第37話 麻沙美先輩のお家で①
「さあ二人とも、上がってくれ」
何故恐る恐るなのかというと、麻沙美先輩のお家がどう見ても高級住宅にしか見えなかったからだ。
「ま、麻沙美先輩のお家って、もしかしなくてもお金持ちなんですか……?」
「まあ、それなりにね」
麻沙美先輩は手際よく僕達用のスリッパを出し、奥へと行ってしまう。
「……僕、人の家でスリッパ出されたのって初めてです」
「私も、そんなには経験ないですね……」
友達の少ない僕でも、過去には何度か人の家にお邪魔することはあったが、スリッパを出された経験はなかった。
ふわふわのスリッパの感触が、妙な違和感を醸し出している。
「お、お邪魔しまーす……」
入ってきたときと同様に恐る恐る部屋を覗き込むと、いきなり大きな影が僕に襲い掛かってくる。
「なっ!?」
強烈な重量感に耐えきれず、僕はそのまま押し倒されてしまった。
「コラ! ジョネス! やめなさい!」
ジョネスと呼ばれた大きな犬は、麻沙美先輩の制止も聞かずに僕の顔を舐めまわす。
臭いはあまり気にならなかったが、これだけ舐められると流石にベタベタであった。
「ほーら、離れなさい!」
麻沙美先輩が後ろから抱きかかえるように引っ張ると、なんとかジョネスは離れてくれた。
「藤馬君、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です」
ベタベタなので顔は洗いたかったが、とりあえず怪我などはしていなかった。
「いやいや、済まないね。まさか、いきなりお客さんに飛び掛かるとは思わなかったよ。普段は大人しいんだけど、どうしたのやら……」
ようやく落ち着いたのか、ジョネスは大人しくお座りをして前足をひょこひょこ上げている。
ごめんなさいの意思表示なのだろうけど、大きな犬がやると中々に迫力があった。
「あ、ちなみにバター犬ではないから安心して欲しい」
「そんな心配していませんよ!」
本当、何を言い出すんだろうこの人は……
僕が本当にそんな心配をしているとでも思ったのか……?
「バター犬って、なんですか?」
「ああ、伊万里は知らなかったか。バター犬というのはだね――」
「そんなのの説明はいりませんから! 伊万里先輩も、余計な知識は吸収しないでいいですからね!」
頼むから、これ以上伊万里先輩に変な知識を与えないで欲しい。
万が一にでも興味を持たれて、実行なんてしてしまえば大変なことになる。
アレは確か、雑菌などで結構危険な行為だって聞いているし……。永田情報だけど。
「……あれ、そういえば、他のご家族の方は?」
「ん? いないけど?」
「……家族もいるって話は?」
「ジョネスがいるじゃないか」
「…………」
僕は額に指を当てて目をつぶる。
つまりこれはアレだ。謀られたということだろう。
「騙しましたね」
「騙してなんかいないだろう? ジョネスは立派な家族だし」
そう言いながらも、麻沙美先輩はワザとらしくそっぽを向いて口笛を吹く。
完全に確信犯であった。
「さて、私は着替えてくるとするよ。藤馬君は気持ち悪いだろうし顔を洗ってくるといい。洗面所はここを出て右手に行けばわかると思うよ」
「そうさせて頂きます」
…………………………
…………………
…………
洗面所で顔を洗ってから部屋に戻ると、伊万里先輩がそわそわした様子でジョネスのことを見ていた。
「伊万里先輩……?」
「あ、藤馬君」
伊万里先輩が戻ってきた僕に気づき、チョコチョコと近づいてくる。
「どうしたんですか?」
「いえ、ジョネスちゃんを触ろうとしたんですけど、何故か触らせてくれなくて……」
「え? そんなハズはないんじゃ……」
さっきアレだけじゃれついて来たジョネスが、そんな人見知りみたいなことするなんて到底思えない。
「ちょっと見ててくださいね」
そう言って伊万里先輩がジョネスに近付くと、一定の距離まで寄られた時点で、ジョネスはスタスタと遠くへ行ってしまった。
「ほら……」
「本当だ……」
どうしたんだろう?
ひょっとして、さっき僕が何かしてしまったのだろうか……
「ジョネスは人見知りなんだよ」
ジョネスの行動に疑問を抱いていると、後ろから麻沙美先輩の声がかかる。
着替えを終えて降りてきたようだ。
「人見知りって、どういう……っ!?」
振り向いた僕は、あまりにも衝撃的なモノを見て言葉を失ってしまう。
――麻沙美先輩は、全裸だったのだ。
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