第120話 夜のふたり

 町長宅で一泊し、明日の朝に学園へと帰る。

 一応、明日は休みなので時間的な余裕はあるのだが……まさか、サーシャと一泊することになるとは思わなかった。


「ふぅ……」


 その日の夜。

 俺はなかなか寝つけず、気分転換のために外へと出た。家からはそれほど離れず、適当な位置で腰を下ろすとゆっくり夜空を見上げる。

 夜風は涼しく、辺りは虫の鳴き声以外に何も聞こえない。


「静かだな……」


 誰に言うわけでもなく、俺はボソッと呟く――と、


「本当ね。まるで世界に私たちしかいないみたい」

「わあっ!?」


 俺しかいないと思っていたら、まさかのサーシャ登場に驚き、思わずたじろいだ。


「……そこまでビックリすることないじゃない」

「い、いや、ごめん。まったく予想していなくて」

「確かに、考え込んでいるみたいだったしね。――何かあった?」


 とても優しげな声で尋ねられ、ドキッとする。

 

「と、特にこれといって理由があるわけじゃないんだけど……ちょっと眠れなくってね。いつもとは違った環境だからかな?」

「そうなんだ。あっ、でも、それは私もあるかも。ただ、ここは何度か来たことがあるから慣れているだけで、いつもと違った景色とかシーツの感触とか、些細なことが気になって眠れないってことはあるわね」


 こちらの何でもない話題に合わせてくれるサーシャ。

 今、俺は言語スキルを使っていない。

 素の状態で、サーシャと話をしていた。


 ……思えば、最近は他人との会話に補正スキルを挟まなくなったな。

 この状況に慣れてきたということもあるのだろうが、単純に機会が増えたっていうのが大きいんだろうな。サーシャもそうだし、エルシーやポルフィ、マイロ、さらにガインさんやシスター・セイナまで――みんな、本当にいい人たちばかりだからな。



 それからも、俺たちは夜風に当たりながら何でもない世間話に花を咲かせる。

 サーシャはその中で、学園卒業後の進路について教えてくれた。


「私は騎士団へ入らず、結婚すると思うの」

「えっ? 卒業してすぐに?」


 ということは……あと二年か。

 サーシャほどの家柄でしかもこれだけの美人となったら、きっと大人気だろうな。この話が広まった瞬間、学園内で壮絶なアピール合戦が始まりそうだ。


「ちなみに、どんな人がタイプ?」

「えっ!?」


 あ、あれ?

 サーシャ、めちゃくちゃ驚いているみたいだけど……この質問はまずかったか?

 不安になったが、サーシャはすぐにニコッと微笑んでから答えてくれた。どうやら、怒っているわけじゃなさそうだ。

 

「そうねぇ、難しい質問だけど……逆境にもめげず、最後まで戦い抜こうとする強い意志を持った人とか?」

「な、なるほど……」


 実にサーシャらしい。

 そんな人物なら、強面のゾイロ騎士団長が相手でも怯まなさそうだし。


「応援しているよ、サーシャ」

「あ、ありがとう、ハーレイ……でも、これはかなり時間がかかりそうね」

「えっ?」

「何でもないわ。そろそろ戻りましょう?」

「そ、そうだね」


 最後にサーシャが何て言ったのか聞こえなかったけど、それはあとで言語スキルのひとつである【会話記録閲覧】で確認してみることにしよう。


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