第十一章 それぞれの拠点

第145話 旅立ちの予感1

 本日のお客様は、シルビアとドボだ。彼らには、新興の裏組織について調べてもらっていた。その情報が手に入ったため、報告に来ているのだった。

 カーミラと一緒に報告を聞く。彼らの知り合いであるソフィアは、家の中で魔法の勉強をしている。報告を聞き終わったら、引き合わせるつもりだ。


「そんで?」

「新興の裏組織の名称は「蟻の巣」。構成員は五百人ぐらいだな」

「それって多いの?」

「少ねえな。元からある裏組織なら万単位だ」

「そっか。それで?」

「首領の名前は、さすがに分からなかったよ」

「新興といっても裏組織だしな」

「そりゃそうか」


(冒険者に見つかるようじゃ、デルヴィ侯爵も付き合わないか。それじゃ、嫌がらせなんて無理かな?)


 裏組織の首領が分かれば、拉致するなりドッペルゲンガーを使うなりして、デルヴィ侯爵への嫌がらせがやれると思っていた。

 とても浅はかな考えだが、おっさんの考えなどそんなものだ。それに、やれたらいいな程度なので、本気で考えていない。


「他には?」

「扱ってるブツがヤバい」

「何?」

「麻薬だよ。依存性が高く、体に害が少ないやつだね」

「それって……」

「リピーターが付くから収入はデカいよ」

「なるほど」

「さすがに使い続けりゃ、死んじまうけどね」

「ふーん」


 こちらの世界でも、麻薬は巨万の富を生む。それに泣かされる人間も多いが、それを裏組織の人間が考えるわけがない。

 その麻薬のあがりが、デルヴィ侯爵へ流れている可能性が高い。もちろん何度もクッションを置いてるだろうから、たどられる事はないだろう。


「そんなもんだな」

「そっか。ありがと」

「これでいいのか?」

「いいよ。十分だ」


(麻薬ねえ。生産してる拠点でも襲えば、嫌がらせになるかな? その程度なら、ニャンシーでもできそうだ。まあ、いろいろと考えてみよう)


「それと……。最近、町で流れてる噂なんだけどよ」

「どんな噂?」

「聖女さ……。んんっ。ソフィアさんが、異教徒って噂が流れてるね」

「ほう」


 この情報は予測通りである。新しい聖女が決まれば、ソフィアを手に入れるために、動くだろうと思われていた。


「ソフィアは森から出ないから、問題ないさ」

「ソフィア? あんたの女にでもしたのかい?」

「そうだ」

「けっ。これだから日本人は……」


 ソフィアを手に入れた事と日本人に関係があるかはさておき、森の外でどう騒がれようが問題はない。


「そんなところか?」

「そうだね。じゃあ、依頼完了でいいかい?」

「いいよ。よくやってくれた」

「この前のワビもあるからね。しっかりやらせてもらったよ」

「上出来だ。じゃあ、カーミラ。報酬を」

「はあい!」


 カーミラは請求された金額を支払った。もともとフォルトの金ではないので、懐が痛まないとはこの事である。帝国の馬鹿貴族に感謝だ。


「もう依頼はないのかい?」

「うーん。特にないんだよな」

「おめえは気前がいいからよお。上客なんだよ。なんかねえか?」


 シルビアとドボは目をキラキラさせている。シルビアはいいが、ドボは気持ち悪い。しかし、言っている事は分かる。指名を受けて独占したいのだろう。

 フォルトも、ここで関係を終わらせるのは、もったいないと考える。森の外で動ける貴重な人材だ。リリエラに、彼らの代わりは無理である。


「二人には、どこへ行けば会える?」

「あん? 城塞都市ソ……。じゃない、城塞都市ミリエが拠点だぜ」

「聖女の名前を使うんだっけ」

「そうみたいだね。私たちには関係がないさ」

「そうだな」

「ギルドを通さないでもらえると、俺らも助かるぜえ」

「ガメついな。んじゃ、ニャンシー」

「主、呼んだかの?」


 現在はリリエラが戻っているので、ニャンシーも戻っている。先程まで、ソフィアたちの魔法の先生をしていた。そのため、あっという間に現れる。


「な、なんだこいつは?」

「猫だ」

「猫、言うな!」

「ははっ。そう言えば、会った事がなかったな」

「あ、ああ」

「このニャンシーを伝令で使うよ」

「そうか? 依頼が入ってなきゃ、冒険者ギルトに居るよ」

「場所を教えてもらえるかの?」

「いいぜ」


 冒険者ギルドの場所を教えてもらったニャンシーは、用は済んだとばかりに戻っていった。シルビアたちは獣人を見た事があるようだが、ニャンシーの外見は少々違う。二人は、怪訝けげんそうな表情をしていたのだった。



◇◇◇◇◇



 その後ソフィアと話した二人は、一泊して森から出ていった。それを見送った彼女が戻ってきたので、もらった情報を伝える。昨日のうちに伝えればよかったが、そんなものは後回しである。他にやる事がいっぱいあるのだ。身内が多いので、それは仕方がない。


「私が異教徒ですか?」

「噂レベルだけどな」

「とうとう動き出したのかしら?」

「どうだろう。デルヴィ侯爵って、そんなにあからさまなの?」

「いえ。老獪ろうかいというか……。計画性の高い人物のはずです」

「だよね」

「では、他の者が?」

「さあ。でも、異教徒でいいんじゃない?」

「え?」

「ローゼンクロイツ家は魔族の名家。暗黒神……。暗黒神……」

「デュールですね!」

「さ、さすがはカーミラだ!」

「えへへ」


 神様の名前は、どうも覚えられない。聖神イシュリルも、たまに忘れる。カーミラがメモ帳の代わりになっていた。一家に一台カーミラだ。


「その暗黒神デュールを信奉してるんでしょ?」

「そうですね」

「なら、俺が迎え入れれば、異教徒の噂が本当になるって事だ」

「それって……。け、け、け、結婚!」

「建前だけどな」

「た、建前ですか?」

「俺が、ローゼンクロイツ家の婿養子になったのと同じだ」

「な、なるほど。でも、同じようなものですよね?」

「今の生活を見ると、同じようなもんだな」


(ハッキリ言って、同棲どうせいをしてるようなもんだ。婚姻届けの有無だけのような気がする。やる事もやってるわけだし……。デヘ)


「御主人様が、イヤらしい顔をしています!」

「んんっ! つまり、そういう事だ」

「もう、勝手なんですから」

「ははっ。気にするな」

「じゃあ、堕落の種を食べる? 神から離れるなら、いいんじゃない?」

「そ、それは……」


 カーミラが事もなげに言うが、ソフィアは考え込んでいる。悪魔になるのが嫌なのだろうか。


「悪魔になりたくないの?」

「そ、そうですね」

「でも、レイナスとアーシャも食べたし」

「私は聖神イシュリルの信者で……」

「それ、続けるの?」

「え?」

「神らしい事をされてないでしょ」

「い、いえ。心のよりどころと言いますか……」

「よりどころなら、ここに居る!」


 真面目な顔をして、隣に座っているソフィアを抱き寄せた。カーミラは後ろで、ムニュムニュとしてくれていた。


(決まった。こういうのを、一度言ってみたかったんだよな。こればかりは、相手が居ないと駄目だ。独り言だと、さすがに自分でも気持ち悪いからな)


「食べます」

「………………」

「カーミラさん、堕落の種を……」

「いいの?」

「はい!」

「………………」


 なんとも決断が早い。早すぎて、ちょっと時間が止まってしまった。最近ソフィアの事は、よく分かってきた。しかし、それでも甘かったようだ。


(なんで、シュンに落とされなかったんだろ? いや、本当に……。まあいいや。なら、ソフィアの老化もストップ。よかったよかった)


「えへへ。じゃあ、はい!」

「こ、これが?」


 カーミラがヒマワリの種のような大きな種を渡す。それをマジマジと見たソフィアは、種を口の中へ放り込んで飲み込んだ。


「はい! 完了でーす!」

「ソフィア?」

「どのみち、これしか道はないようなので」

「はい?」

「いえ、なんでもありません」

「ふーん」


 先程のやり取りが冗談だったように、一瞬だけ真面目な顔をした。しかし、その一瞬に気付いたのは、カーミラだけであった。


「ソフィアもレベルをあげないとな」

「え?」

「レベル四十以上だったな。まあ、狩り場がないんだけどね」

「そ、そうですね」

「効果時間は無限じゃないんで、レベルを上げてねえ」

「そうなの?」

「はい! でも、数十年は平気ですよお」

「そっか。それだけありゃ平気だな」

「そうでーす!」


 いまさらだが、堕落の種の効果は無限ではない。さっさとレベル四十以上になって、悪魔に変わらないと効果がなくなる。


(消費アイテムだし、そんなもんだろうな。レイナスはレベル三十をこえたし、アーシャもレベル二十五。おそらく、大丈夫だろう。でも、狩り場か……)


 改めて制限時間があると知り、ある決断に迫られる。それは、森から出て狩り場を探す事だ。しかし、それは自分のためになる。彼女たちと一緒に、永遠を生きたいのだから。


「マリとルリも、限界突破がどうとか言ってたな」

「お二人が限界突破ですか?」

「ソフィアには言ってなかったな。シェラに神託を頼んでるところだ」

「なるほど。いつの間に……」

「マリとルリは、レベルを教えてくれないんだよなあ」

「魔族は隠しますよ」

「そうなんだ。シェラは教えてくれたけどな」

「シェラさんは司祭ですからね」

「暗黒神でも、正直に言わないと駄目なの?」

「はい。暗黒神デュールもまた、天界の神々ですからね」

「なるほど」


 天界の神々は、善と悪という概念ではない。つかさどるものの違いだけで、同じ天界の住人と認識しないと駄目だ。

 善と悪の概念で考えるなら、天界の神々と魔界の神々に分かれる。魔界の神々では、悪魔王が筆頭として上げられる。他にもいるが、割愛しておこう。


「そうなると……。旅?」

「旅ですか?」

「御主人様、森を出るんですかあ?」

「うーん。レイナスたちのレベルも上げないと駄目だしな」

「この辺じゃ、石化三兄弟だけですしねえ」

「それを倒すと帝国が……。もういいか?」

「森と山に入られるのが、鬱陶うっとうしいだけですよねえ?」

「うん」

「ゴーレムとかを召喚しとけば、いいんじゃないですかあ?」

「うーん。コストがなあ」


 一体や二体を召喚したところで、あまり意味はない。範囲が広すぎるためだ。それに、ゴーレムだと鈍重なので広い場所では不向きであった。

 数を召喚すると、コストが莫大ばくだいになる。持っている魔力は多いが、毎日のように減少すると、いずれなくなるだろう。


(一考の余地があるな。それと、限界突破の魔物次第ってのもある。そう言えば、もう分かってるだろ。聞くか)


 聞いていないのは、聞くと動く必要があるからだ。どの魔物になるにせよ、姉妹の限界突破なら、近くに居る魔物ではないだろう。


「マリとルリは?」

「食堂ですよ?」

「なら、飯を食いながら話すとするか」

「「はい!」」


 いろいろと話し込んだので、夕飯が近いようだ。いつものように、うまそうな匂いが漂ってくる。三人は匂いに釣られるように、食堂へ向かうのだった。



――――――――――

Copyright(C)2021-特攻君

感想、フォロー、☆☆☆、応援を付けてくださっている方々、

本当にありがとうございます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る