知らない。血煙の傭兵団を襲い、人間を殺した事を……。いずれ彼女が話すだろうと思われるが、今は知らないのだ。
「ソフィア」
「はい?」
「グリムの爺さんの相手をしといて」
「分かりました」
「マリ、ルリ。シェラもすまん」
「大丈夫ですわ」
「しょうがないわ。間に入っていてあげる」
「終わったら相手をしなさあい」
「ああ。そうする」
小声でソフィアにグリムの相手を頼み、姉妹とシェラにはブラインドをしてもらう。観客席に居るグランテは転移の指輪を持っている。せっかく運よく見つけたのだ。この場で奪うに限る。
フォルトはカーミラとグリムの反対側の席へ座った。近くにはベルナティオとアーシャ。それからセレスとリリエラが居る。
「どうやって奪うか……」
「私が斬り捨ててこようか?」
「い、いや。ティオが近づいた瞬間に逃げ出しかねん」
フォルトたちは顔を見られている。グランテは周囲へ気を配りながら歩いているので、近づけば速攻で見つかるだろう。そうなると転移の指輪を使われ、逃げられてしまう可能性が高い。
「ティオさんに無理なら、あたしは無理だよ?」
「私も無理っすね」
「ふむ」
「旦那様。ここからですと、仕留めても大騒ぎになるかと」
「そうなんだよな。時間魔法はっと」
フォルトはマリアンデールを見る。すると話は聞いていたらしく、首を横に振った。グランテや観客は時間対策をしていなくとも、エインリッヒ九世や近くに居るであろうアーロンは対策をしている可能性が高い。
そして、この場ではそれを確認できない。もし、対策をされていた場合は非常にまずい事となる。王の殺害を
「近づいても平気なのは……」
「御主人様と私ですねえ」
「旦那様が行くのはまずいですね」
「そうだなあ。グリムの爺さんが居るし」
「じゃあ、私が行ってきますねえ」
「平気か?」
「『
「しかし、この人混みだと……」
フォルトは考える。観客席を見ると、さまざまな人間が行き交っている。試合が始まれば座って見るかもしれないが、それでも移動する人間は多いだろう。グランテは今でも観客席を歩いている。見た感じは警備のようだ。
カーミラの『
「しょうがない。俺が行こう」
「一人でですかあ?」
「うむ」
「でもでも。御主人様だと、人混みに酔っちゃいますよお」
「あ……」
引き籠り体質はマシになっているが、何万人もの観客が居る中へ入ったら駄目だろう。一生懸命に考えたが、御破算になってしまった。しかし、まだ手はある。
「と、とにかく。行ってくる。カーミラ、みんなを頼む」
「はあい!」
「グリムの爺さん。トイレはどこですかね?」
「扉を出て右じゃ。もうすぐ始まるからの」
「すぐに戻ります」
フォルトは貴賓室から出てトイレへ向かう。この階には一般の国民は入れないので、人通りはまばらだった。幸いにもトイレは近く、中には誰も居なかった。そこで、トイレの中の一室を空ける。
「ふーん。魔人はトイレが必要なくてよかったよ」
こんな感想を持ってしまうほど、トイレの内装がひどい。床の上には木で作られた穴が空いているだけだ。床自体にも穴はあるが、あまり深くはない。穴の横には砂が盛り上がった状態で置いてあった。
この世界のトイレは、穴へ向かって用を足してから砂をかけるようだ。それをシャベルのような鉄製の棒を使い、こねくり回して肥料にする。穴が深くないのは、この穴から
「さてと……。ニャンシー」
フォルトは人の気配がないのを確認してから、ニャンシーを呼ぶ。彼女はリリエラの影の中へ
「なんじゃ? 主。うひゃ! な、なんという場所へ呼ぶのじゃ!」
「しー! 静かに」
「う、うむ」
ニャンシーが穴から出てこなくてよかったと思いながら、声を落として話しかける。彼女に気を使って、自分の影が穴へ重ならないようにはした。
「ちょっと待ってろ。『
それからマモンを呼び出す。相変わらずのセクシーボディに褐色の肌。ホットパンツは鼻血ものの際どさだ。
「こんな所に呼ぶんじゃねえよ」
「ははっ。他で呼べなかったからな」
「それで、何の用だい?」
「この闘技場に、あの
「なんじゃと。こんな所におったのか」
「あたいは見た事がねえよ」
「そうだったな。とりあえず、やってほしい事を言う」
「あいよ」
フォルトは二人に説明をする。最初にニャンシーが眷属を使い、目標であるグランテが居る場所を特定する。その場所へマモンとニャンシーが向かう。それから目標とすれ違う時に、マモンが指輪を奪う。
「可能か?」
「
「まあ、『
「意思疎通は?」
「魔力探知で追いかけるよ。問題は奪う事だね」
「気づかれず、周りに騒がれずだ」
「指輪だろ? 装備品を奪うのは骨が折れるぜ」
「だろうな。だが、やれ」
「あいよ」
マモンは奪う事や盗む事には
「どうしても無理そうなら、殺して奪え」
「なるべく期待通りにやってやるさ」
「期待してる。それじゃ、吉報を持ってこい」
「分かったのじゃ」
「あいよ」
これで奪えないのなら、他の手を考えるしかない。そうなるとグランテの拠点が分からないので、トーナメントが終わった後に考える必要があるだろう。
作戦を開始させたフォルトは、トイレに二人を残して貴賓室へ帰っていく。それからカーミラの居る席へ戻ったのだった。
「御主人様。うまくやれそうですかあ?」
「たぶんな。いや、おそらく?」
「えへへ。さすがは御主人様です!」
「働くのは俺じゃないけどな」
(いやはや。俺も変わらないなあ。やっぱり面倒臭いもんな。でも、俺がやるよりはマシなはずだ。適材適所だな。俺に適所はないから、全部任せる)
「お主。始まるようじゃぞ」
「おっ! レイナスが出てきた!」
「「おおおっ!」」
闘技場の舞台を見ると、レイナスと他の出場選手が入場してきた。それとともにファンファーレが鳴り響く。観客たちは席を立ちあがり、スタンディングオベーションだ。試合に興味がなくなったとはいえ、これには興奮してしまう。
そして、ファンファーレが鳴り終わった。すると、観客は座って静かになる。エインリッヒ九世から開催の宣言をされるのだろう。その事にフォルトは興味を持たず、舞台に立っているレイナスを見るのだった。
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