第12話 反攻作戦

 数日が経過した。カラミーア領領都カラムンドの城内の一室ではガラマーン軍への反攻作戦の会議が行われていた。時刻は昼を過ぎた頃だ。ブライトン卿、サンタモニカ、前線から召喚されたミスト将軍等が今後の作戦について打ち合わせていた。もう数日経過しているが、一向に結論には至らない。その場にスフィーティアの姿は見当たらなかった。


「前線のガラマーン軍の動きは活発になってきている。兵力がどんどん増強されており、このままでは、前線のわが軍との兵力差が拡大する一方だ」

 ミスト将軍が前線の状況を報告する。

「現状、どれほどに拡大していますか?」

 モニカが尋ねる。

「1万は超えていよう」

 ミスト将軍が苦い顔をしている。

「わが軍の前線砦の部隊が、3千」

 モニカが確認するように漏らすと、周囲から意見が噴出した。

「これ以上の戦力差は、砦への侵攻を奴らに促すことにつながろう」

「わが軍も、兵力を増強すべきだ」

「しかし、前線に回せる兵力は、限られているぞ」

「ここは、再度カラミーア伯爵自ら出陣を願うしかあるまい」

 モニカは口をつぐんだままだが、涼しい顔をしていた。それに気づいたブライトン卿が口を開く。

「モニカよ、軍師であるお主の考えはどうなのじゃ?」

「策が無いわけではありませんが・・・」

 モニカは、下がった赤縁メガネを指で押し上げる。


 その時だ。突然、会議室のドアが開かれ、大柄で褐色肌の女性騎士が入ってきた。

「アナスターシャではないか。エリザベス王女親衛隊のお前が、なんでここに来たのだ?」

 そう、王都よりアナスターシャ・グイーンがやって来たのだ。ブライトン卿が驚きとともに声を上げた。

「なんだ、老いぼれが重傷を負ったというので来てみたが、ピンピンしてるではないか」

「何を。相変わらず口の悪い奴め。少しは年上を敬え」

 ブライトン卿がアナスターシャを小突く。

「グイーン卿、どうしてこちらに?」

「モニカ、前にも言ったろう。私とお前は、共に士官学校で学んだ仲だ。昔通りの呼び方でいい。堅苦しいのは止めてくれ」

「ふふふ。では、アナスターシャ、どうしてこちらに?」

「お前たちが、ボンを攻略できずにいるから、加勢に来たのだ。と言ってもわたしだけだが・・」

「あなたが、来てくれたとは心強い」

 モニカは、薄く笑みを浮かべる。

「ん?お前・・。はあ。やはり、お前の仕業だな、モニカ」

 アナスターシャは、モニカの表情を見て察した。

「ん、どういうことだ?」

 ブライトン卿が声を上げる。

「陛下が、私に直々に命じられたから変だと思ったんだ」

 アナスターシャが、ため息をつく。

「アナスターシャ、あなたが来てくれたおかげで、条件の一つがクリアできました。後はもう一つの条件、機会を待つだけです」


 モニカが、その後彼女が立てた作戦を皆に説明した。列席者の中からは、無謀な作戦だとの声も上がったが、鍵であるアナスターシャの一声で決まった。彼女は不敵な笑みを浮かべながらこう言ったのだ。


「モニカ、面白いではないか。久し振りに少しは楽しめそうだぞ」


 作戦会議が終わり、列席者が去った後、会議室には、ブライトン卿、アナスターシャ、モニカだけが残っていた。

「そう言えば、ここの剣聖はいないのか?」

 アナスターシャが、辺りを見回し尋ねる。

「ああ、スフィーティアなら、先ほど、剣聖団から届け物があったようで確認に行っています」

「どうも剣聖というのは、好かんな。王都の剣聖は女たらしで最悪だよ」

「その意見には、賛成しましょう」

 ドアが開いたままだったようだ。スフィーティアが静かに入って来た。

「あ、スフィーティア、届け物は確認できましたか?」

「ええ、これで移動に困らなくて済みます」


 新しい『シュライダー』が届いたのだ。シュライダーは、剣聖が駆る浮遊するオートバイのような乗り物だ。


「紹介しましょう。スフィーティア、こちらは、アナスターシャ・グイーン卿。アマルフィの戦乙女ヴァルキュリアと呼ばれ、戦においては負け知らず。彼女が出陣すれば、周辺国も震え・・」

「そのような紹介はよしてくれ。こちらが恥ずかしくなる」

 アナスターシャが、モニカを制止する。

「私は、」

「スフィーティア・エリス・クライ。美の剣聖スフィーティア。その美しさは神をもなびかせると言うが、なるほど、噂に違わぬ美しさだ。その実力も、現在剣聖団随一で最高の称号『アルファシオン』を与えられる」

 そう言った瞬間、アナスターシャが剣を抜こうとしたが、スフィーティアが抜く前にアナスターシャの右手を止めた。

「うぐ」

 アナスターシャは、手を抑えられ、どうしても剣が抜けない

「あなたの剣は私に向けられるものではないでしょう。グイーン卿」

 スフィーティアが手を離すと、アナスターシャは、後ろによろめいた。

「ふ、さすがだね。お前にもアレクセイにも同じものを感じるよ。どこか冷めている。そして、肝心の感情が欠けている。嫌、心の奥底に封印されているのかな?それが人を小ばかにしているように見えて腹が立つ」

「アナスターシャ、よせ。お前の悪い癖だ。強い者に噛みつきたがるのは。スフィーティアは、そのような者ではない。彼女は、優しいよ。わしには、わかる」

 ブライトン卿が2人の間に割って入った

「そうですよ。アナスターシャ。スフィーティアは、心優しい方です」

 モニカが、援護する。

「いいえ、グイーン卿の言うとおりですよ。私たち剣聖は、剣聖になる時に生殖機能を失い、感情を、ほとんど意識しなくなります。痛みですらほとんど感じることはない。涙すら出ない」

 そういうスフィーティアの言葉は淡々としていたが、青碧眼に、一瞬悲しげな色が浮かぶのをブライトン卿は見ていた。

「ふふ、スフィーティアよ。わしには、わかるんじゃよ。お前さんの目を見ればな。目はな、嘘をつかんぞ」

 スフィーティアは、ブライトン卿から目を背けた。ブライトン卿の思いもよらない言葉に微かに動揺しているようだ。


「ああ、やめだ!これでは、私が悪者だ」

 アナスターシャが、沈黙を破る。

「スフィーティア・エリス・クライ。お前を試すような真似をして悪かった」

 アナスターシャが、右手をスフィーティアに差し出す。

「こちらこそ。グイーン卿」

 2人は固く握手を交わした。

「固いのは抜きだ。私のことは、アナスターシャと呼んでくれ」

「私のことは、スフィーティアでお願いします」


 この日以後、カラミーアでは、ガラマーン軍への反攻作戦のための動きが活発となる。

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