第2話 図書室でおべんきょう



 今日は初瀬先輩と図書室に来ている。

 中間試験が近いため、先輩に勉強を見てもらうことになったのだ。



「では、よろしくお願いします」



「ええ。それじゃあ、まずは保健体育から始めましょうか♪」



「始めませんよ!? というか、中間試験に保健体育はありませんからね!?」



「あら藤馬君。図書室でそんな大きな声を出しては駄目ですよ?」



「う……、すいません……」



 先輩のいきなりの発言に、僕は思わず声を張り上げてしまった。

 今日は場所が場所なので攻めてこないと思っていたが、そもそも先輩が場所など気にする筈ないということを失念していた……

 気を引き締めておかないと、またいつものようなことになってしまいそうだ。



「……初瀬先輩、提案があります」



「何かしら?」



「今日はその……、こういうの、ナシにしませんか?」



「こういうのとは?」



 わかってるくせに! と大きな声で言い返しそうになったが、それでは先程の二の舞になってしまう。

 僕は深呼吸をして一拍おき、顔を先輩の耳元に近付ける。



「いつもみたいな、その……、エッチなことをです」



「あん……」



「っ!?」



 僕が耳元で呟くと、先輩が悩まし気な声を出したので慌てて飛び退く。

 またも周囲の視線を集めることになったが、動揺していてそれどころではなかった。



「な、な、な、なんで……」



「あ、ごめんなさい。藤馬君が急に耳元でささやくものだから、つい声が出てしまって……」



 どうやら先輩は、本当にからかっているのではなく、無意識の反応でさっきの声が出てしまったらしい。

 その証拠に、先輩にしては珍しく頬を赤らめている。



「す、すいません。配慮が足りませんでした……」



 耳元でのささやきの破壊力は、いつもやられている僕が一番理解している。

 あれは本当に凄まじい威力で、下手に触れられるよりもダイレクトに脳に刺激がいくのだ。

 そんなハズはないと思う人もいるかもしれないが、最近はバイノーラル録音なども普及しているので動画などで体験できると思う。男だろうと女だろうと、まずはヘッドホンやイヤホンでそれを聞いてみてから反論して欲しい。



「ううん。からかった私が悪かったんだから、いいんです。それより、勉強を始めましょうか」



 やっぱりからかっていたんじゃないか、と思ったが、一々ツッコむのは野暮だろう。

 僕は大人しく席に座り、鞄から教材を取り出し始める。



「それで、教科についてなんですけど、今日は数学を教えてもらいたくて……」



 高校に入り、一段と難しくなったと感じたのは数学だ。

 前々から苦手意識はあったが、今となってはダントツで一番の苦手科目である。



「数学ですね。じゃあ、まずはわからない所から確認していきましょうか」



「お願いします」





 …………………………



 ………………



 …………





「それじゃあ、この練習問題を解いていきましょうか。答え合わせは後でするから、まずは自力でやってみてくださいね」



「わかりました」



 一通りの苦手な箇所を潰してから、次は実践ということで練習問題にとりかかった。

 僕が解いている間、先輩は笑顔でこちらの様子を伺っている。



「……あの、そんな風に見られていると、非常にやりにくいのですが」



「ふふ……、ごめんなさい。でも、こんなことで集中を乱すようじゃ、試験でも良い点数なんて取れないんじゃありませんか?」



 そうなのだろうか……?

 いや、そんなことはないと思うのだが、先輩の言うことにも一理はある気がする。

 確かに僕は、試験中に集中力を切らして別のことを考えてしまう時がよくあるのだ。



「……わかりました。このまま頑張ってみます」



 これが集中力を切らさないトレーニングになるのであれば、やってみせようじゃないか。

 もしかしたら、先輩の攻めに耐える練習にもなるかもしれないし……



 そうして、10分程時間をかけて問題を解き進める。

 意識をすることで、自分でもびっくりするくらい集中できていた気がした。

 途中からは先輩の視線も全く気にならなくなり、まるでそこからいなくなったような……



(って、本当にいない……?)



 先程まで隣にいた筈の先輩が、いつの間にか居なくなっていた。

 一体どこに、と首を動かそうとした瞬間、柔らかな感触が後頭部に当たる。



「せっかく集中していたんだから、最後まで切らさないよう頑張りましょう?」



 声の主は、もちろん先輩である。

 彼女はいつの間にか、僕の席の後ろに立っていた。

 そして、彼女の手が優しく僕の肩に触れる。



「結構、こってますね。マッサージ……、してあげます」



「っ!? いらな……っ!?」



 いらないと言おうとして、その言葉が途中で切れる。

 押し付けられる柔らかな感触と、首筋に触れる艶めかしい手つきに、体がビクリと反応してしまったからだ。



「私はこうしてマッサージしているだけだから、藤馬君は問題の方に集中してくださいね。あとたったの5問なのだから、集中さえできればあっという間に終わるハズです」



 そう言いながら、先輩の指は耳の裏側、首筋、肩甲骨の辺りを優しく刺激し始める。

 先輩が言うようにこれは確かにマッサージなのだろう。

 しかし、しかしだ……



(やはり手つきがイヤらしい!!!!)



 押し当てられた指が、のの字を書くようにうごめき、僕の敏感な部分を攻めたてる。

 さらに、時折耳に触れる先輩のサラサラで長い髪の毛が、その刺激を倍増していくようであった。



「っ…! ぅぅ……!」



「ふふふ……、藤馬君たら、私の髪の毛がかかると、本当に女の子みたい……」



 確かに僕は童顔だし、先輩の長い髪が頭の上から垂らされれば女の子のように見えるのかもしれない。

 でも、だとしたら今の刺激に耐えている僕の表情は、先輩の目にどのように映っているのだろうか。



「はぁっ……、このまま、抱きしめてしまいたい……」



 先輩の豊かな双丘が、首を挟むようにして肩の上に乗せられる。

 同時に、暖かな吐息が後頭部にかかり、ぞわぞわとした快感が全身に駆け巡った。



(これは……! もう、無理!!!!!!)



 僕は椅子を引くのではなく、机を押すことで先輩の束縛から逃れる。

 そしてそのまま、図書室の外へと逃げ出した。



 ――ああ……、やはり今日も僕は、先輩の攻めに耐えられなかった……

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