第141話 いざ、バカンスへ

 終業式が終わり、これで前期は正式に終了。

 後期が始まるまでの約一ヶ月間、学生たちはのんびりと過ごす――のが理想だが、実際は課題なんかあったりしてそうまったりともしていられない。


 それでも、普段に比べれば休みの期間が長いというのは事実。

 浮かれるなというのが無茶な話だ。


 ――で、俺たちはというと、サーシャの実家であるレヴィング家が保有する別荘へ向かうため、馬車に揺られていた。


 目指すは国内でも有数のリゾート地。

 別荘近くには海があり、俺たちはそこで三日ほど楽しく夏休みを満喫する予定だった。

 今回は特別に学生ではないものの、ソフィも参加している。

 リザードマンのセスも参加を熱望していたが……さすがに連れて行くわけにもいかないのでお土産を持ち帰ることを条件にしてお留守番をしてもらっている。


「楽しみだわ~」

「僕も! でも、なんだか緊張してきちゃったよ」


 平民であるポルフィやマイロは、明らかに固くなっていた。

 無理もない。

 何せ、相手はサーシャ・レヴィング――あのゾイロ・レヴィング騎士団団長のひとり娘と一緒に、彼女の別荘でひと夏を過ごそうというのだから。

 テスト勉強の件で、他の学生に比べると親しい間柄であると言えるのだが……まだまだそこまで吹っ切れた付き合いはできそうにない。


 そもそも、貴族である俺だって緊張しているのだ。

 この場で平常心を保てているのは、護衛騎士として普段からサーシャに接しているエルシーと、人間社会における地位の差についてまだまだ理解が及んでいないハーフエルフのソフィくらいだ。


「そんなに緊張しなくてもいいのに」


 笑いながら、砕けた態度でそう語るサーシャ。

 だからと言って素直に「はいそうですか」と緊張を解せるわけもなく――しかし、相手に気を遣わせすぎるのもそれはそれで問題だとして、俺は自然に振る舞うよう方向性を変えた。


「……サーシャ」

「何?」

「今日は招待してくれて本当にありがとう」

「どうしたのよ、急に改まって」


 俺が切り込むと、ポルフィとマイロもそれに続いてサーシャと会話をする。

 どうやら、ガチガチに固くなっていた状況からは脱せられたようだ。


 そんな調子で、しばらく会話を楽しんでいると、窓の外に広がる景色にある異変が起きていることに気づく。


「あっ! 海だ!」


 思わず大きな声を出してしまう。

 まだまだ距離は遠いものの、ハッキリと海が確認できた。


「凄い! 本物は初めて見るわ!」

「お、大きいね」


 生まれて初めて見る海に大興奮のポルフィとマイロ。

 これだけでも、ふたりを連れてきた価値は大いにありそうだ。

 ――っと、そういえば、海を見たことがない子はもうひとりいたな。


「どうだ、ソフィ? 初めての海は?」

「…………」

「? ソフィ?」


 なんだ?

 ソフィの様子がおかしいぞ?


「気分でも悪いのか?」

「そうじゃない。そうじゃなくて……うまく言えないんだけど……私、前にも海を見たことがある気がするの」

「えっ?」

 

 前にも海を見たことがあるって……赤ん坊の頃からセスたちモンスターと森で暮らしていたソフィがどこで海を見たって言うんだ?

 もしかして――森に捨てられる前に見たってことか?


 相変わらず表情に変化はないが、その心の中はひどく動揺しているようだった。

 このバカンス……ソフィの記憶に関することで、何か進展があるのかもしれないな。

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