DAY 21-2

 城へ帰り部屋まで戻ってきたベレスは、アミーの選んだ服に着替えさせられると、メアトから貰った言語の本を開いて一人で知識を深めていました。

 最初はメアト達が教えていたのですが、途中から言葉に耳を貸さず黙々と読み進めてしまいました。

 それならとアミーが本を読んでいる間に何かを作ってくれるようで、ベレスは良く分からないまま再度本に集中する事にしました。


 魔王の娘のベレスにとって、他の種族の扱う言葉や知識の取得は容易でした。

 読み終える頃には基本的な言葉は覚えられたようで、むふーと鼻から大きく息をつくと、満足げに本を閉じて笑顔を浮かべました。

 

「おぼえた⋯⋯メアト」

「え!? 私の名前⋯⋯も、もう言葉覚えちゃったの?」

「へえー、すげーな。脳みその作りまでオレらとは違えって事なんだな」

「りんご⋯⋯たべたくて」

「どこまでも純粋な子だな⋯⋯」

 三人と話していると、アミーは美味しそうな匂いと共に扉を開けてやって来ました。

「おまたせ〜、アミー特製のアップルパイだよ〜!」

「ぱい?」

「おう。りんごを更に美味しくした、すげー料理なんだぜ」

「すげー⋯⋯?」

「はい、勉強出来て偉い魔族ちゃんへのご褒美です! どうぞ!」

「はぁ⋯⋯! こ、これ⋯⋯すげー!」

 ベレスの前に出された焼きたてのアップルパイは、ベレスの胃袋を一撃で掴んで離しません。あまりの感動にエミルの言葉を使ってしまうほど、目の前のアップルパイが輝いて見えたのです。

「熱いから気を付けて食べるんだよ」

「すげーの、食べる!」

 体を躍らせながら、渡されたナイフとフォークの理解を示すこと無く無慈悲にアップルパイへ突き立てて、豪快に齧り付きました。

 沢山のすげーがベレスの口の中を駆け巡るまさに至福の一時、ベレスは無我夢中でアップルパイを頬張り続けました。


     ✳︎


 そしてその日の夜の事。

 ベレスの寝床は隣の部屋、城の者達が物置としている場所を使う事にしたのです。

 メアトに何冊か渡された本も半分読み終えたベレスはそろそろ眠ろうと、隣の部屋まで向かおうとしていた時のことです。

 通路の奥でアミーとエミルが話している所を見つけたので、なんとなく聞いてみることにしたのです。

 会話の内容は婚約の内容でした。

 所々ベレスには理解が及びませんでしたが、どうやらアミーとエミルは将来の事について話している事は理解出来ました。

 こっそり聞いていると、後ろからメアトがやってきて、ベレスにこっそり話しかけました。

「アミーとエミルはね⋯⋯」

「はわわ⋯⋯っ!」

「ふふ、しーっ⋯⋯」

 ベレスは驚いて声を出してしまいそうになりますが、なんとか我慢して、メアトと一緒にアミー達の方に向き直ります。

「アミーとエミルはね、婚約者って言って、いつまでも一緒にいようって約束をした二人なんだ」

「それって、すげーこと?」

「うん。すげー事だし、とても幸せな事なんだ」

「しあわせ⋯⋯」

「キミにとっての幸せも、いつかきっと見つかるよ。私達もついてるからさ」

 ベレスにとって、幸せはまだ不透明なものでした。

「⋯⋯わかんない⋯⋯」

「⋯⋯そ、そっか」

 でも、ここに来てから微かに浮かび上がる感情は、幸せに似ていた何かかもしれない。ベレスはほんの少し、感じたのでした。


「⋯⋯ベレス」

「え?」

「⋯⋯おやすみなさい⋯⋯」

「⋯⋯っ! お、おやすみ⋯⋯っ! ベレス!」


 幸せとは違うそのカタチを、ベレスは抱きしめて眠りにつくのでした。

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