第3話 家を出る覚悟

※明日も7:00から今日と同じ時間に4話投稿予定!




「よ、養子!?」


 父からの思いがけない提案に、モイゼスさんも俺も動揺する。


「おまえのところにはまだ子どもがいなかったな? ファルゲン地方――王国最小の領地とはいえ、そこを治める身としては、健康な後継者の存在は欠かせないだろう?」

「!?」


 モイゼスさんにはホリーさんという奥さんがいる。

 しかし、そのホリーさんは体が弱く、それも影響してか、結婚して十年以上経つが未だに子どもができなかった。

 魔法使いとしての才がなかったモイゼスさんは、ファルゲン地方の領主となり、そこで出会ったホリーさんと結婚して静かに暮らしており、できれば後継者が欲しいというのは常々言っていたのだが……。


「…………」


 モイゼスさんは何も答えない。

 表情からは葛藤が見て取れる。

 妻を悪く言われたことへの怒りと、突然つきつけられた養子話――混乱して当然だ。


「……なぜ、急にそんなことを?」

「そうか。おまえにとっては急な話だったな。――だが、俺は前々から計画していたんだ。ハーレイをおまえのところへ養子に出す、と」


 それは初耳だった。

 だが、父はお構いなしに話を進めていく。


「次期当主には魔法使いとしての資質に優れた弟のマシューを考えている。ゆえに、魔法使いとして秀でた力を持たぬハーレイは……うちには不必要だ」

「兄上!」

「そう熱くなるな。そもそもこれは――ハーレイにとっても悪い話ではない」


 父の視線が、真正面に立つモイゼスさんから俺へと移る。


「どうだ、ハーレイ? 新しい環境で一から始めてみる気はないか? ……その方が、これ以上辛い想いをしないで済む」


 ……ようはお払い箱ってわけか。

 それっぽい言葉を並べていても、父の目は冷めている。

「消え失せろ」――口にしなくても、視線がそう語っていた。

 父は己の益とならない者に容赦がない。

 それはたとえ血を分けた息子であっても変わらなかったのだ。


「ハーレイ……」


 今度はモイゼスさんがこちらを向く。

 そして、おもむろに近づくと、


「俺と一緒に来る気はあるか?」


 そう尋ねた。

 ……究極の選択だ。

 どちらの答えを選んでも、俺の人生にとって多大な影響を及ぼすのは目に見えていた――けど、プラスに働くのはどう見てもモイゼスさんの方だ。

 俺は「モイゼスさんのところ行きます」と叫びたかった。

 しかし、こんな時になっても、俺の口は言葉を発することを拒んでいる。ずっと俺を心配してくれていたモイゼスさんに感謝の気持ちを伝える意味でも、まったく声が出せない――「ついていく」というたった五文字が言えないのだ。


 それでも、なんとかして意思を伝えたかった。

 なので――俺は何度も頷いた。

 目に涙を浮かべながら、必死に頷くことで意思を示した。

 こんな大事な時に、俺を心配してくれる優しいモイゼスさんへ気持ちを伝える時にさえ、言葉を発することのできない自分自身に苛立ちを募らせつつも、なんとか行動を起こした。

 その結果、


「ハーレイ……」

「決まりだな」


 俺の気持ちはふたりにしっかりと届いたのだった。



 こうして、俺はモイゼスさんのもとへ養子に出されることとなる。

 時間にしておよそ十分。

 それで、俺の人生は大きく変化した。



 代々要職に就いてきた魔法兵団ではなく、王国の隅っこにある辺境の領主――けど、俺にはこれ以上ないくらい、その言葉が魅力的に映ったのだった。

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