第4話 母娘で耳そうじ(前)



 現在、初瀬家のリビングには非常に気まずい空気が流れている。

 成程、これが修羅場というヤツか、などと他人事のような感想が浮かんでくるが、残念ながら僕は今その渦中にいるのであった。



「と、藤馬君、これは一体どういうことでしょうか?」



 それはむしろ、僕の方が聞きたいくらいである。

 どうして僕は、小鞠こまりさんの膝の上に頭を乗せているのだろうか……



「それは、伊万里いまりが追いかけてくるのが遅いからじゃない」



「な、なんで私が追いかけるのが遅くて、藤馬君がお母さんに膝枕されるような状況になるのですか!?」



 僕もそれを聞きたい。

 一体、何がどうなってこんな状況になっているのか、僕にはさっぱりわからないのだ。



「えーっと、順を追って説明すると、まず藤馬君が階段から落ちてきてね?」



「「階段から落ちてきた!?」」



 先輩の声と僕の声が重なり、またしてもハモったような感じになってしまった。

 どうやら先輩も、現在の状況については僕と同じような認識レベルであるらしい。



ナニ・・があったか知らないけど、藤馬君、凄く慌ててたみたいで、階段から足を踏み外しちゃったのよ」



「うぐっ……」



 小鞠さんの言葉に、先輩は自責の念からか呻き声を漏らす。



「なんとか受け止めたんだけど、藤馬君たらそのまま気絶しちゃって……。だからこうして介抱していたのよ」



 そうだったのか……

 先輩の部屋を出てからの記憶が曖昧な理由は、階段から落ちたことのショックが原因だったようだ。

 よく、交通事故に遭うと前後の記憶が飛ぶと聞くが、それに近い状態だったのだろう。



「で、でも、何も膝枕しなくたって……」



「それは、頭打ったりしてないか確認してたからよ?」



 ……いや、それは理由にならないんじゃないかな?



「それで、伊万里はなんですぐに追いかけて来なかったのかしら?」



 先輩が反論する前に、今度は小鞠さんの方から質問を投げかける。

 その質問が中々にクリティカルだったのか、先輩は明らかに焦りを見せ始めた。



「そ、それは、その……」



「大事な彼氏が危ない状況だったというのに、貴方は一体ナニをしていたの?」



 小鞠さんが小悪魔のような笑みを浮かべて畳みかける。

 それを見て僕は、ああ、やっぱり親娘なんだなぁと思った。



「そういえば、さっきまではショートパンツだったのに、なんで今はスカートなのかしら?」



 先輩の顔が見る見るうちに赤く染まっていく。

 彼女が何故そんな反応をするのか僕にはわからなかったが、確かに先輩の服装は先程までのものとは違っている。

 先程までの彼女は、薄めのシャツにショートパンツという、明らかに過激なファッションだった。



(……今思えば、あんなエロい服装で抱きしめられたら、理性が保てるワケないよね)



 薄い布地はダイレクトに先輩の柔らかさを伝えてくるし、下半身に至っては生足を直接押し当てられているワケで、その感触を意識せざるを得なかった。

 僕は綿パンを穿いていたので、肌と肌が直接触れ合うようなことはなかったのだが、それでも絡められた生足からは、湿気を帯びた熱を感じ……



「っ!?」



 なんとなく察してしまった。

 彼女が何故、下だけ着替えているのか。

 それはつまり……



「っ!? お母さん! わかった! 私の負けでいいから! これ以上この話はなしで!!!」



 負けず嫌いの先輩が、あっさりと負けを認める。

 こ、これが、母は強しというヤツなのだろうか……



「何が負けかわからないけど、そういうことなら暫く藤馬君は借りてても良いわよね?」



「っぐ……、わかりました」



「えっ!?」



 どうしてそんな流れになるのか、僕にはまるで理解できなかった。

 というか、僕への意思確認は全くなしにこの流れって、おかしくない?



「それでは藤馬君、耳掃除をしましょう♪」



 あ、駄目だ。

 これはいつもと同じ流れのヤツだ。



「……お母さん、片方の耳は残しておいてください。そちらは私が頂きます」



「いいでしょう。では、どちらが藤馬君を気持ちよくさせられるか、勝負ですね」



 いやいやいやいや! なんでそこで勝負になるんですか!?

 しかも気持ちよくさせるって、どうしてそんな判定基準なの!?



(これは、不味い! ただちにこの場から逃げなくては!!!)



 僕は素早く身を起こそうとする。

 しかし、寸前で小鞠さんの手に押さえつけられてしまい、離脱は失敗に終わった。



「駄目ですよ藤馬君。耳掃除の途中で動いたりしたら、とっても危険なんですからね?」



「は、はひ……」



 柔らかく耳を撫でられた瞬間、ゾワゾワとした快感が走り、力が抜けてしまう。

 耳の穴付近の出っ張りを指先でクリクリと触られ、最早逃げる気力さえ湧いてこない。



「ふふ……♪ じゃあ、始めますね?」



 ――ああ……、僕はこの後、一体どうなってしまうのだろう……



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