抱擁
遠藤良二
抱擁
今、俺の隣には女が寝ている。飲み屋で知り合った奴。
ケツの軽い女で、飲み屋で
「一緒に飲まないか?」
と誘うと、すぐに俺の隣の席に座った。
「名前は何ていうんだ?」
訊くと、
「アキっていうの。貴方は?」
言うので、適当に、
「裕二だ」
言っておいた。初対面の酔っ払った女相手に本名を言ったって忘れているだろう。女の名前もきっと偽名だと思う。
お互いのことを喋った。飲み屋でアキはカラオケも歌った。意外と上手い。彼女の声はハスキーだから高音は出づらそうだが、低音は落ち着いた響きのある声だ。
アキの年齢は本当かどうか分からないが、24だと言っていた。俺は26と答えておいた。俺の年は実年齢だ。
飲み終わったあと俺はタクシーを呼び、酔って寝ているアキと一緒に俺が住んでるアパートまで連れて行った。アキは、
「ここどこ?」
と、起きたようだ。
「今夜は俺の部屋に泊まれ」
「ありがと、じゃあ、お言葉に甘えてそうするね」
その夜、彼女を抱いた。
今は早朝6時過ぎだ。俺は今日、日曜日なので仕事は休みだ。アキはどうなのだろう。まあ、そんなことは知ったことか。俺には関係ない。昨日の夜、知り合ったばかりの女だ。肉体的には深い関係になったが、精神的には浅い。そもそも俺が飲みに行ったのも、女を探しに行った。そこで、ちょうど若い女がいたから声をかけた。まんまと引っかかった馬鹿な女。俺は嘲笑った。
ところでこいつ、いつになったら起きるんだ。もしかしたら、アキはまだ酔っているのか? 俺はまたムラムラしてきたのでアキを抱こうとした。すると、目覚めて、
「きゃっ!!」
悲鳴をあげた。
「あ、裕二か」
「どうしたんだよ、抱かせろよ」
「えっ? もしかして、あんた昨日の夜もあたしを抱いた?」
「もちろんだ。なかなかよかったぞ」
俺は笑った。
「えっ! マジ!?」
「何だ、覚えてないのか」
「ぜんっぜん、覚えてない」
「喘ぎ声凄かったぞ」
「あたし、またやっちゃった……」
「またって、お前、前にもこういうことがあったのか」
「帰る!」
「仕方ないから送ってやるよ」
「あ、うん。ありがと」
俺は再度アキを抱くことができなかったが、また今度抱いてやる。逃がさんぞ。俺は執念深いんだ。
「明日、またあおうぜ?」
「う、うん。いいけど。飲むの?」
「飲むさ、そりゃ。アキも飲むんだろ?」
「少しね」
アキのナビで彼女の家に着いた。
「上がってく?」
「襲うぞ?」
「別にいいけど。送ってもらったし」
「なら、寄ってく」
アキは笑った。まるで淫乱女のようだ。
「Hするならシャワー浴びてね、あたしも浴びるから」
俺は、浴室を探した。
「ああ、ここか」
約15分後、俺は浴室から上がって体を拭いた。アキの気配がない。寝ているのだろうか。でも、彼女の姿がない。どこへ行った。それと同じくらいに俺の財布もない。まさかとは思うが、もしやアキの仕業か。よく見るとテーブルの上に置手紙があった。パチンコ行って来る。お金貸してね。マジか! 人の金を……。とんでもないやつだ。帰って来たら俺のおもちゃにしてやる。これは、罰を与えねば。もういいって言ってもやめない。攻めまくってやる。楽しみだ。そう思うと俺の体の中心部分が硬くなるのが分かる。
俺がシャワーから上がって約1時間が経過した。アキはなかなか帰って来ない。いったいどこのパチンコ屋に行ったんだ。イライラしてくる。
「ちくしょう! 早く帰ってこい!!」
俺はひとりで怒鳴り散らした。
仕方がないので俺は横になってスマホを見始めた。
気付いたら寝ていたようだ。シャワーを浴びて気持ち良くなったからかもしれない。そのころにはアキは帰って来ていて俺のよこにうつ伏せでよこになっていてスマホを見ていた。その呑気さに俺は頭に血が昇った。
「おい!! 貴様! 俺の金返せ! どうせ負けたんだろ!」
「ごめんね。許して」
俺は財布の中を見た。
「すっからかんじゃねーか!! 俺のなけなしの小遣いだったんだぞ! どうしてくれるんだ!」
「体で返すよ」
こういう時、女は体を武器にするから得だ。
「じゃあ、抱きたい時に来るからな! 断ることはできないからな」
アキは黙っている。嫌なのか。今更、そんなことは言わせない。避妊なんかしない。できたら堕胎してもらう。子どもなんかいらない、しかもこんな奴の子どもなら特に。
ところで、コイツはどんな仕事をしているんだ? それを訊いてみると、
「ニートだよ。生活保護だから」
「マジか、だから金ないのか。病気でもあるのか?」
彼女の表情は一瞬、歪んだ。訊かれたくなかったのだろう。
「そんなこと、貴方に関係ないよ!」
「何、キレてんだよ。そんなに言いたくないのか?」
「当たり前じゃない!」
フン! と俺は鼻を鳴らした。
「言えよ! 何ていう病気だ?」
アキは俯いた。すると、泣き出した。
「どうしたんだ? 何で泣くんだよ」
「昔の……昔のこと思い出しちゃって……」
すると、アキの呼吸が荒くなってきた。ハアハアいって苦しそうだ。
「お、おい! どうしたんだよ!」
彼女は自分のバッグから紙袋を取り出した。その入口を口に当てて呼吸をしている。俺は焦った。
暫く、それを繰り返している内に呼吸が安定してきた。
「過呼吸の発作」
「過呼吸? 何だそれ」
「呼吸が早くなるの。過換気ともいうの」
正直、病気のことはよく分からない。「カコキュウ」という言葉も初めて聞いた。
「あんたには無縁の世界だろうね」
「悪いな、分かってやれなくて」
アキは黙っていた。
「別にいいよ」
俺とアキとの間に溝ができてしまったような気がする。何だか気まずい。生きている世界観が違う気がする。どちらが悪いとかじゃなくて。少なくとも、俺の友達に病気のあるやつはいない。だから、尚更未知の世界だ。
「病院には行ってるのか?」
「うん、行ってる。二週間に一回」
「何ていう病気だ?」
「簡単に言うと、心の病よ。専門用語言っても分からないでしょ?」
「まあ、そうだな。よく分かってるじゃないか」
「話の流れで分かるわよ。馬鹿にしないで」
アキはもしかしたらプライドが高いのか?
「別に馬鹿になんかしてないぞ。勘違いするな」
「そう? なら、いいけど」
俺はアキに近づき、
「抱かせろ」
と、耳元で囁いだ。
「くすぐったい!」
俺は、
「ガハハッ!」
と笑った。
「なあ、いいだろ?」
「裕二は相当な好きものね!」
「まあな」
と、言った。俺とアキはベッドに行き、抱き合った。愛し合ってはいない。俺達の間に愛はない。あるのは欲情のみ。それでもいいと思っている。少なくとも俺は。俺も人のことは言えないが、アキもろくでもない人間だと思う。出逢ったばかりの男と性欲に任せてやるのだから大したもんだ。俺はそんなようなことを思っていると、つい、笑ってしまった。
「何、笑ってるの?」
アキは訊いてきた。
「別に、何でもないよ」
「また、エッチなこと考えているんでしょ!」
「そんなことないぞ。俺だってそれ以外のことを考えることだってあるんだ」
「じゃあ、何考えていたのよ」
「金のことだ」
俺は嘘をついた。アキは呆れた顔をした。
「裕二は、女かお金のことしか考えてないのね」
「当たり前だ。他に何を考えろというんだ」
アキは何も言わない。コイツは何を考えているか分からない時が多々ある。これから先、俺達はどうなるのだろう。いずれ、付き合うことになるのか。それとも、セックスフレンドのままか。俺は付き合うとなるといろいろ面倒だから、付き合いたいとは思わない。セックスフレンドでいいだろう。そう思っている。先のことはどうなるか分からないが。
抱擁 遠藤良二 @endoryoji
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