第3話 オーバー・ザ・トラディショナル

 とある地方都市に位置する総合大学。ここに、すきまに対して並々ならぬ関心を持つ青年たちが集う、サークル活動があった。


 名を『すきまクラブ』という。


 すきまクラブのあるクラブハウスの前にはテニスコートがある。テニスといえば青春の象徴といっても過言ではない。そこでは黄色い球と黄色い声援とが飛び交う。これに対してすきまクラブの部室はひどく黄ばんでいる。粘るヤニと、社会への不満とが、空間をそのように着色するのだ。


 夜七時になったころ、すきまクラブの活動は終わる。大学から退散した部員たちは、その日も遅くまで、近くのイタリアンレストランにたむろしていた。


「なあ、野木坂よお」

「2分待て」


 御神苗の呼びかけに、野木坂は任天堂から目を離さずに返事をした。


「うい」


 御神苗は席を立ってドリンクバーに向かった。メロンソーダを表面張力ぎりぎりまで注ぐ。


 席にもどったころにはメロンソーダはグラス半分まで減っていた。糖分でベタベタになった手で、御神苗は七三分けを撫でつける。


「おまえ就職決まったの?」


 御神苗が言った。きっかり2分経っていた。


「うん」

「どこ?」

「ゴムのとこ」

「そうか。志望動機とかどうした?」

「……ん」


 野木坂は任天堂の『ポーズボタン』を押して、ポケットからスマートフォンを取り出した。目的のファイルを見つけるとテーブルの向こう側に、スマホを滑らす。御神苗はそれを受け止めると、画面に表示された文章に目を凝らす。


〈志望動機――○○ゴム――〉

 貴社では新幹線の衝撃を吸収するゴムとかを作っていると伺いました。あんなに重たいものをどうにかするなんて、すごい技術です。これは貴社の技術者たちの、すきまに対する並々ならぬ興味が作り出した産物でしょう。すごい情熱です。巷の企業は、すきまの魅力をこれっぽっちも理解していません。ヒドイのになると、ワンツール・マルチユースの細心機械などにうつつを抜かしています。あのように中身が詰まったものを作って何が楽しいのでしょうか。とにかく世の中の大多数は、すきまを作らないことばかりを考えています。そんな世の中において……


 御神苗はそこまでで読むのをやめた。彼は直観力が優れているので、どのように結ぶのかを想像できたのだ。


「野木坂、おまえ天才だよ」


 野木坂は自身の持ち味を理解し、ブレる事なき主張をおこなった。御神苗は本心からの賛辞を述べた。


「で、面接では、なんて言ったんだ?」

「私を採用していただいたあかつきには、御社の商材をすべてのすきまにねじこみます。以上」

「それだけか?」

「うん」


 本当にそれだけだった。面接官の大半は引き笑いしていたが、ひとりの男が声をあげた。


「こいつの面倒は俺が見る。業界の常識を変えるのは、こういう男だ」


 賢明な判断である。


「何社、受けたの?」

「二社」

「もうひとつは受かった?」

「落ちた」

「なんて言ったの?」

「『御社の圧着端子をすべてのすきまにねじ込みます』って言った。そしたらだ、『うちの商材はデリケートだからねえ。ねじこむと端子が潰れちゃうよ』って返された。だから俺は席をたった」


 圧着端子とは、パソコンの部品と部品のあいだに挟まっている、隙間性の高い商材である。すきまクラブのOBにも、この業界に所属する人間は多い。


「たぶんミスマッチってやつだな」

「御神苗先輩。今のイイッスよ。なんつーか、ひねりが効いてるっつーか」


 口をはさんだのは新田弟だった。野木坂達より一年後輩である。


「そうか。ところで新田弟、話があるって言ってたけど、そろそろ教えてくれないか? おまえが話さないから俺たち帰れないんだけど」

「ああそうっしたね……御神苗先輩、オレ、前から思ってたんスけど」


 要領を得ない新田の発言に、御神苗は眉をしかめる。


「何を?」

「あのジャンケンで負けた人から下敷きになるゲームあるじゃないですか? サッカーで得点決めたときみたいに重なるヤツ」

「あるな。で、何?」

「あれってオカシクないスか? 一番勝ったヤツはすきまに入れないし、ぶっちゃけ、すきまなく重なり合ってるし」


 的を射た指摘だった。御神苗と野木坂は揃って目をひんむく。


「新田弟よ。実は俺も思っていた……」


 御神苗が答えた。


「俺もだ」


 野木坂も賛同した。


「で、兄貴と考えたんスよ。えっと、口じゃ説明しづらいんで図で書きますね」


〈図1、1:新しいやり方〉

   天井

   ーーーーーーーーーーーーーーー



すげえふんばる→ 人間2 _(:3」∠)_

    (ここにすきまをあけておく)

  普通に寝る→ 人間1 _(:3」∠)_

   ーーーーーーーーーーーーーーー

   床


「で、勝ったヤツが、このすきまに入るんですよ。ヘッドスライディングするみたいに」


 新田弟は説明すると、それをノートに図示する。


〈図1、2:新しいやり方〉

   天井

   ーーーーーーーーーーーーーーー

           ╭━━━╮

            カッター!

人間2 _(:3」∠)_ ╰━━v━╯

このすきまに滑り込む  _(:3」∠)_ ズザーッ

    人間1 _(:3」∠)_

   ーーーーーーーーーーーーーーー

   床


「……」

「……」


 長い沈黙が訪れた。新田弟は先輩の判断を待つあいだ、コーラをストローで吸い続けた。


「それだ。おまえ天才だよ」


 御神苗は手を叩いた。野木坂も追って拍手をする。場違いな拍手に、店にいた客が侮蔑の目を向けていた。


「新田弟……これで俺たちも安心して引退できるよ」


 ひよっ子だと思っていた後輩が、知らぬ間に成長していることがある。それは先輩にとって嬉しいことだ。

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