双子 〜僕が君で、君が僕で〜

明夜 想

第1話

 僕とアガットは一卵性双生児。だけど、今まで、誰も僕らを見間違えたことはない。何故って、アガットはふっくらしていたし、僕は痩せていたから、見た目ではっきりわかるその差が僕らを見分ける目安だったことは間違いない。


 五歳の時に、従兄弟の結婚式に行った時のこと。

「ブラウン、おめでとう」

スポット照明を浴びた時に僕たちは、親に言われたとおりに、二人揃って、そっくりの声で叫んだ。それで、僕たちのお役目は終わりのはずだったのだが、

「アガット、スマルト、ありがとう! 君たちがどんなお嫁さんをもらうか、僕たちも今から楽しみにしているよ、双子君」

会場は、スポットに浮かび上がった僕たちを見て柔らかい笑いに包まれた。アガットは僕と同じ声で言った。

「僕、スマルトと結婚するんだ、ねぇ、スマルト?」

「うん。僕たちずっと一緒だもん」

会場は、大きな笑いの渦に巻き込まれた。誰かの野次が飛んだ。

「結婚は、家族以外の人とするのよ」

「それに結婚したら、いくら仲良くても二人一緒ってわけにはいかないぞ、坊主たち!」

僕が途方に暮れていると、アガットは胸を張って言った。

「それならお嫁さん一人と、僕たち二人で結婚する!」

会場中は僕たち自身が何を言っているのか、わかっていない事に大笑い。しかし、たった一人、近くにいたおじさんがこっそりと僕たちに言った。

「君たちそれぞれの個性というものがあるから、お嫁さんを欺き通すことなんて出来ないよ、きっと」

「こせいって?」

「人間の中身のことさ。例えば、君たちの見かけがそっくりだとしても、見分けがつくもの。それが個性、というものさ」

それからおじさんは笑って付け加えた。

「まぁ、君たちは、双子でも、見かけですぐにわかるがね」


 明日からジュニアハイスクールも感謝祭で一週間休みになる。ママとパパは、いつも、ものすごく忙しかった。明日から感謝祭だというのに、また僕たちをおいてお出かけだ。

「アガット、スマルト、パパとママは今日から六日間いないけれど、戸締り、火の元には注意してね。何か困ったら、隣のおばさんを頼りなさい」

「ハーイ、了解」

「あ、アガット、スマルトの分まで食べないのよ! スマルトも、ちゃんと全部残さず食べなさい。それ以上痩せないでちょうだい。アガットは食べ過ぎよ」

「ハーイ、了解」

アガットは、小さい頃から、僕の皿のものを欲しがり、僕はアガットの欲しがるままにあげていた。そのせいでアガットはぽっちゃりし、僕は痩せ気味になった。

「スマルト、宿題やった?」

アガットがこっそり耳元で聞いてくる。

「まだ」

「僕さ、休み時間にやっちゃたから、それ写して、早くゲームしよう!」

ママは耳ざとく聞いていた。

「スマルト! たまには自力で宿題をやりなさい! アガットも、写させてばかりいてはスマルトのためにならないでしょ」

「大丈夫だよ、ママ。スマルトはやらなくてもできるから」

「パパ、何とか言ってちょうだい!」

「そうだなぁ。アガットが何でもやってあげてしまうのは、悪いことではないけれど、将来スマルトは自分では何も出来なくなってしまって、困ることになるんじゃないかな」

「僕たちはずっと一緒だから、大丈夫だよ、ね、スマルト?」

「そうそう、心配することないよ。それより、もう行かなくて良いの? 時間じゃないの?」

「あら、本当だわ! あなた、急ぎましょう! じゃあ、行ってくるわね!」

アガットは素早く玄関にスーツケースを運び、パパに渡した。僕もそれに習って、残りの荷物を玄関まで運びママに渡した。


「あ〜、明日でアリスとも当分お別れか……」

最近アガットは口を開けば「アリス」と言う。彼女の名前が出ない日は一日たりとてないのだ。アリスは学年で一番可愛かった。

「そうだね、アリスは家族で旅行に行くって言う話だし」

「スマルトはいいよな。毎日アリスの顔見れて……」

アガットの目は僕を通り越して、幻のアリスを描き出して、うっとりと眺めていた。

「それより、アガット、休み中僕たちもどこかへ出かけない?」

「アリスはどこに行くんだろう……」

「アガット! 聞いてる?」

「そうだ! いっそのこと明日、告白してしまおう!」

「えっ?」

僕もアリスが好きだった。けれど、言い出したのはアガットが先だし、あまりにも、「アリス、アリス」と連呼するものだから「僕も」って言いそびれてしまっていた。けれど、今言わないと、この先もずっと言えない気がする。それは、アガットを裏切ることのような気がした。

「僕も、僕もアリスが……」

「えっ?」

一瞬、アガットは、目の前に雷でも落ちたような顔をした。それから、共通の秘密を持った嬉しさで笑おうとした。だが、すぐに、ライバルになってしまうことと、告白は僕に遠慮してしないべきかという思いが駆け巡って、笑おうとしたままの顔で途方に暮れてしまった。アガットの気持ちが手に取るように分かる。アガットは溜息をついた。

「スマルトとは違う、体型以外だって違うと思っていたけど、好きな子まで一緒なんて……。やっぱり……心まで双子なんだね、僕たち」

呟いて下を向いたアガットの表情は見えなかった。

「当たり前だよ、僕たち双子なんだもん。それより、アリスのことだけど、言い出したのは、アガットが先だから、いいよ、僕に遠慮しなくても……」

僕としては、こう言うしかなかったし、それでよかった。僕にはアリスに告白する勇気がなかった。


 僕たちは、別々のクラスだったが、行き帰りは一緒だった。アガットの教室に迎えに行く。教室を見回したが、見当たらない。

「アガットなら、さっきまでいたけど。もうじき戻って来るんじゃないかな」

クラスメートに声をかけられて、思い出した。そうだ、アガットは今日、告白するって言っていたっけ。気になるから、のぞきに行って来よう。


「アガット、私、太っている人は好きじゃないの」

「じゃあ、頑張ってダイエットするよ」

アリスは首を横に振った。

「痩せるとスマルトになるんでしょ。あなた達双子だものね」

「! 僕はスマルトじゃない……」

「何が違うというの? 同じよ、体型以外はね。仕草も話し方もそっくりよ。気がつかなかった?」

そのまま、アリスは長い髪を靡かせて、その場を逃げるように走り去った。不幸なことに僕たちは、アリスの好みの美少年ではなかったのだ。

 アガットの目はアリスを追っていたけれど、足は一歩も前に出なかった。アシルが角を曲がって見えなくなってからも、アガットの目は、そこで止まったままだった。不意に、アガットの眉間に深い縦皺が寄った。握りしめた拳が、微かに震えている。僕はアガットに駆け寄った。アガットの目が、僕をちらっと見た。その目には僕は映っていなかった。何もその目から読み取ることはできない。今まで、ちらっと見交わしただけで、何でもわかった瞳は、曇りガラスで覆われてしまった。これは本当に僕の知っているアガットだろうか。僕の一部というより僕自身の半身のアガットなのだろうか? アガットがどこか遠くに行ってしまう! 見知らぬ他人になってしまう!

「スマルト……。泣いているのか?」

自分が泣いていることに気がつかなかった。首を横に振りながら、腕で涙を拭った。アガットの指が、僕の眉間に触れた。

「僕たち……、今、同じ顔をしているんだね、きっと……」

アガットは、泣かなかった。僕が先に泣いてしまったから。僕たちは今、同じ顔をしていたかもしれないが、考えていることは、お互いに読めなかった。


 家に帰ると今日の夕食分のカレーを温める。きっちり二人分。習慣で当分に皿に分ける。たとえ、アガットが僕の皿から足りないと言って食べるとしても、いったんは等分に分けるのが、暗黙の了解だった。アガットは僕が用意している間、ぼんやりと座り込んでいた。いつもなら、どちらかが温めたりしている間、もう一方は、皿を並べたりするのだが、よほどショックだったのだ。焦点の合わない瞳のまま着替えもせずに座り込んでいる。


「いただきます」

僕が言うと、それに反応してアガットの手はスプーンを持ち、口と皿の間を往復し始めた。それが、えらくゆっくりしていたので、僕の方が早く食べ終わってしまった。こんな事は初めてだ。アガットの皿を見ると、まだ半分しか食べ進んでいない。僕は急に手も持ち無沙汰になってしまった。何だが落ち着かなかった。アガットの皿と、口の間を往復するスプーンは一定のリズムを持っていたが、スローモーションのように遅い。僕はまだスプーンを握っていた。そうだ、いつもアガットがしているように、今度は僕がアガットの皿から食べればいいんだ。僕は黙ったまま、やはり黙ったままのアガットの皿から、カレーとご飯をすくって食べ始めた。アガットの手と、僕の手がぶつかる事なく皿の上を滑っていく。


 朝、自分で目覚めた。いつも、僕を起こすアガットはまだ眠っている。起こそうと思ったがやめた。いつも、僕はもう少し眠っていたいところを起こされるのだから、アガットももう少し眠らせてあげようと思った。いつ起きてもいいように、二人分の朝食を用意した。と言ってもパンを焼いて、目玉焼きと、野菜炒めを同じフライパンで作り、カフェオレを入れただけだが。少し待ったが、起きてこないので、仕方なく一人で全部食べた。

 後片付けをすっかり終わらせると遅く起きたせいもあって、お昼近くになっていた。もうそろそろ、起きてくるだろう。今日のタマネギは、やけに目に染みて、涙が止まらない。僕はわざと換気扇を回さずに、オニオンスープを作り始めた。食べる事の好きなアガットが匂いにつられて起きてくるかもしれない。けれど、タマネギが飴色に炒め終わる頃になってもアガットは起きて来なかった。出来上がったたっぷり二人分のスープの鍋を持って、アガットのベッドの横に立つ。換気扇を回さなかったから、部屋にはほんのりとオニオンスープの香りが漂っている。アガットな鼻先で、スープの蓋を開ける。ちょっと眉間に皺を寄せ、瞼がヒクヒクと動いた後、アガットは、薄く目を開けた。うるさい他人でも見るような目で、僕を一瞥した後、布団を被り壁の方を向いてしまった。

「アガットの好きな、オニオンスープだよ」

「……いらない」

オニオンスープの湯気の向こうで、アガットの肩が震えた。

「アガット、ごめん……」

僕は迂闊にも、やっと昨日のことを思い出した。

「……スマルトが謝ることじゃないよ……。ねぇ、僕たちは、どこまでいっても、この先ずっと『同じ双子』なのかな?」

声が震えている。僕は、オニオンスープの鍋を持ったままぼんやりと湯気を見ていた。湯気の向こうで歪んでいくアガットを、見ていた。


 夕食も二人分用意したが、アガットは「いらない」と言った。僕は、二人前に取り分けた昼食も、夕食も一人で平らげた。好きだったはずのアリス。だけれど、僕は本当にアリスを好きだったのだろうか? アガットがしょっちゅうアリスのことを話していたので、僕もアリスを好きになった気になっただけかもしれない。それとも、アリスがひどい奴だと思ったから、嫌いになったのだろうか? もし、アリスがアガットと付き合っていたら? けれど、今の僕はアリスへの興味など全く無くなってしまっていた。


 翌日からアガットは起きてきた。毎食二人前用意した。が、何を作ろうとアガットはほとんど食べなかった。僕は、毎食毎食、先に食べ終わるとアガットの皿に手を伸ばした。アガットは、何もしなかった。僕は一人で、食事の用意から、後片付けを、掃除、洗濯までやった。僕がアガットの面倒を見ているのだ!


 今日、パパと、ママが帰ってくる。明日からは学校も始まる。

「アガット、宿題やった?」

「……まだ」

「そう、じゃあ……」

不意に、アガットが、立ち上がったため「今からやるね」と言う言葉は飲み込まれた。座っている僕を見下ろす格好になる。僕の知らない目だった。その奥にいつも見えていたアガットは、どこへ行ってしまったのだろう?

「いつも、いつも……」

何日かぶりに聞いた声は、低く掠れた聞いた事のない他人の声だった。

「アガット?」

僕はアガットの瞳に宿るものに怯えた。瞳の暴力、と言うものがあるとしたら、まさにアガットの今の瞳はそれだった。握りしめた拳は、決して上げられない。けれど、その見えない力が瞳にこもっている。僕は、怯えてしまった。ただ、怯えてしまった。全く未知のものに対するように、怯えて動くことすら出来なかった。ここに立っているのは、アガットじゃなかった。ずっと一緒にいると言っていた、アガットは、そこにはいなかった。

「僕に頼ってばっかりじゃないかっ!」

吐き捨てて、アガットは、足音高く二階へ行ってしまった。視線が逸らされて、やっと身動きできるようになってから、喉の奥から熱いものが込み上げてきた。悲しいのか、悔しいのか、怒っていいのか、さっぱりわからなかった。アガットが今までそんな風に思っていたなんて……。裏切られてような気分だった。


「ただいま!」

「お帰りなさい」

二人揃って玄関で迎える。こんな時でも、今までと同じように、二人同時に「お帰りなさい」の言葉が出る。僕がママの荷物を受け取れば、アガットがパパの荷物を受け取る。

「夕食食べてないんでしょ? 作っておいたよ」

僕が言うと、ママは僕に向かって、

「アガット有難う」

と言った。そして、アガットに向かって言った。

「スマルト、少し体重が増えたでしょ。それくらいはなくちゃね。それに声変わりもしたようね」

アガットは空な目で、僕は驚きのあまり何も言えずに、玄関脇の鏡を見た。並んで写っている鏡の中の僕らは、僕がアガットで、アガットが僕になっていた。


 翌日、アガットは、具合が悪いと言って学校を休んだ。ママは、僕の連絡帳に「風邪のためお休みさせてください」と書いて、僕に渡した。

「アガット、スマルトのクラスに朝行って届けてね」

と言って。いつ気づくだろうと、僕たちは何も言わずにいた。間違いに早く気づいてほしかった。

 登校途中、アガットの担任が自転車で通り過ぎた瞬間に、後ろの荷台に乗せていた、鞄が落ちた。

「先生! 落ちましたよ!」

すぐに拾って走った。

「ああ、アガット有難う」

校門で、アガットのクラスメートに後ろから腕を取られた。

「アガット、おはよう! 宿題やった?」

「お、おはよう。うん、やったよ」

「あてにしてたんだ」

そのまま、アガットのクラスに連れて行かれた。教室に着くと、僕はノートを持って、言った。

「宿題やってない人、このノートにとーまれ!」

いつもアガットがそうしているのを知っていたからやってみた。クラスメートのほとんどが、集まってきた。

 その日一日、アガットのクラスにいたが、誰も、僕をスマルトと呼ぶ人はいなかった。


 その次の日から、アガットも一緒に登校した。アガットと僕は知らぬ間に入れ替わることを、周りから強要されたと言っても言い過ぎではないだろう。周囲の目が、僕を「アガット」と、アガットを「スマルト」としか見ないのだから。

 アガットは、宿題をやらなくなり、僕は宿題をやるようになった。アガットのクラスメートが、皆、僕がやってくるのを頼って待っているからだ。帰りにアガットを迎えにいくと、まだ、ホームルームが終わっていないようだった。意見がなかなか出ずに進まないのだ、いつも僕のクラスは。アガットが、手を上げようとするのが見えた。が、後ろの席の子に腕を押さえられた。アガットは、少しムッとしたようだが、相手の子は気づかず、何か言っていた。たぶん、

「スマルトの言いたいことはわかるよ」

僕はさっき、アガットとして、みんなの意見をまとめてきたところだったのに。

 僕たちは誰かが気がついてくれるだろうとそれを待ってそのまま、いたずら心もあって過ごしていたが、誰一人気づかなかった。皆、「アガット」、「スマルト」、と言う容れ物と、その上澄みの積極性と、消極性だけを見ていただけだったのだ。僕たちは、お互いを名前で呼ばなくなった。僕は家で、アガットに宿題を見せなかった。アガットも見たがらなかった。僕たちは、一緒に勉強することも、遊ぶこともなくなった。表向きは、受験のためだから、誰も何も言わなかった。志望校も別れ、お互い相手の名で受験し、そのまま春から相手の名で、ハイスクールに通うことになった。僕と、アガットはますます一緒にいることが少なくなっていった。


 ジュニアハイスクールを卒業した春休みのある日、スキーに行ったきりアガットは帰って来なかった。僕の名前で参加したスキーツアーで、雪崩に巻き込まれ、二度と帰らぬ人となった。ニュースは、死亡した人の名として、僕の友達と僕の名を流した。誰も、「スマルト」の名を口にする人はいなくなった。僕の名前は戸籍から消された。


 僕は「スマルト」だったんだろうか? 何回か入れ替わり、そのうちごっちゃになってしまったのではないだろうか? 僕は元々「アガット」だったのではないだろうか? と思う時がある。


 --数年後--

 街を歩いていると、どこかで見たことのある人が向こうから歩いてきた。相手も僕の顔を見て、何か思い出したようだ。アリスだ! 大きなお腹を抱えている。

「スマルト!」

「!」

一瞬彼女の口の形は「あっ」の形を取った。僕は内心、すっかり呼ばれなくなった自分の名前に戸惑っていた。しかし、気づかなかったふりをした。

「やあ、久しぶり」

「アガット、よね? ごめんなさい。スマルトはとっくに亡くなったのよね……」

今の僕は、ジムに通い続けたおかげで、昔のようにほっそりと、でも引き締まった入れ物を持っていた。

「いや、いいんだ。それより、予定日はいつ?」

アリスは、視線をお腹に落とした。

「来月よ。男の子なの……。私……産まれて来る子に「スマルト」って名をつけようと思うの」

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双子 〜僕が君で、君が僕で〜 明夜 想 @emiru-aozora

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