第201話 (幕間)姫の娯楽と南方小国群
城塞都市ミリエ。その町中には、孤児院やら障害者施設やらがある。王女であるリゼットは、お忍びで行く時があった。
今も、お忍びで向かっている。馬車で向かうが、当然護衛も乗っている。リゼットの身の回りの世話もやれるように、女騎士が同乗していた。
「グリューネルト。難しい顔をして、どうしたのです?」
リゼットの対面に座っている女性が、女騎士のグリューネルトだ。王国〈ナイトマスター〉アーロンの娘であり、品行方正で気品が漂う淑女である。
リゼットが物心のついた頃から、護衛についている。年齢は二十五歳くらいか。ワインレッドのような濃い赤紫色の髪を伸ばしていた。装備は、鋼で作られたブレストプレートと腰当。そして、鋼の剣である。
「姫様と同じ馬車に乗るなど……」
「いいのですよ。お忍びですので、何台も用意するのは無理というもの」
「そうですが……」
「リ、リゼット姫。この度は助けていただき……」
そのグリューネルトの隣に居る男性は、レイバン男爵だ。麻薬栽培の罪に問われ死刑になるところを、リゼットに救われた。
しかし、タダで死刑が回避されたわけではない。彼女が推進する慈善活動に参加して、更生をする必要があった。
「ふふ。それもいいのですよ」
「本当に助かりました」
「それは、これから向かう孤児院での活動で」
「そ、それはもう」
国法で厳しく規制しているが、性に関する事は難しいものだ。治安がよいわけではないので、襲われる女性は多い。必然的に、望まぬ子供も多かった。
その他にも、魔物に襲われた家族の生き残りや、捨てられた子供も居る。それらを育てるのが孤児院だ。放っておくと、闇組織へ入ったり、スラムで野垂れ死んでしまう。それでは、国の治安や秩序が保たれなくなるのだ。
「爵位は残しましたが、財産の半分は、没収させていただきました」
「し、仕方がありませんな」
「更生を認められれば、お返ししますよ」
「ほ、本当ですか?」
「男爵殿。姫様が、嘘を言うはずがないだろう」
「そ、そうですな。失礼しました」
「大丈夫ですよ。子供たちと、仲良くしてくださいね」
「は、はい!」
孤児院には先生と呼ばれる者たちが居る。その先生になってもらうのだ。そこで孤児たちの悲惨さを目の当たりにして、善良な貴族になってもらうのが、リゼットの望みであった。
(ふふ。いい笑顔ですね。
「姫様、顔が赤いようですが。お風邪でも?」
「いえ。大丈夫です。そろそろ到着ですね」
少々下着が
最底辺の施設とでもいうのか。石造りの孤児院は、そこかしこにヒビが入り、地震でも起きれば崩れるだろう。窓の建て付けも悪く、すきま風が入ってくる。暑い日はいいが、寒い日は大変だろうと思われた。
「こ、ここですか?」
「ふふ。今まで、見た事はありませんか?」
「は、いえ……。は、はい。申しわけありません」
「いいのですよ。知っていただける事が大事です」
レイバン男爵は畏まっている。実際、孤児院やらの施設を、貴族が見る事はない。金だけ出して、後は放置なのだ。
貴族からすれば、リゼットへの小遣いのようなものである。王家の子供に、お年玉をあげる感覚なのだ。そのついでに、リゼットの名声を使い、自分たちの評判をあげているだけなのだ。
「ここまでひどいとは……」
「レイバン男爵は、開拓村の地主でしたね」
「はい」
「では、村民の暮らしも知っているはず」
「はい」
「それ以下ではないですか?」
「分かりました。このレイバン! 姫様の期待に沿う事といたします」
「よい心掛けだな」
「助けていただいた命です。グリューネルト殿も、見ていてくだされ」
「口だけではない事を祈ろう」
三人は孤児院の裏手に向っていく。そこは庭になっているが、向かう道の雑草が刈り取られていない。王族や貴族が歩く道ではなかった。
それでも三人は、歩いて裏庭へ向かう。そこでは先生と呼ばれる者と、多数の子供たちが遊んでいるのだった。
◇◇◇◇◇
「きひひ。坊や」
バグバットの命令で大陸の南方へ向かっていたメドランは、アクアマリンと合流した。エウィ王国を飛ばして、南方の小国群を調べているのであった。
「ババア。こんな国に寄って、どうすんだよ」
「それが分からないかぇ? 脳みそは詰まっているはずだがねぇ」
二人が居る国は、ラドーニ共和国である。エウィ王国から南西にあり、東にはベクトリア王国がある。この国は、他国とは違った風土があった。
「ファスト大統領の動きを見れば、いろいろと分かるのさ」
アクアマリンが大統領と言ったように、ラドーニ共和国は民主主義国家だ。国民が国のトップを決める。小さい国なので、選挙と言っても、それほど複雑ではない。ファスト大統領は、三年前に大統領になった人物だ。
「そんで? なんか分かったのか」
ラドーニ共和国には、首都と四つの町しかない。村は点在するが、ただの開拓村だ。二人は首都であるラドーニに来ていた。
首都は大きく、人口も多い。いわゆる、都会と呼ばれる場所だ。国の経済が集中しており、小国ながら経済大国の一国だった。
「きひひ。分かるも何も、情報が垂れ流しじゃろ?」
「はははっ。そうだな。ベクトリア王国と同盟か」
「報道規制をされてても、この国じゃねえ」
「周知の事実ってか? 馬鹿馬鹿しい国だ」
適当な飲食店などに入れば、そんな情報などは、すぐに分かる。国民全員が知っているので、そこらじゅうで話題になっているからだ。ちょうど今も、その飲食店の一つで、盗み聞きをしている最中だった。
「楽でいいさね。だけどねぇ」
「大人しくしてりゃいいのにな」
「きひひ。戦争になるかねぇ?」
「どうだろうな。まあ、エウィ王国が許さねえだろう」
「このぶんじゃ、アタシたちより早く伝わってるねぇ」
「だろうな。諜報員なんて、いくらでも居るからな」
二人の話の通り、この動きをエウィ王国は察知している。しかし、今のところは静観をしていた。それについては、二人が知る
「何カ国だって?」
「五カ国だそうだ。ベクトリア王国が中心になってな」
「きひひ。ベクトリア公国の誕生かぇ」
「エウィ王国も大変だな」
「そうさねえ。北に帝国、南に公国かい」
「俺らには関係ねえがな」
「アタシには関係があるよ」
アクアマリンは窓の外を見る。メドランは彼女の表情から、何を伝えたいのかを読み取った。その程度の眼力はある。
「なんだあ。出戻りでもすんのか?」
「失敬な事を言うねぇ。そもそも出ていないよ」
「みなさん! ここに、魔王軍六魔将が居ますよ!」
「きひひ。この国の国民は、関心なんて示さんわい」
このあたりは日本と酷似している。他人に関心がない。国民の権利が尊重されているので、友達でもない赤の他人のプライベートには踏み込まない。下手に踏み込めば大騒ぎをする。そんな国民性であった。
「他に収穫はあるか?」
「そうさねぇ。議事堂でも張っとくかねぇ」
首都にある議事堂と呼ばれる場所は、この国の中枢にあたる。議事堂は、国民から選ばれた大統領が、反対勢力と議論を交わす場である。
そして、大統領として在籍してる限り、議事堂へ住む事になる。そこを張っていれば、何かしらの情報が手に入るはずだ。
「もう十分な気がするが……」
「ベクトリア王は野心家じゃが、やる事の規模がねぇ」
「なるほど。なんか、裏がありそうだな」
「メドランにも分かったようだねぇ」
「中は任せる。外は俺が調べるぜ」
「それでいいさね。では、宿を探すとするかい」
「そうしよう」
二人は飲食店を出て宿を探す。首都のラドーニには、たくさんの宿があるで、すぐに決まる。他の町からの出張などで来る者が多く、安宿が乱立しているのだ。
宿を決めた二人は、さっそく動き出す。議事堂の警備は厳重だが、国民に成りすませば簡単だった。中へ入ろうとしなければ、目の前の道も歩ける。これを
「ほんと、馬鹿らしいねぇ」
「そんじゃ、夜に宿でな」
「きひひ。捕まるんじゃないよ」
「誰にものを言ってんだ。メドラン様だぞ」
「きひひ」
メドランは議事堂の外で情報収集。アクアマリンは、魔法を使って中の情報収集だ。彼女の魔法なら、簡単に事を運べるだろう。
別々に分かれた二人は、夜まで情報収集をしたところで、宿へ帰っていく。泊まる部屋は一つだ。お互い異性として見ていないので、何も気にする必要はない。
「どうだった? 諜報員らしいやつが、中へ入ったはずだが」
「きひひ。ビンゴさね。帝国だよ」
「やっぱなあ。あんな遠くから、ご苦労なこった」
「話の内容までは、さすがに 分からないねぇ」
帝国の諜報員が居る事は、不思議ではない。どの国も、全ての国へ送っているのだから。しかし、大統領と会うとなると話は別だ。それでは、外交特使と同じである。諜報員の仕事からは逸脱していた。
「見当はつくさ。同じ見解だろ?」
「きひひ。何かをやるつもりだろうねぇ」
「なんだと思う?」
「愚かな人間がやる事なんて、一つさね」
「はははっ! まあ、ベクトリア王国を調べてからだ」
諜報員が外交特使を兼ねているなら、その内容は察しがつく。二人はニヤリと笑っていた。彼らもアルバハードの諜報員だ。それぐらいの事は分かる。
「んじゃ、さっさと向かうか」
「おや? 南には行かないのかぇ」
アクアマリンの言葉に、メドランは渋い顔をする。指摘されなければ、そのままベクトリア王国へ入るつもりだった。
「やっぱり行かないと駄目か。アクアマリンが行ってくれ」
「アタシも嫌だよ!」
「竜王かあ。起きてんのかな?」
「休眠期のはずだがねぇ」
「まあ、下級竜の動きを見りゃ分かるか」
「そうだねぇ。一緒に行って、さっさと逃げるよ」
「しょうがねえなあ。バグバット様の命令だしな」
「チラっと探って、ベクトリア王国へ入ればいいさね」
「そのチラっとがなあ」
「きひひ。文句を言っても始まらないよ」
「へいへい」
その後、二人は眠りに
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Copyright(C)2021-特攻君
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