第53話 成就
「あなた……もしかして、私の結婚をお祝いに来てくれたの?」
セスは頷く。
そうなのだ。『お祝いの言葉の感謝の気持ちを伝える言葉を教えてほしい』――それが、セスの依頼内容であり、本作戦の最終目標だったのだ。
セスは手にしていたある物をセレティナ姫に差し出した。
それは小さな髪飾り――この世界では、どこにでもあるなんの変哲もない花をかたどった髪飾りだ。しかし、よく見るとその花は、セレティナ姫の庭園にもっとも多く咲いている花でもあった。
「これ……私が好きだって言った花……覚えていてくれたの?」
再びセスは頷いた。
「ありがとう」と「おめでとう」しか話せないセスには、それ以上言葉で何も伝えることはできなかった。
「…………」
姫とセスとのやりとりを見ていたシュナイダー王子は、すべてを悟ったように剣を鞘へとしまう。その顔つきは先ほどまでの険しいものではなくなり、俺たちと庭園を回っていた時のような優しい表情だった。
「セス殿……私は勘違いをしていたようだ。すまない……あなたは我が妻にとってとても大切な御方であるようだ。先ほどまでの無礼な振る舞いの数々を許してくれ」
そう謝罪を述べると――なんと王子はペコリと頭を下げた。
一国の王子がモンスターへ頭を下げるなど、普通じゃ考えられない。だが、シュナイダー王子は自らの非を認め、相手が誰であろうと謝罪をした――それは、王子の人としての器の大きさを表した行為でもある。
姫様は、本当にいい人のもとへ嫁ぐことになったんだな。
「我が妻への贈り物……ありがたく頂戴する」
姫の肩を抱き寄せて、シュナイダーはもう一度頭を下げた。
「そして、あなたにも誓おう――私は妻と共にこのアースダインとバズリーの明るい未来を築くため、この命を奉げる。たとえどんな侵略者がこの地を狙おうとも、必ず守り抜いてみせると」
王子の言葉に、セスは無言。俺はスキルを発動させてセスの言葉を翻訳できるようスタンバっていたが、しばらくその場に立ち尽くし、ようやく出た言葉が、
「よろしく頼む」
だった。
とにかく、これですべての作戦は終了した。
セスはそのぶっ飛んだ跳躍力で壁のてっぺんへと立つと、再び水路へダイブ。そのまま王都を抜けて合流地点である街外れの丘へと向かった。
セスが去ったあと、セレティナ姫はもらった髪飾りをジッと眺めて笑顔をこぼす。
その目尻にはうっすらと涙が浮かんでいた。
セレティナ姫とシュナイダー王子は庭園での一件を、「私たち五人だけの秘密にしましょうね」と言ってくれたおかげで、城へ乱入したセスはお咎めなしとなった。
まあ、暴力とか振るったわけじゃないしね。
それに、今回の会談(?)は結婚してこのアースダインを離れるセレティナ姫にとって最後のいい思い出になったと思う。
一方、現場に居合わせたエルシーは未だ困惑していたが、サーシャは、
「あんなに優しい眼をするモンスターさんもいるんですね……」
モンスターは誰だって怖い――けど、かつて、実際にオークやゴブリンたちに襲われた経験を持つサーシャは、人一倍その思いが強いはず。
にも関わらず、サーシャはセスを「優しい眼のモンスター」だと言った。
この心境の変化はセスにとってもサーシャにとっても大きいものだと思う。
モンスター=野蛮。粗暴。天敵。
そんなイメージを抱く人がほとんど――いや、すべてだと思う。
モンスターの言葉を理解できない以上、人がモンスターを評価する指標はその行動しかないのだ。そんな状況下で、本能に任せて暴れ回る姿が目立っているのであれば、必然と人々の評価は下がる。
しかし、セスのようなモンスターがいるのも事実だ。
セスだけじゃない。
森の奥でひっそりと暮らすモンスターたち。
彼らは皆、乱暴で野蛮な『悪』という言葉が命を持ったような存在ではない。大人しく、そして草花を愛する優しい性格と爽やかな心を持っている。
そんなみんなの評価をなんとか改善したい。
今回のセスの一件はそのスタートを切るに相応しい結果となった。
以前から交流のあったセレティナ姫だけならまだしも、居合わせたシュナイダー王子やサーシャにもいい印象を与えたのはこれからのプラスになるのは間違いない。
――さて、そうなると次の問題はソフィについてだ。
ハーフエルフである彼女を人間の生活圏に戻す。
この課題の解決に挑む。
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