昔話
「そうして、二人はいつまでも幸せに暮らし続け、魔女はその幸せを願い続けましたとさ。めでたしめでたし」
おおー、お兄ちゃんと二人で拍手をする。長い長い、昔話を聞いていたのだ。話してくれたのは、近所に住むお姉さん。……そう、お姉さん。お兄ちゃんが「おばさん」なんて言ったらニッコリと笑って、「なんて言ったのかしら?」と聞き返していた。絶対に聞こえていたとわたしは確信しているし、お父さんやお母さん、おじいちゃんおばあちゃん、学校の先生まで振り回すお兄ちゃんに一発で言うことを聞かせるこの「お姉さん」はタダモノじゃないと思う。
「ねえ、お話に出てくる“森”ってここのこと?」
わたしはずっと気になっていたことを聞いた。たしか、この森にはずうっと昔は入れなくて、その決まりを変えたのがおじいちゃん……じゃなくて、ひいおじいちゃんのお父さんのお父さんの……とにかく、わたしやお兄ちゃんのご先祖さまだった。とお母さんが言っていたから、違うのかもしれないけれど。
「そうねえ……、私もどこのお話かまでは知らないから、わからない、としか言えないわ」
「そっかあ……」
「なんだあ、つまんないの」
「……うふふ、元気なお口だこと。少しお休みが必要じゃないかしら? ねえ?」
「うわーっ、待って待って! 今のナシ! ナシ!!」
やっぱりお姉さんはすごい人だ。お母さんと同じくらいの歳(だとお姉さんが言っていた)とは思えない感じがする。
実は、もっとずっと歳上だったりするのかもしれない。
「こおら、あなたまで変なこと考えているでしょう」
「えっ、違う、違うわ。ただ、その、お話の中に出てきた男の子がお兄ちゃんにそっくりだなーって……」
誤魔化すためにとっさに口から出た言葉だったけれど、思ったよりも納得してしまう。お母さんの言いつけを破っちゃったり、お店の手伝いをしていたり、とか。あと、お兄ちゃんも人の顔を覚えるのは大得意だ。
「……そうねえ、たしかに。この男の子はあなたによく似ているかもしれないわ」
そう言って、お姉さんは下を向いた。まるで、ここではないどこかを見ているかのような。そんな気がした。
けれどそれも一瞬で、すぐにお姉さんはわたしたちに向き直った。
「ううーん、そうね。私から一つ言えるとすれば、魔女のかけた“おまじない”は本物だった、ってことかしら」
そう言うお姉さんはいつものお姉さんで、なんだかとっても楽しそうだ。
「……さて、そろそろ日が暮れるわね。暗くなると危ないから、今日はもう帰りなさい」
「はーい」
素直に言うことを聞くお兄ちゃんと一緒に、わたしも立ち上がる。……けれど、どうしても聞きたいことがあったのだ。だけど、上手く言葉にできない。
「……お姉さん」
「ん? どうしたの?」
「その、魔女の女の子は……、幸せ、だったのかな」
ゆらり、お姉さんの目が揺れる。そうして、お姉さんは「わからないわ」とだけ言った。
「何せずうっと昔のお話だからねえ」
わからない。たしかにそうだ。お姉さんはその女の子じゃないし、その女の子は本当にいた人なのかもわからない。この森が、お話の中の森と同じなのかわからないように。
「じゃあ、お姉さん。お姉さんはいま幸せ?」
今度こそお姉さんはびっくりしたような顔をした。まん丸になって、宝石みたいな青い目がよく見える。
「私? 私はね……」
お姉さんは今までで一番優しく笑って言った。
「……うん、そうね。とっても幸せよ」
その言葉を聞いて、どうしてかはわからないけれど、わたしはとっても満足したのだった。
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