第39話 新たな一歩

 実に申し訳なさそうに、セスは頼みごとを告げた。


「俺に人間の言葉を教えてほしいんだ」

「え? 人間の言葉を? 構わないけど……どんな言葉?」

「それはだな――」


 セスが喋りたい言葉はふたつ。

 どちらも、人間なら日常生活でよく使う言葉だ。

 教えること自体は嫌じゃないけど、気になるのはその意味だ。


「なんでまた人間の言葉を話したいなんて思ったんだ?」

「い、いいじゃねぇか、別に。ていうか、教えてもらいたい言葉の意味からして、なんとなく予想つくだろ?」


 たしかに。

 俺がセスに教えるふたつの言葉の意味――まあ、心情というか、気持ちをストレートに表現している言葉だから、何を伝えたいかはわかる。俺が知りたいのは「誰」に「どうして」その気持ちを伝えたいかなんだけど……結局、照れ臭いのか、セスは教えてくれなかった。


 でも、セスがモンスターなのに人間臭いところが多々見受けられるのは、きっとこの気持ちを伝えたい相手の影響が強いからなのだろう。


 ともかく、こうして新しくセスが生徒に加わったわけだが、ここである問題点が浮上した。

 俺はスキルの恩恵でモンスターと会話ができるが、モンスターが話している言葉を普通の人間側で聞き取ることができるかどうかという点だ。

 セスが口にした人間の言葉が、果たして本当に人間の言葉として誰かに理解できるのか。それを確かめる術が必要となる。


 だが、この問題は意外と早く決着した。

 

スキルとは強制的に発動させるものじゃない――俺の【嘘看破】は、なんでもない日常会話では発動しないようスキルオフの状態にしている。何もかもが嘘かどうかわかってしまうというのは、それはそれで不便なのだ。知らなくてよかったということもあるしね。


 これを、【言語統制】のスキルでも試してみた。すると、


「グアッ! ガウッ!」


 成功だ。


 セスに言葉を教える時は、この状態でやれば問題ないな。


「あ……う……お……と……」

「その調子だ、セス」

 

 さすがに、生粋のモンスターであるセスが人間の言葉をマスターするにはソフィ以上に時間がかかりそうだ。……まあ、ソフィはソフィで、人間界の常識を覚えるのに相当時間がかかりそうだけど。


 その後、「教えてもらってばかりじゃ申し訳ない。何か礼をさせてくれ」とセスは何度も俺に言ってきた。俺としては、命を助けてもらったお礼だから気にしなくていいのに、と伝えたのだが、どうにもセスは納得しない。

 ――なので、


「はっ!」

「甘いっ!」


 俺はセスに格闘術の稽古をつけてもらうことにした。

 稽古――というと、ちょっと語弊がある。

 実際は、俺が繰り出す攻撃をセスにさばいてもらうという方が正しいな。


 きっかけは、もう一匹のリザードマンと戦った時の不甲斐なさから来ていた。


 あの時、俺は自分のスキルに頼り切りで、肝心の戦う技術が伴っていないことに遅まきながら気がついた。

俺は、自分のスキルを生かすために、もっと実戦経験を積む必要があると考え、その相手にセスを指名したのだ。


「うわっ!」

「まだまだ動きが鈍いな、ハーレイ」

「ぐぐぅ……もう一丁!」

「ほい」

「ぐはっ!?」


 渾身の一撃は難なくかわされ、逆に足払いで派手に転倒する。


「くっそぉ……なんで当たらないかなぁ」

「分かりやすいんだよ、おまえの攻撃は」


 簡単に言ってくれるな。でも、本能で戦闘するモンスターには、人間の理詰めで攻める攻撃っていうのはかえって見切りやすいのかな。


 なんとか一本取ってやろうと気合を入れ直していると、近くで見学していたソフィが近づいてくる。慰めてくれるのかなと思ったら、


「ハーレイは勝てないよ」


 ……直球だなぁ。

 いや、ソフィに悪意がないことはわかっている。冷静に状況分析して導き出された答えを口にしているだけだ。


「だろうな」

「なら、どうして戦うの?」

「でも、絶対負けるとは限らないだろ? なんでもかんでもダメだ、無理だって決めつけないで最後の最後まであきらめずにいたら……チャンスが来るかもしれないだろ?」


 それは、俺自身に言い聞かせている言葉でもあった。

 ほぼ精神論であるこんな考えを、まだソフィは理解できないかもしれない。


「……好き」

「へっ!?」

「ハーレイのその考え方、私は好き」

「あ、ああ……考え方が、ね」


 大きな茶色の瞳に射抜かれて、身動きが取れないところで「好き」なんて言われたら……勘違いしない男なんていませんよ。


でも、こうした考えを理解できるようになっているなら、ソフィが人間社会に溶け込めるようになる日も遠くはなさそうだ。

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