第287話 闘技場の強者たち3

 馬車に揺られているフォルトは、途中で休憩を挟み惰眠だみんをむさぼったりした。ずっと聞いていると眠くなるのだ。

 それに一日で到着しないので、野営も挟んだいる。途中にある村などに寄りたくはなかった。もちろん夜は、他の馬車で寝たのだった。


「今日は、あたしもこっち!」

「うむ。デルヴィ侯爵の代役は異世界人らしいからな」


 翌朝に出発する時、アーシャを同じ馬車へ乗せた。これから聞く話は異世界人の事だからだ。同じく元の世界から召喚された彼女を楽しませるためでもある。


「フランス人って言ってたわよね。キザなんじゃない?」

「ははっ。それはソフィアの話を聞いたら分かるぞ」

「そうだけどねえ。ボンジュールとか言いそうじゃない?」

「あ……。言ってましたね」

「ほら」

「あっはっはっ!」


 ソフィアの答えに笑ってしまった。ボンジュールはフランスの挨拶あいさつなので不思議はないが、アニメなどに出てくる人物ではキザなキャラという印象だ。それがそのまま脳裏に浮かんでしまった。


「では、ファインの事を聞かせてくれ」

「はい!」


 ソフィアはゆっくりと話し始める。あのデルヴィ侯爵の代役で出場する者だ。これもまた侮れない者だろうと推察する。そんな事を考えながら、その人物像を思い浮かべるのであった。



◇◇◇◇◇



 商業都市ハンの北西にある砦へ、デルヴィ侯爵が到着した。侯爵はすぐさま砦の守備隊長が居る場所へ向かい、近況の報告を受けている。そこは砦の屋上で、守備隊の兵たちが見張りをしていた。


「これはこれは、侯爵様」

「帝国軍はどうなっておる?」


 砦の先には巨大な川が流れており、その川がソル帝国との国境になっていた。川には数本の巨大な橋が掛けられている。その橋を使って帝国との往来をするのだが、今は人の往来が少ない。


「橋から目視できるところまで、出てくる時がありますな」


 その巨大な橋には入国の審査をする検問所が設けられている。しかし、軍は橋から距離を取るという協定を結んでいた。よって、エウィ王国は川から数キロメートル先に砦を築いている。そこから先へ軍を送っていない。


「こちらの対応は?」

「都度、小隊を向かわせております」


 現在は帝国が協定を破っている。川の近くまで軍を進めてくる時があるのだ。よって、少数の隊を送っていた。軍団を送ると戦争に発展する可能性がある。そうなると戦争の準備ができていないエウィ王国は、橋を奪取されてしまう。


「して、小隊は警告をしておるのだろう?」

「はい。しかし、追い返される時も」


 送った小隊は橋を渡って使者を務めるのだが、そこで小競り合いになる時があった。それにはデルヴィ侯爵も渋い表情をする。


「ふん。死者は?」

「出ておりません」

「ならばよい。ファインはどこだ?」

「ファインなら……」

「ボンジュール。デルヴィ侯爵様」


 デルヴィ侯爵が守備隊長と話していると、つばの広い羽付き帽子をかぶった男性が話しかけてきた。この男性こそファインである。

 貴族のような服を着て、腰にはエストックと短剣らしき武器を装備している。背は高くホッソリとした体格だ。金髪の長い髪を背中に流し、鼻の下にチョビひげを生やしている。歳は三十代後半だ。


「ファイン。調子はどうだ?」

「調整は終わっております」

「トーナメントの件だが」

「ラウールには負けませんよ」

「その点は心配しておらぬが、レイナス嬢が出場する」

「たしか、ローイン公爵家から廃嫡された娘ですな?」


 ファインはレイナス本人を見た事はないが、話を聞いた事があった。ローイン公爵は国の有力貴族一人で、デルヴィ侯爵の政敵だ。その侯爵へ仕えているので、その程度は知っておく必要があった。


「で、そのレイナスという女性は?」

「もし、ラウールと当たる前に彼女と戦う事になったら」

「なったら?」

「力量を見てから負けろ」

「畏まりました」


 ファインは手のひらを胸の中心へ置き、うやうやしく礼をした。彼にとってデルヴィ侯爵の命令は絶対である。

 本来なら優勝をして侯爵へ貢献をしたい。しかし、命令に疑問を持つ事はしない。優勝をする事や、ラウールに勝つ事以上に重要なのだろう。


「ところで、デルヴィ侯爵様」

「どうした?」

「あの者を見ていただけますか?」

「あの者?」

「あの女です」


 ファインは砦の端へ移動をして、下で訓練をしている部隊を指さす。デルヴィ侯爵も移動して下を見た。

 そこには紫の髪を短髪にした女性が居る。動きやすいブレストプレートと腰当を装備してズボンを履いている。地面を不規則な動きで走り回り、対峙たいじしている騎士へ飛び込んでいた。


「あれは……」

「兵士の増員のために送られた、ブレーダ伯爵家旗下のイライザですな」

「ほう。トーナメントに出場する女か」

「はい」


 砦の下では剣を使った訓練をしているのだが、どうもイライザだけがおかしい。なぜか分からないが、勝手に模擬戦を始めているようだ。型にとらわれず、ファインですら動きが読みづらい。しかし、読みづらいだけで対応は可能だ。


「野獣のような女だな」

「そうですな」

「ファインの好みだったかの? 気品のある女性が好みだと思ったが」

「ははっ。違いますよ」

「では、あれがなんだと言うのだ?」

「あの女……。ライラ王国の者ですな」

「なんだと? 密偵か」

「いえ。流れてきた戦士でしょうな」

「どうして分かった?」

「勇魔戦争で、ライラ王国の者と肩を並べましてなあ」

「なるほど。あの動きか」

「粗削りですがね」


 勇魔戦争は人間と魔族の戦いだ。当然、南方小国群も参加している。国が遠いため遠征軍を送ってきたが、その数は多くない。それでもファインは、ライラ王国のアマゾネスの部隊と一緒に戦った事があった。


「ふむ。そういう事か」

「はい。南方小国群は、ローイン公爵領と接していますなあ」

「ほほっ。みなまで言わずともよい」

「はい」


 デルヴィ侯爵は薄い笑いを浮かべる。南方小国群はデルヴィ侯爵領とも接している。しかし、イライザがライラ王国出身の戦士と知らなかった。


蝙蝠こうもりだのう」

「はい」

「ならば、そのように扱うまでだ」

「では、私は軽く汗をかいてきます」

怪我けがをさせるなよ? あの女も出場するのだからな」

「心得ておりますとも」


 ファインはそれだけを言うと、砦から飛び降りてイライザの所へ向かった。かなりの高さがあるが、意にも介していないようだ。


「ボンジュール。お嬢さん。私と手合わせをしませんかな?」

「あん? おっさん。あたいとやろうってのか?」

「まだ三十代ですが……。まあ、トーナメントへの肩慣らしですよ」

「オメエはファインか? 戦ってみたかったぜ」

「ははっ。お手柔らかに頼みますよ」

「いいぜ。怪我けがをさせて不戦勝じゃ、後味が悪いからな」


 イライザは剣を右下へ伸ばして構える。見た事もない構えだ。それに対してファインは腰からエストックを抜いて構えた。

 それはフェンシングのような構えだ。しかし、武器は刺突武器のレイピアである。本来はフルーレ、エペ、サーブルといった武器を使うが、さすがに重厚な鎧を貫けない。その点エストックであれば貫ける。

 そして、もう片方の手に短剣を持つ。この短剣は特殊で、片刃にギザギザになった凹凸おうとつがあった。これはソードブレイカーと呼ばれる短剣である。相手の剣を挟み込む事で、積極的に武器を破壊するのだ。


「なんだそりゃ。見た事もねえ武器だな」

「特注ですよ。ミスリルですので、お気を付けを」

「へっ!」


 周りで訓練をしていた兵士たちが、ファインとイライザを遠巻きに囲む。この兵士たちは、ファインの実力を知っているので興味津々だろう。


「ファインさん! やっちゃってください!」

「痛てて。さっき剣で殴られた所が痛いぜ」


 ファインへの声援や、イライザにたたきのめされた愚痴などが聞こえる。それに対してファインは苦笑いを浮かべた。


「いくぜ。おっさん!」

「………………」


 イライザは、ファインへ向かって走り出す。その動きは直線ではなく、ジグザグに動いていた。砦の上から見た走りだ。


「さて、どうきますかな?」


 ファインはエストックの先端をクルクルと回転させる。すると、ファインの右へ走り込んできた彼女は、突然体を沈めてた。そして、体の内側からエストックへ向かって剣をぎ払ってくる。


「その剣を折らせてもらうぜ!」

「遅いですなあ」


 イライザの攻撃はトリッキーだったが、ファインは一歩後ろへ下がってやり過ごした。彼女の剣は目標を失って、そのまま空を切る。

 しかし、そのまま彼女は跳びあがった。それから剣を持ち換えて、ファインの左から剣を振り下ろしてくる。


「はっはー! 遅いのはそっちだぜ!」

「そうですかな?」


 上空から振り下ろされてきた剣を、ファインはソードブレイカーで受け止めた。そして、無防備になった彼女の肩口を狙ってエストックで突く。

 本来なら受け止めた時に剣を破壊するが、これはただの手合わせだ。そこまでする必要はなかった。


「ちぃ!」


 イライザは空中に居るため、態勢を崩している。しかし、剣を捨てて蹴りを放ってきた。およそ剣術とは程遠いが、それもファインは読んでいる。


「おっと」


 ファインは突き出したエストックを高速で引いて、またもや一歩下がる。これにより、彼女の蹴りも空を切った。そして、そのまま地面へ降りる。


「ちっ。当たんねえなあ」

「そうでしょうとも」

「んじゃ。次、行くぜえ」


 イライザは剣を拾って、再び構えを取った。しかし、ファインは機を逃さず一瞬で飛び込んだ。それからエストックで彼女の胸を突く。すると、金属と金属がぶつかる音が、辺りに二回も響き渡った。


「ぎゃあ!」


 イライザの悲鳴が木霊する。その声とともにファインは後ろへ下がり、エストックを引き抜いた。それから両手に持っている武器を腰へ戻す。


「ファ、ファインさん。まさか、やっちまったのか?」

「ありゃ、完全に貫いたぜ!」


 しかし、イライザは一向に倒れない。剣を落としのけ反っているが、そのまま立っていた。そして、両手で自分の胸を触り始める。


「あ、あれ? あたい……。死んでねえぞ?」

「ただの手合わせですからな」

「え?」

「鎧に穴を空けましたが、胸までは到達していないと思いますよ」

「え? え?」

「小さな胸に感謝する事ですな。はははっ!」

「な、なんだと!」

「では、オフヴォワール」


 イライザが怒り出すが、言い合いとなる前に軽く会釈をする。それからさっさときびすを返した。その光景を見ていたデルヴィ侯爵は、薄い笑いを浮かべて砦の中へと入っていく。ファインは侯爵と合流するために、外に停めてある馬車へ向かって歩いていくのだった。



◇◇◇◇◇



「ふーん。強いね」


 フォルトはソフィアから聞いたファインの感想を漏らす。ラウールとは違った強さだ。生き残る剣と、相手を完全に殺傷する剣といった感じである。


「ええ。勇魔戦争で彼と対峙たいじした魔族は貫かれていたとか」

「怖い怖い。レイナス、平気か?」

「どちらかと言いますと、イライザの方が楽しみですわね」

「そうか? オーガ程度だぞ」

「動きがトリッキーなら、フォルト様の操作に似ていますわ」

「ああ。そういう」


 レイナスを操作していた時、格上のルリシオンに勝つためにトリッキーな操作をした。その事に親近感でもわいたのだろう。


「まあ、誰と当たるかは分からないがな」

「えへへ。たぶんですけどお」

「三人とも当たるわね!」

「あ、あり得るな」


 カーミラとアーシャが不吉な事を言う。イライザは抜きとしても、レイナスはラウールとファインに勝てない可能性がある。


「フォルト様は心配性ですね」

「ははっ。レイナスの奇麗な体に傷がつかないかをな」

「まあ、フォルト様。ピタ」

「そう言えば、ルールを聞いていなかったな」

「詳しい内容は、御爺様が直接話されるそうですよ」

「そっか。楽しみだ」

「ふふ。フォルト様に楽しんでもらいますわ」

「レイナス、頑張れよ」

「きゃ!」


 これで主な出場者の話は終わった。後はレイナス次第である。よって、これ以上は心配をしても始まらない。

 明日には闘技場へ到着するはずだ。詳しいルールなどはグリムから聞けるらしい。フォルトはワクワクした表情をして、レイナスを引き寄せる。そして、その体を堪能するのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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