とある魔女のおまじない

雪見そら

森の塔

 その昔、とある国に人の寄り付かない小さな森があった。子どもは大人たちから「あの森には子どもだけで入らないように」「用事がない時は入ってはいけません」ときつく言い聞かされており、森の中でも東にある古びた塔に至っては「魔物が棲みついている」「絶対に近付いてはならない」として大人すらも近寄らないほどに厭われていた。


「いい? いつも言っているけれど、留守番をする時は家で大人しく待っていること。困ったことがあったらお隣のアンネさんに頼りなさい。良いわね? それから…」

「わかってるよ、母さん。“森に入っちゃいけない”だろ? でもさ、大人は森に入れるのに、なんで僕らは入っちゃいけないのさ」


 そして、通りにある食材屋の前。店主夫妻とその一人息子の少年が問答をしていた。接客業なだけあり、その声が人のまばらな辺りによく通る。この夫妻も森や塔に関する言い伝えを子どもに言い聞かせていたが、禁止されるほど興味が湧くのが人の性。少年も例外ではなかった。


「一回くらいいいじゃん。あの塔、東塔には近づかないから!」


 その後もしばらくやり取りをしていたが、結局少年は渋々頷き、夫妻は出かけて行った。

 そして、その場を見ていた少女が一人。


 「まったく、失礼しちゃうわ」


 これだから“外”の人間は。と少女がぼやく。黒髪を一本の三つ編みにしてフードの中にすっぽり隠した彼女は、買い物はまた後日にした方が良さそうだ、と踵を返した。

 夫妻も、少年も、その他の町の人間も、誰もが知らなかった。旅人に紛れて時折町の店を訪れる少女の一人が、森の塔——東塔に住む魔女だということを。

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