第54話 セスの想い

 未だ喧騒に包まれる城をこっそりと抜け出し、俺はある場所を目指していた。

 それは王都のすぐ近くにある周囲と比較して小高い位置にあるそこは、王都の様子を遠巻きから一望できる隠れた絶景ポイントだった。

 こんな場所を知っているのも、セレティナ姫に思いを伝えようと、王都の近くを行ったり来たりしていたセスだからこそだな。


 そんなセスは悠然と街を見下ろしていた。

 小高い丘の上にある木の上に登り、高みから街の様子を眺めている。


「セス!」

「! ハーレイか」


 俺が声をかけたことで、ようやく俺の存在を認識したようだ。

 ……なんだか、らしくないな。

 いつもならこんなに近づかなくても気づくのに。


「何か見えるのか?」

「……いや、なんでもねぇよ。それより――」


 木の上から飛び下りて着地を決めると、その赤い瞳で俺を見据える。


「今日はありがとな。おまえのおかげで、俺はセレティナ姫に長年言いたかった気持ちを伝えることができたよ。本当に感謝している」

「姫様もセスのこと覚えていたみたいだし、プレゼントも気に入ったみたいだったよ」

「そうか」


 そう言ったあとのセスの表情――あまり変化は見られないが、どうやら落ち込んでいるみたいだな。……よし、


「セス、姫様について、何か気になることでもあるのか?」

「別に……」

「――っ! 嘘だろ?」

「! おまえ……スキルを使ったな?」


 俺はニヤリと笑って頷いた。

 正直に答えない方が悪い。


 セスは観念したように「分かったよ」と言って、


「正直に言うと、俺自身にも分からねぇんだ」

「分からない?」

「変な感じというか……長年の願いが成就して嬉しいはずなのに、なぜだか胸が苦しくなるような感じがする。なんでだろうなぁ……」

「セス……」


 ――この時、俺は確信した。


「セスはきっと――姫様が好きだったんだよ」

「好き? まあ、嫌いじゃねぇし……ていうか、恩人だし」

「あー……そうじゃなくてさ。恋愛的な意味でだよ」

「?」

 

 首を傾げるセス。

 まあ、モンスターの世界には恋愛とかなさそうだもんな。

まどろっこしい恋の駆け引きとか無縁で、「生殖するか否か」の極端な二択しかなさそうだ。

 なんとかもうちょっと分かりやすく伝えようと言葉を選んでみる。


「つまり、さ。あのシュナイダー王子のように姫様と結婚したかったりとか」

「バカ言え。俺はモンスターだぞ? どれだけ人間に近づいたって、種族の壁は越えられねぇんだ」


 正論をぶつけてきたけど、その顔は明らかに納得してないって感じだ。本人は気づいていないんだろうけど。


「それに……あいつらには俺が必要だろ?」


 そこで、険しかった表情が緩んだ。

 セスにとっては、姫様と同じくらい村の仲間が大事なのだ。


 ――でも、「結婚したくない」とは答えなかったところを考えるに、今のセスの感情としてもっとも適しているのは、


「セス……君は姫様に恋をしていたんだ」

「恋?」


 彼女さえいたことのない俺が偉そうに語れたものじゃないけど、たぶんそういうことなんだろうなとは察しがつく。


「あの人が姫様だからとか関係なく、ひとりの女性としてずっとそばにいたいとか思っていたんじゃないか?」

「……断言はできねぇけど――そばにいられるものならいたかったかな」


 それはきっと、偽らざる気持ちだろう。

 セスの純粋な好意――だけど、立場や種族の違いから、それは絶対に叶うはずのない夢であった。それでもセスは姫様の幸せを願い、バズリーのシュナイダー王子に託した。自分の気持ちは物言わぬプレゼントと共に彼女に預けてきたのだ。


「セスはよくやったよ」

「なんだよ、急に」


 茶化されているとでも思ったのか、セスは俺の肩をバシッと叩く。

 失恋を慰める最適の言葉――それは、俺の言語スキルをもってしても浮かばぬものだった。

 それでも、セスは前を向いている。

 自分の気持ちに決着をつけて、新たな門出を迎えたセレティナ姫を祝福し、相手の王子に対して姫を託す気持ちを告げた。――ちなみに、その「よろしく頼む」という気持ちは、あとで俺が翻訳して王子に伝えておいた。


「ハーレイ……俺はあいつらのところへ帰るよ」

「わかった。俺も家族と合流しに王都へ戻るよ」

「ああ」

「それじゃあ――また明日」

「! ああ、また明日、な」


 俺たちは再会の約束を果たし、それぞれの「家族」がいる場所へと戻って行った。


 リザードマン《セス》の想いを告げる戦いは、こうして幕を閉じたのだった。

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