第十五章 魔人と神聖騎士

第203話 姉妹覚醒1

「ふん!」


 頭上から、大きな影が迫ってくる。それは物凄く大きく、フォルトの体など、ペチっとつぶせる足だ。それを両手で受け止めようとしていた。


「や、やっぱ無理っ!」


 その影から逃げるように、フォルトは後方へ逃げ出した。いくら魔人で平気だろうと思われても、こんな巨大な足で踏まれたら、どうなるか分からない。


(無理無理無理。どっかのアニメキャラじゃないんだから! で、でも、受け止められるのか? いや、試す必要はないのだ!)


 全力で逃げる、逃げる、逃げる。しかし、影が巨大になって迫ってくる。そこで、リリエラと同様の『俊足しゅんそく』を使ってみる。


「『俊足しゅんそく』! おおお? 速いな!」


 『俊足しゅんそく』で一気にスピードを上げたフォルトは、そのまま愛しの身内のところへ戻っていった。


「ぷっ! 逃げ足、はっや!」

「息も切れない、この体。素晴らしいな」

「倒すんじゃなかったのお?」

「遊んでないで、倒してきなさいよ」

「フォルト様……。危なっかしいですね」


 アーシャは、ケタケタと笑っている。他の身内も口へ手を当てて、クスクスと笑っていた。

 その笑顔にはホッコリするが、後ろを振り向くと、ライノスキングが歩いていた。この巨大な魔獣から見れば、フォルトなど気付いてもいないのだろう。


「無視された感じだな」

「獲物にもならなかったようね」

「フォルトさん! 早く倒してよ」

「やっぱ、俺に近接戦は無理! 基本的にビビりだからな」

「えー。強いところを、見せてくれるんじゃないの?」

「そうなんだが……」



【エクスプロージョン/大爆発】



「ギャフ!」


 アーシャにねだられて、振り向きざまに魔法を放つ。フォルトの上級爆裂魔法により、辺りは轟音が響き空気が震えた。

 その魔法の直撃を受けたライノスキングは、眼前で炸裂さくれつした大爆発に巻き込まれ、頭部を粉砕させて死に絶える。そして、ゆっくりと体をかたむけながら、地面へ倒れたのだった。


「す、すっごーい!」

「いきなり使うんじゃないわよ!」

「フォルトぉ。やるならやるって言ってねえ」

「み、耳が……」

「ははっ。どうだ、アーシャ?」

「すごい、すごいよ! さすがって感じね!」


 アーシャはフォルトの首へ腕を巻き、そのまま勢いよく抱きついてきた。彼女が初めて見た上級の攻撃魔法だ。衝撃的だっただろう。

 ライノスキングの頭部からは、モクモクと煙が立ちのぼっている。なくなった頭部の下からは、大量の血があふれ出していた。


「まあ、こんな感じだな。安心したか?」

「うん! 今度、サービスするね!」

「むほっ! 期待しとく」


 今の光景を見たならば、アーシャの不安は吹き飛んだだろう。本当であれば、ライノスキングの足を受け止めて、倒そうとしたのだが……。


「ソフィアは?」

「すごいですね。シルキーでも、ここまでは……」

「シルキー?」

「え、ええ。勇者チームの魔法使いですね」

「へえ。上級の魔法が使えるんだ」

「その話は、後日改めて」

「ははっ。よく分かってる。嫉妬しっとしちゃうからな」

「ちゅ」

「むほっ!」


 ソフィアも珍しく、人が居る前で頬へ口づけをする。魔法が強力すぎたので、アーシャと同様の気持ちになったのだろう。それには、デレっとしてしまう。

 それを見ているマリアンデールとルリシオンは呆れているが、何か疑問に思ったようだ。その事について、問いかけてきた。


「あれ……。食べるの?」

「どうするかな。試しに食べてみる?」

「焼いてあげてもいいけどお。私たちは遠慮しとくわあ」

「血が流れだしてるからだろうけど、なんか臭うな」

「おなかは壊さないでしょうけどお。やめといた方がいいわよお」

「そ、そうだな! 今は腹も減っていないし」


 ビッグホーンの肉を解体する時は、焼き肉屋で運ばれてきたばかりの肉の匂いがした。食欲をそそる匂いだ。しかし、ライノスキングは臭い。なんというか、食欲がそそらないのだ。


「とりあえず、離れるか。臭いし」

「そうね! 行こ行こ」


(巨大なサイかあ。興味はあるが、この臭いはなあ。まあ、いいか。そう言えば、素材に価値があるって聞いたな)


「ライノスキングの素材って」

「ビッグホーンと同等ね。皮はライノスキングの方が高いわ」

「へえ」

「角が一本だから、その分で相殺って事かしらねえ」

「なるほどな」


 ライノスキングの皮は硬い。ビッグホーンの皮より、よい装備が作れるのだ。角の硬さは同じぐらいなので、本数で負けている。


「でも」

「なんだ?」

「角は取っておいたほうがいいわね。魔法の研究関係で使うわ」

「へ?」

「ルーチェに渡せば、きっと喜ぶわよお」

「吹き飛ばしちゃったけど……」

「そうねえ。また、今度にすればあ?」

「そ、そうだな!」


 フォルトはガッカリした。このあたりの知識はないに等しい。アカシックレコードから魔法関係は引き出したが、研究関係はなかったのだ。


「魔人が、魔法の研究なんてしないだろうしな」

「聞いた事はないわねえ」

「文献でも、見た事はないですね」

「魔王スカーレットも、研究とかは興味なかったわね」

「ふーん」

「そんな事を考えるフォルトさんが、珍しいんじゃない?」

「そうらしいな。普通の魔人は壊すだけかあ」


 魔人に関しては、よく分かっていない。ソフィアのいう文献とやらも、憶測で書かれているものが多いらしい。総じて、危険であるという事は一致している。


「次はマンティコアか。どこに居るの?」

「知らないわあ。この辺で待ってれば、来るんじゃなあい?」

「そうなのか?」

「ライノスキングを食べに来るわよ」

「なるほど。だから、ここで待ってるのか」


 ライノスキングからは離れたが、ある程度進んだところで止まっていた。マリアンデールとルリシオンが止まったので、そのまま釣られて止まったのだ。


「でも……。来るのは、マンティコアだけじゃないよな?」

「そうね。他のも来ると思うわ」

「駄目じゃん」

「あはっ! フォルトが、なんとかしてくれるんでしょお?」

「え?」

「ボーっとしてると、魔獣が寄ってくるわよお」

「はぁ。分かりました。分かりましたよ」


 フォルトは溜息をつきながらガックリとする。いいように使われている感じがするが、愛すべき身内の頼みは断れない。



【サモン・レイス/召喚・死霊】



「げっ!」


 アーシャが背中に隠れるが、目の前の召喚陣から、人間の首だけの死霊が現れた。その数は十体だ。


「ちょ、ちょっと! なんてものを召喚すんのよ!」

「分かってるだろ?」

「背中が寂しいのね……」

「そういう事だ。でへ」


 こういう事には、本当に頭が回る。馬鹿馬鹿しいが、幽霊が苦手なアーシャは、背中に抱きついた。


「マンティコアって、どんな魔獣だっけ?」

「えっとね」


 マリアンデールの説明を聞く。しわくちゃな老人のような顔と、獅子の胴体に蝙蝠こうもりの翼を持ち、さそりの尻尾が生えている中型の魔獣。それが、マンティコアである。

 獰猛どうもうな肉食の魔獣であり、その巨体から繰り出される獅子の爪や、さそりの尻尾の猛毒針が武器である。


「なるほど。知ってるのと同じだな」

「へえ。やっぱり、なんか関係があるのかしらねえ」

「さあな。それよりレイスたち。探してこい」


 フォルトの命令を受けたレイスたちは、上空へ舞い上がって散開した。後は発見するのを待っていればいい。その後は、頼み事をしたルリシオンに軽い御仕置きをしながら、地面へ寝転ぶのだった。



◇◇◇◇◇



「なんか、オメエだけ普通だよな」


 護衛の依頼を受けたシルビアとドボは、リリエラとともにドワーフの集落へ向かっていた。アルバハードから国境をこえて、そこから乗合馬車を使っている。

 原生林の中を進まないので、移動自体は早い。しかし、フォルトたちのように人間離れをしていないので、途中の集落へ立ち寄りながらであった。休憩や泊まる宿が必要なのだ。


「オメエはやめてほしいっす! リリエラって名前があるっすよ」

「そっか。じゃあ、俺はドボでいいぜ」

「私も呼び捨てでいいよ」

「シルビアさんっすね。さすがに呼び捨ては無理っす」

「そうかい? まあ、どっちでもいいよ」


 アルバハードからドワーフの集落の中間にある獣人族の集落。そこで宿を決めて、中にある酒場で食事をしていたのだった。


「マスターたちは、普通じゃないっすか?」

「普通じゃねえな」

「魔族と一緒に居る人間ってだけでもな」

「そ、そうっすね」

「でも、やつは魔法使いだろ? 魔法使いは、変なやつが多いしな」

「そ、そうっすね」


 見え見えだが、シルビアとドボは、フォルトの事を詳しく知りたいようだった。しかし、リリエラには何も言えない。魔人と知っていても言えないのだ。


「お二人は、異世界人っすか?」

「そうだぜ。今はしがない冒険者だけどな」

「どうした? ほら、食え。支払いは、こっちで持つからよ」

「え? いいっすよ!」

「いいんだよ。経費に上乗せするからな」

「そ、それは……。どうなんすか?」

「リリエラは金を持ってねえだろ。だから、いいんだよ」


 リリエラには追加の資金は渡されない。持っている金で、やり繰りをする必要がある。この長旅のような場合は、途中で金を稼げない。目的地に到着するまでは、金が出る一方なのだ。


「リリエラだけ身なりが違え。訳アリだろ?」

「い、言えないっす」

「奴隷紋がねえから、奴隷じゃねえだろうがな」

「勘弁してほしいっす」

「まあよ。ソフィアさんの近くに居りゃ平気だろ」

「そうだねえ。なんかあったら、ソフィアさんに泣きつけ」

「………………」


 冒険者として、依頼人の事を他人に言えない。しかし、依頼人を探る事はする。騙されて損をしたりしたくないからだ。

 フォルトの場合は、身辺調査が不十分である。普通なら依頼を受ける事をしないが、やはり金の払いがいい。それに、同じ異世界人だ。


「リリエラは、やつと寝たのか?」

「ぶっ! な、何を言ってるっすか!」

「はははっ! ウブだねえ。ほれ、酒も飲めんだろ?」

「の、飲めるっすけど……。駄目っす!」

「そうかい? それで、ドワーフの集落まで、何をしに行くんだ?」

「そ、それは……」

「それは知っておかねえと、護衛がやれねえよ」

「服を作りに行くっす」

「服? どんなのだい?」

「エロかわっす」

「「………………」」


 シルビアとドボは、口をあんぐりと開けてしまった。あんな森へ引っ越しておきながら、そんな平和そうな事を考える事に対してだ。


「ま、まあ。他人の趣味は、とやかく言わねえけどよ」

「日本人ってのは、この世界へ来ても平和だねえ」

「なんなら、シルビアも頼んでみろよ」

「いいけどね。見るなら金を取るよ」

「その代わり、すげえやつを頼むぜ。リリエラも見てえだろ?」

「え?」


 リリエラは、シルビアの体を見る。鎧を着ているので分からないが、幽鬼の森で水浴びをしていた姿を思い出した。とても、ダイナマイトボディだった。


「ははっ! 顔が赤いぜ」

「破廉恥っす!」


 カーっと顔を熱くする。女性でもうらやむスタイルだ。リリエラは顔をうつむかせてしまった。このような話は嫌悪するはずなのだが、フォルトたちの乱れた生活を見て慣れてしまったのかもしれない。


「さて。今日は泊まって、明日出発だよ」

「へいへい。リリエラも休んどけよ?」

「はいっす!」

「でも、エロかわな服ねえ。水着でも作る気か?」

「なんすか、それ?」

「へへ。ベッドで聞かせてやるよ」

「俺も教えてやるぜ!」

「ドボは部屋が違げえ! 夜這いにくるなよ?」

「へいへい」


 食事を終えた三人は、それぞれの部屋へ向っていく。リリエラとシルビアは同室だ。ドボも入ろうとするが、シルビアに蹴飛ばされている。


「ドボはあっちだよ!」

「ガードが固すぎだぜ」

「なんか言ったかい?」

「なんでもねえよ。じゃあ、明日な」

「ふふ」


 リリエラは、二人を見て笑ってしまう。それを見たシルビアは、リリエラの肩へ手を回して、ニヤリと笑った。おそらく、気を使ってくれたのだろう。

 フォルトの身内ではない事が、顔に現れていたのかもしれない。しかし、彼らには何も伝えられない。リリエラは、二人に気を遣わせた事を悪いと思いながら、部屋へ入っていくのであった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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