転生して人生どん底だったはずが、国王陛下に見初められて甘やかされてます。

伊桜らな

プロローグ


「しけた面しやがって! 朝まで出てくるんじゃないぞ」


 父に怒鳴られて、自室に引っ込む。

 私物もほとんどない寂しい部屋。

 部屋があるだけましだった。


 でも……。


 もう限界だった。

 良くて朝まで怯えて過ごす。

 悪ければまた父の機嫌が悪くなり……怒鳴り込まれる。


 わたしは、父が寝たのを見計らって、家を飛び出した。

 行く当てなんて何もなかったけど。





 それが前世での最後の記憶。

 夜中にふらふらと歩いていて、多分だけど車に轢かれたような気がする。

 そこで、紺谷未沙(こんや みさ)としての人生は終わった。

 たった18年の短い命だった。




 それで天国に行けたかというと、全然そうじゃなかった。

 生まれ変わったんだろうか?

 日本じゃない、多分地球でもない別の世界。


 ここでの生活も楽じゃない。

 私は奴隷として生まれたようだった。




「まーた売れ残っちまったか」


 ミッシェルが私を見て言う。

 彼は私の主人。奴隷商人の一族で長の息子。


「す、すみません……」


「俺に謝るぐらいなら、もっと客に愛想よくしろ」


 そんなことを言ってくる。

 私は売り物でもあるので、過度な暴力は受けてはいないが、食事も少なく、身なりも整えてもらえない。

 もう少し若い頃はマシだったが、売れ残りとなった今では扱いが悪くなった。

 化粧もなく、肌も汚く、髪の毛だってぼさぼさだ。

 他の奴隷たちほど、自分を売り込むためにお客さんに話しかけることができなかった私のせいでもある。それが私が売れ残っている大きな理由。


「次の街で買い手がつくといいが……」


 また私達は移動する。

 街から街へ。

 馬車に閉じ込められて、奴隷市場で見世物になっての繰り返し。


 いっそ生まれ変わって新しい人生を送りたいって思っていたけど。

 生まれ変わっても幸せなんてどこにもなかった。

 それにどうして私には前世の記憶があるんだろう……。




 今日も昨日までと何も変わらない一日。


「お前ら、ちゃんと客にアピールするんだぞ」


 他の奴隷たちにミッシェルがいつものように指示を出す。

 私のようにまだ絶望を感じていない奴隷たちの中には、少しでもいい条件の主人に買われるようにと、やる気をだしている人もいる。


 でも、私は……。もうほとんど諦めている。仮に買われることになったとしても奴隷であることからは抜け出せない。私みたいな奴隷をいい条件で扱ってくれる人なんていないだろう。

 ミッシェルも私には何も期待していないのか、私の態度を攻めることもなくなった。




 そんな中、一人の客が現れた。

 基本的に奴隷を買うのはお金を持っている人達だ。だから身なりはしっかりしている。

 だけどそのお客さんは、その中でも特別なくらい立派な服を着ていた。まだ若い。貴族様だろうか。




「いらっしゃいませ。本日のおすすめは……」


 ミッシェルがその男を案内しようとするが、


「いい、ひととおり見せてくれ」


 その男性は、ミッシェルに構わず一人一人奴隷たちを眺めていく。

 といっても立ち止まったりじっくり見ている感じでもない。

 冷やかしなのかもしれない。


 私は顔を伏せて、ただ男性が通り過ぎるのを待っていた。

 どうせ、私に声がかかることなんてないんだから。


「顔を見せてくれ」


 初めは隣の奴隷にかかった声だと思って動けずにいた。


「聞こえないのか? 君だ」


 どう考えてもその声は私に向かっているようにしか思えない。


 わたしはゆっくりと顔を上げた。


 彼と目が合う。その瞬間、


「俺が君を買おう。名は何という?」


「……」


 とっさのことに言葉が出ない。


「どうした? 名前を言えないのか?」


「あ、アレン……です」


 なんとか絞り出した。


「彼女を買わせてもらおう」


「いや、ですが、アレンは……」


 ミッシェルがたじろいでいる。もっと他の、高い値段で売れる奴隷を売りたかったというのもあるだろう。


 が、その客が金額を提示した途端にミッシェルの目の色が変わる。

 聞いたこともないような値段だった。


「不満はあるか?」


「いえ、ございません! はい。お買い上げありがとうございます」




 こうして私は、新しい主人の元に行くこととなった。

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