第15話 人間の為せる業

 外では、建物の崩れ落ちる音、巨大な物が動くズシンとした振動が響いていた。


 エゴン・アシュレイは、急ぎ装備を整えていた。昔使い慣れた真紅の鎧に身を包む。そして、かつて彼の主人あるじから賜った大剣クレイモアを手に取る。

「いつかは、こんな時が来ることは覚悟していた。だから、剣の修練を欠かしたことはなかった。なんとしても、エリを守る。ユリアヌス様、私にお力をお与えください」

 よく手入れがされた刃に彼の姿が、映る。すると、剣がその想いに応えるかのように一瞬、剣がパッと白い輝きを放った。

「ユリアヌス様!」

 エゴンは、かつてアーシア最強と言われた剣聖ユリアヌス・カエサル・ブルーローズの加護を感じた。

「やれる!」


 エゴンは、大剣クレイモアを背中に背負うと、家を出た。

 エゴンの家は村の端に位置していたが、中心の方は炎で焼け、家は倒壊し、瓦礫と化していた。村人等の死体がそこかしこに転がっていた。その中には領都から派遣された兵士も含まれていた。その中心に赤色の巨大なドラゴンがいるのが見えた。


 クリムゾン・ドラゴン。焔の力を身に宿し、自在に火を操る厄介なドラゴンだ。大きな翼を持ち、四肢が比較的長く、尻尾が長い。また長い髭を持つのが特徴だ。体長は20mを超えている。


※ドラゴンの体長は立った時の頭の天辺から地面までの長さを指す。よって、尻尾の 長さは含まれないことに注意。尻尾を含めれば、このドラゴンは、30mを優に超えるだろう。


 エゴンが、村の中心に行くと、鎧に身を包んだアーノルド・ビル村長が長い大斧を両手に持ち、クリムゾン・ドラゴンと対峙していた。村長はドラゴン目掛けて大斧を振り下ろしたが。ドラゴンの手に弾かれ、倒れた。そこをドラゴンがもう一方の手を振りおろした。

「ウッ!」

 ビル村長は、やられたと思ったが、ガキッという音弾く音が響く。

 間一髪でエゴンがドラゴンの大爪による攻撃を大剣で受け止めていた。巨大なドラゴンの攻撃を受け止めるなど並みの人間とは思えない。


「エ、エゴン!」

「大丈夫ですか?村長!さあ、ここは私が食い止めます。村長は、村人を率いて逃げてください!」

「な、何を言うか!わしとて、その名を知られた元軍人じゃわい。お前1人にこの場を任せておけるか!この村はわしが守るんじゃ!」

 そう言うとビル村長は、大斧を持ち直してドラゴンに切りかかって行く。

「ダメです。村長!」

 エゴンが叫ぶ。


「グウォウォウォウォーッ!」


 ドラゴンが、村長の方に咆哮すると、村長は大きく後ろの瓦礫の山に吹き飛ばされ、さらに村長の上に瓦礫が落ちてきた。

 ドラゴンの咆哮は、衝撃波を起す。並みの人間なら軽く10メートルは吹き飛ばされるだろう。


「そ、村長!」

 エゴンは、ビル村長に駆け寄り、瓦礫をかき分け、村長を助け出した。

「う・・。エ、エゴン・・。む・・らを・・、みんなを・、た・の・・む・・」

 ビル村長は、エゴンの顔の方に力なく手をあげる。

「村長!ビル村長しっかりしてください」

 ビル村長は、ニコリと微笑むと、静かに息を引き取った。

「そ、村長!」

 エゴンは、慟哭した。

「村長、あなたのリザブ村は私が守ります!」

 エゴンは、ドラゴンをキッと睨んだ。


 クリムゾン・ドラゴンは、この間、何かを探しているような行動をしていた。やがて、それがわかったのか、エゴンを無視してそちらに向かうため、飛び立とうとした。

「行かせはせん!」

 エゴンは、腰を落とし、剣の柄をドラゴンの方に向け、左横に大剣を構えると、剣が光を発した。


蛇噛斬シュネール・バイト!」


 エゴンは、剣を抜き放つと同時に一瞬でクリムゾン・ドラゴンとの距離を詰め、その脚を深く抉った。


 エゴン・アシュレイは、剣聖ではないが、主人あるじであった剣聖ユリアヌスから人間が習得できる最高の剣技を叩きこまれた男だ。扱う大剣クレイモアも並みの人間が扱える代物ではない。人間の武器は、ドラゴンの皮膚を傷つけることすらできないのだ。エゴン・アシュレイがやっていることは、とてつもないことであった。


「グウォーッ!」

 ドラゴンが悲鳴を上げ、地面に落ちる。間合いを詰めたエゴンは、間髪入れずクリムゾン・ドラゴンの背に飛び乗ると、背中に剣を突き刺した。

「う、ウォーーーっ!」

 気合の掛け声を上げると、そのままドラゴンの背から頭部に向けて剣を刺し走る。

「グウォーッ!」

 それにドラゴンはさらに悲鳴を上げ、暴れてエゴンを振り落とそうとする。エゴンは必死にドラゴンに刺した剣にしがみつき、落ちまいと踏ん張る。

 しかし、その行為がクリムゾン・ドラゴンを怒らせたようだ。クリムゾン・ドラゴンは大きく咆哮した。


「グウォウォウォウォーッ!」


 その音波の衝撃に耐えきれず、エゴンは、大剣を抜くと、吹き飛ばされた。だが、体勢を立て直し、上手く着地した。


『に、人間の分際で、生意気な!』


 ドラゴンが、言葉を発した。だが、その声は直接心に響く籠ったような声だった。クリムゾン・ドラゴンは明らかに怒っていた。


 エゴンは、大剣クレイモアを構えなおした。腰を落とし、今度は大剣を頭の辺りで、ドラゴンに向けて構える。エゴンも、ドラゴンの急所が心臓であることは知っていた。そこに致命傷を与えなければドラゴンは死なず、傷もすぐに癒えてしまう。現に、クリムゾン・ドラゴンの脚の傷はすでに塞がっているようだ。

「刺し違えてでも倒す!ユリアヌス様、私に力をお貸しください!」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「カーン、カーン、カーン・・」

 ここは、どこかは、わからないが、見すぼらいいトガをまとった男が、暗闇の中淡い明かりを灯し、石壁に鶴嘴ピカクスを振るっていた。ふと、男は、ピカクスを置き、フッと笑みを浮かべた。しかし、それは一瞬のこと。またすぐにピカクスを振るい始めた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 クリムゾン・ドラゴンが、今度は炎を吐きながら突進してきた。


疾駆刺ハートゥル・スピール!」


 クレイモアが、輝きを放つとエゴンは、放たれた矢のように、クリムゾン・ドラゴンの吐く炎を突破し、その懐を襲った。そして、ドラゴンの心臓のある胸にクレイモアが一突き・・・・ のはずだった。


 しかし、クリムゾン・ドラゴンは、間一髪、手で心臓をガードしていた。

 大剣は、手を貫通したが、胸の皮膚をわずかに突いた程度だった。

「チッ!」

 しかし、エゴンは、諦めない。咄嗟に剣を上方に振り上げ、ドラゴンの手を裂き、そのまま飛び上がると、クレイモアがドラゴンの左目を切り裂いた。

「グウォーッツオ!」

 堪らず、クリムゾン・ドラゴンが悲鳴を上げた。

 エゴンは、そのまま後方に回転して、着地した。

「ふうふう・・」

 これは、もはや人間ひとの為せる業ではない。この男の身体能力は、どうなっているのだろうか。


『人間め、調子に乗り追って。許さぬぞ』


 クリムゾン・ドラゴンは本気で頭に血が上っていた。

 しかし、ここまでの人間離れした闘いで、エゴンの動きが鈍くなってきていた。剣聖が扱う技を2度も使ったのだ。肉体的なダメージが少ないわけがない。呼吸も少し荒くなっている。

 クリムゾン・ドラゴンは、大きな炎を吐きながら、周囲を焼き尽くすかのようにゆっくりと円を描く。エゴンは、その炎を避けるように横に駆けながら、ドラゴンに近づいていく。


(もう体力が持たない。これが、最後のチャンスだ)


 クリムゾン・ドラゴンの真横に来たときだ。エゴンは、急に止まり、ドラゴンの方に身体を向け、剣を頭の横に構えた。

「これで最後だ。くらえ!ハー・・」

 その時だ。クリムゾン・ドラゴンの長い尻尾の攻撃がエゴンを右後方から襲った。咄嗟に方向替えクレイモアを盾にして、これを受け止めたが。強烈な攻撃だったため、後方の炎の方に弾き飛ばされた。

「ズザザザー!」

 エゴンのブーツが擦れる音が響き、エゴンは炎の手前で踏ん張った。しかし、炎の中からドラゴンの顔が飛び出してきた。間一髪、噛まれるのを回避したが、ドラゴンの左手が、彼を引っ掴んだ。

「ウグァっ!」

 クレイモアが、エゴンの手からすべり落ちる。

そして、目の前までエゴンを持ってくると、腹部に指爪を立て串刺しにした。エゴンの腹部から大量の血がほとばしった。

「グフォッ!」

 苦しそうなエゴンの悲鳴が響き、口から血反吐する。クリムゾン・ドラゴンは、指爪に刺したエゴンが苦しむのを眺めていたが、エゴンが動かなくなると、地面に放り捨てた。


 そして、クリムゾン・ドラゴンは、先ほど探り当てた方向へと飛び立って行った。


「うう、エリ・・・シア。逃げっ・・・。ブハッ・・」

 エゴンが上げた右手が、何かを探すかのように彷徨うと、血反吐を吐き、力なく落ちた。


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