第124話 ヴァネッサ・ルーガン

 騒然となる試験会場。

 訪れた学生たちは、Bクラスのヴァネッサ・ルーガンの姿に困惑していた。

 なぜなら――その手に武器は握られていなかったからだ。

 

「……ふん! 随分と見くびられたものだな」


 これには対戦相手のラルフも怒りをあらわにする。

 ヴァネッサ・ルーガンがどんな気持ちで武器を持たず現れたのか定かではないが、相手からしたら「なめられている」と感じて当然だ。


 一方、ラルフから物凄い敵意ある視線をぶつけられているヴァネッサの方は……特にこれといったリアクションも見せず、紫色をしたショートカットの髪を揺らしながら淡々と歩を進めていき、やがて舞台へとあがる。

 そこでも、やはり武器らしい物は手にしなかった。

 

「どういうつもりかは知らないが――こちらは本気でやらせてもらうぞ」


 ラルフは剣を抜く。

 この試合は特別ルールで行われるため、たとえ剣で生身の相手を斬りつけても防御魔法によって体は守られる。

だが、代わりに設定された体力ゲージが失われていき、これがゼロになると強制的に試合は止められる。もちろん、ゲージがゼロに達した方が敗北という扱いだ。


この体力ゲージというのは曲者で、俺が過去二度に渡って行った昇格試験では細工が施されており、こちらがダメージを与えているにもかかわらず向こう扱いになって相手のゲージが減らなかった。

 下位クラス同士の戦いとなると、この会場のように学生が詰めかけるということもなく、見ているのは一部の職員のみ。

 恐らく、その職員が貴族側と通じていたのだろう。

 このような不正が行われていても、基本は「見て見ぬふり」だった。

 仮に抗議があったとしても、難癖をつけて試合を続行させていただろう。


 だが、さすがにこれほど多くの学生が集まっている中では、そのような露骨なマネはできないはず。おまけに、ガステンさんの件で騎士団が目を光らせている現状では、向こうも手を出しづらいだろう。


 ……まあ、今回の相手は平民のヴァネッサ・ルーガンだから、そもそも不正を働きかけるほどの力はないんだけど。


 そんなことを考えていると、審判役の教員が舞台に立ち、両者へ試合前の確認を行うとすぐに「はじめっ!」と開始の合図を出した。


 途端に、会場は熱気で包まれる。


「す、凄いわね……」


 思わずポルフィが圧倒される。

 かく言う俺も、これまでとまるで雰囲気の違う会場にビックリしていた。


 よく聞いてみると、その声援の大半はラルフを後押しするものだった。


「やっちまえ、ラルフ!」

「相手は素手だぞ!」

「意地を見せろ!」

「負けるなぁ!」


 男女問わず、格下相手と見下すヴァネッサを倒せという気持ちを込めて、彼の背中を押している。

 こうした声援に刺激を受けたラルフは、得意の雷魔法を発動。

 バチバチという青白い閃光を愛用する剣にまとわせた。


「ラルフのヤツ……最初から全開でいくつもりだな」

「相手が慢心している今のうちに仕留めようというわけだね」


 慢心。

 マイロはヴァネッサの態度をそう分析した。

 いや、マイロだけじゃなく、この会場でラルフを応援している者の大半がそう思っているだろう。


 果たして、本当にそうだろうか。

 ヴァネッサはラルフを見下しているから、武器を持っていないのか。

 ――いや、そもそも……彼女は本当に武器を持っていないのか?


「おらぁっ!」


 勇ましい雄叫びとともに、ラウルがヴァネッサへと突っ込んでいく。

 さあ……ここからどう動く?

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