第142話 準備完了!

 ソフィの「海を見たことがあるかもしれない」発言が気になったものの、せっかくのリゾート地。俺はバカンスを楽しもうという気持ちを優先させた。


 まあ、ソフィの言葉が本当だとしても困ることはない。

 むしろ、この海での出来事が彼女の失われていた記憶を呼び起こす可能性だってある。

 ……とはいえ、確かセスが彼女を発見した際にはまだ赤ん坊だったらしいからな。その情報から察するに、恐らくはソフィの勘違いではないかと思うのだが……それについても、ここでの経験から何かを思い出すかもしれない。


 ソフィといえば……以前、学園の食堂でマシューが彼女にプロポーズをしていたな。

 でも、マシューにとって「俺と結婚しろ」って言葉は挨拶みたいなものだ。

 根っからの女好きだし。

 なまじ優れた容姿と強大な権力、さらには富を有しているとあれば、誘いを断る女子の方が稀だろう。

 で、ソフィはその稀な女子のひとりだった。

 断ったものの、あの執念深いマシューが放っておくはずがない。おまけに、彼女は俺と友人関係にある。それもマシューが気に入らない理由となるだろう。


 その辺は学園の始まる後期から対策を練っていけばいいか。

 今はバカンス――こんな時くらい、あいつの顔は忘れたいからな。


 俺たちは海へ出る前に、荷物を置いたり遊ぶ準備をしたりするため、レヴィング家の別荘を訪ねた。


 そこでは相変わらずたくさんの使用人がお出迎えしてくれた。

 しかし、サーシャ曰く、これはあくまでもバカンス仕様で人数が増えているだけであり、普段は屋敷にいる使用人数人が交代して管理しているらしい。


 俺たちの部屋も用意されており、当然ながら男女で別れている。

 ちなみに、俺はマイロと同室になっていた。

 別荘っていうくらいだから、本宅に比べると部屋数が少ないのは致し方ない。


「さて、さっさと着替えて海へ行こうか」

「うん!」


 マイロにそう提案して、パパッと服を脱ぐ。

 ――そこで、俺はハッとなった。

 男ふたりの着替え……普通ならば何も起きないのだが、マイロは一見すると女子に見える中性的な顔立ちをしている。

 そのため、こっちの着替えも意識するし、あっちの着替えも意識する。


「ハーレイ? 着替えないの?」

「……すぐに着替えます」

「? なんで敬語?」

「ナンデモナイヨ?」


 冷静さを保ちつつ、なんとか着替えを乗り切った――って、それじゃあ俺がマイロを変に意識しいているみたいだな……。


 着替えを終えた俺たちは、薄手の上着を羽織って屋敷の外へ出た。

 その先に広がるのは真っ青な海。

 ここら一帯はレヴィング家のプライベートビーチになっているらしく、他に誰もいないのが高ポイントだ。


「凄く綺麗ですね!」

「本当だな」


 海と空の境目が分からなくなるくらい広く、それでいて砂浜もまるで雪原のようにまっさらで美しい。

 あとは女性陣の到着を待つばかりだ。

 

 ――と、


「お待たせ」


 背後から、サーシャの声が聞こえた。

 ようやくお出ましかと振り返った俺とマイロは――その素晴らしすぎる光景を前に、揃って声を失うのだった。

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