DAY 44
「パパ⋯⋯?」
「ベレス、パパは今から戦いに行かなきゃならないんだ。ここでママと一緒に居てくれ、な?」
「あなた⋯⋯」
「心配するな⋯⋯後の事はアーガルミットがやってくれる」
「⋯⋯っ! そう、決心したのね」
魔王は静かに頷くと、二人を部屋ごと眠りに閉ざし、戦いに赴いていった。
✳︎
ベレスは久しぶりに夢を見ていました。
部屋の外から響く轟音を背にパパの言いつけを聞き入れて、ママと共に眠りにつく。
それから長い時の中、目覚めたのはベレス一人だけ。
その時部屋にいたのもベレス一人のみ。ママの姿は何処にもありませんでした。
ベレスはこの夢の内容を、部屋の窓を見ながら振り返っていました。
そして気付けば窓から見た景色は真っ暗で、ポツポツとオレンジ色の光が灯って見えるだけになっていました。
今は朝のはずなのに⋯⋯そう思っていると、カロンが部屋に入ってきました。
「おはようございますベレスさん。さあ、もうアルターに着きますよ。外へ出る準備を」
「アルター⋯⋯え? ここがか?」
「ええそうです。アルターは陽の光が当たらない、大きな大きな洞窟の中に街を広げているのですよ。仄かに輝く鉱石アルメタンを資源としていて、レグメンティアで今一番栄えている国とも言われています」
「カロンはそんな所の生まれだったんだな」
「⋯⋯まあ、そうですね。では行きましょうか⋯⋯ああ、フードは脱いだままで大丈夫ですよ。ワタシが保証します」
「⋯⋯?」
カロンは笑顔でそう言い放ち、部屋を去って行きました。
船を降り、仄かに照らされた警備国アルターを正面から歩いてみましたが、カロンの言う通り、顔を晒して歩いても誰一人気にかけていない様子でした。
それどころかベレスを見るなり同情を寄せるような表情を道ゆく人全員がしていました。
「な、なあ⋯⋯」
ベレスは周りの視線に耐えられず、カロンに話しかけます。
「ね、疑われないでしょう? 警備国アルターの数少ない汚点です」
「私でもこれは分かるぞ⋯⋯余りにも不自然過ぎる。どうして私に疑いの目も向けず、あんな悲しそうな顔でこっちを見てくるんだ?」
「それはワタシのせいですねぇ。アルターでのワタシの扱いは地の底、頭のイカれた魔法使いとして警備から隔離され、街の隅にある家で籠ってろと命令されてしまいました。フフッ、もちろん知った事ではありませんがね。そんな訳で以下省略しまして、ベレスさんは恐らく、ワタシの今日のモルモットだと思われてるはずです!」
「も、モルモット⋯⋯? よく分かんないけど⋯⋯えっと、普通に歩けるなら、私にも都合が良いって事だよな」
「そう! その前向きな考え方、良いですねぇ、ワタシの教えを実践しているのですねぇ⋯⋯では行きましょうか、急ぎワタシのホームまで!」
こうしてベレスはやけにご機嫌なカロンと共にアルターを歩き、カロンの家まで向かうのでした。
カロンの家までの道のりは遠くは無く、しかし街からは明らかに隔絶されている場所に家は存在していました。
しかしその場所はゴミの山に囲まれた、ポツンと建っているとても小さな一軒家でした。
「こ、このゴミの山は?」
「警備国アルターは近年ゴミ問題に悩まされているのですよ。そしてそれが、アルターの汚点の一つでもあるんです。片付けられないまま、積もり積もって⋯⋯こうして山になってしまう頃には、どうしたものかと二年ほど放置しているのです。さ、行きましょう、家の中へは土足で構いません」
「ゴミの山⋯⋯か。この家も含めて、じゃないのか⋯⋯?」
独り言をポツリと呟き、ベレスはカロンの家の中へと入っていきました。
家の中はどこもかしこも機械をいじった跡ばかり、どこを通っているのかも不明な管や配線が床から天井へと伸びていて、寝床の上は空の飲み物だらけでとても寝れる状態にありません。
「家っていうか⋯⋯船室の下のとこ?」
「失礼ですねぇ、ここはワタシの、いわばアトリエのような場所ですよぉ? 更に此処にある物は全て、あの発明の為に費やされた努力の結晶なのです」
「発明⋯⋯?って、これは⋯⋯!」
カロンが指を差した場所へ目線を動かすと、そこにもまた機械がありました。
しかし周りにある小さな機械とは比較にならないほど大きな、管が伸びた先にそびえる不思議な機械でした。
「これは⋯⋯椅子か?」
ベレスから見れば、その形は確かに椅子でした。
機械の椅子の後ろから無数の線や管がびっしりと配置されている、そういう風に見えたのです。
「ただの椅子なんかではありません! これは正真正銘、『圧縮空間装置』です!」
いつもより声を大きくさせてカロンは言いました。
「あっしゅくくうかん⋯⋯そうち?」
いつもより理解が出来ぬまま、ベレスは返しました。
「そうです! この圧縮空間装置に腰掛ける事で別空間へ心のみが移動しそこで蓄えられた情報は蓄積と圧縮を繰り返して現実へ帰る頃には何倍にも肥大して帰ってゆく⋯⋯精神と時を自在に扱う事で、知識や経験を素早く習得する⋯⋯まさに⋯⋯大・革・命・品!」
「⋯⋯結構凄くないか?」
「当たり前です! そしてこれを完成させるには⋯⋯光魔法を出力させる必要があるのですよ、ベレスさん!」
「なるほど⋯⋯私の出番って事か」
「そういう事です! 早速試したいので、この冠に光魔法を注入しちゃって下さい」
カロンがベレスに差し出した機械仕掛けの冠の上には、確かに何かを溜め込んでおくような空間が少しありました。
「この中に入れれば良いんだな」
「はい、ワタシが構えておきますので、遠慮なく冠に向けて当てちゃってください! さあ!」
カロンは冠を手に構え、ベレスの魔法を待ちます。
願いがようやく叶うという事実に、カロンの目はゴーグル越しに輝いていました。
「じゃあ、行くよ⋯⋯光魔法っ!」
「はい! フルパワーで来て下さい!」
アンジェに教わった構えを取って、カロンに教わった練習を身に宿し、ベレスは手のひらから出された光を収縮し始めました。
収縮し、丸みを帯びた光を添えた手を支えながら、ベレスは冠に向けて放出しました。
「⋯⋯っ! 成功!?」
光魔法は冠に直撃し、見事冠の内側へと収まりました。
「冠が光り輝いています! ベレスさん、成功です!」
「よ、良かった⋯⋯」
「フフフッ、これさえあれば全知全能なんかも夢じゃありません! 早速これを試してみましょうか、さあベレスさん!」
「ああ、そうだな⋯⋯え?」
冠を着けられ、椅子に座らされた所でベレスは気付きました。
「それでは、圧縮空間装置、ポチッとな!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 失敗とか考えないのか!?」
スピーディーな流れに戸惑いを隠せず、思わず声を上げて言ってしまうベレス、一方カロンは満面の笑みでサムズアップを決め込んで、既にベレスを見送っていました。
「それでは感想をお待ちしてますよ、ベレスさん!」
「騙されてた〜!」の一言を残し、なんとベレスの身体はどこかへ消えてしまいました。
その様子に呆気に取られ、カロンも思わず焦り出しました。
「あ、あれ⋯⋯ベレスさん? ベレスさーん?」
カロンの声は虚しく響き渡るだけで、何も反応がありませんでした。
「き、消えてしまった⋯⋯?」
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