99話 バーにて

 線路下の飲み屋街の一角にそのバーはあった。


 外観は扉と掠れて読めない看板があるだけ。

 知らない人にはその先がバーとはわからない。

 しかし、そこで振る舞われるカクテルは一級品で一度行ったら必ずまた飲みたくなると言われている。


 知る人ぞ知る名店。

 

 そんな隠れた名店をなんと20代後半から30代前半くらいの女性が一人で営んでいる。

 そのマスターも謎多き人で、年齢も素性も誰もわかっていない。


 ただわかっているのは"スティーシー"という名前だけ……。


 ただ我々は彼女のことはわからないが、彼女は我々の全てを知っている。

 このバーは政界や芸能関係者も多く利用していることから、勝手に彼女の耳に社会の裏事情が届いてしまうのだ。


 その情報を武器にバーで彼女はさらに情報を仕入れていつしか、この町の影の支配者となった。


 そうスティーシーはマスターでもあり、そして名だたる情報屋でもあった。


「そんな彼女なら星川の居場所も知っているでしょう」


「え?」


 仕事終わり。

 俺は朱音先輩とスティーシーのバーの前まで訪れていた。


「ゆーくん、いつもボケる私が言うのもあれだけど、ここの人に聞いても湊ちゃんのことは知らないと思うよ」


「いや、スティーシーは全てを知る女です。きっと星川のことも知っているはずです」


「その全てって多分もっとディープなことで、こんなローカルな情報は仕入れてないと思うのだけど……」


 朱音先輩の心配を横目に俺は扉を開いた。


 バーの中はカウンター席とテーブル席が二つあるのだが、入った直後、テーブル席に座るガラの悪いごろつきが一斉にこちらを見た。


「どこのもんだお前……」


「デートスポットじゃねぇーぞ」


 そう言うごろつきを無視して俺はカウンターにいる高身長で長い髪を後ろで留めている女性を見つめた。

 すると。


「黙りな。こいつは立派な常連さ」


 この女性の一言でごろつきは口を閉じた。


「きたのか、神原」


 俺の顔を見て、女性が言う。


「スティーシー、聞きたいことがあってきた」


「え、もしかしてゆーくん知り合いなの?」


 俺とスティーシーが顔見知りで驚く朱音先輩。


「まあ、ちょっとした腐れ縁ってやつです」


「へ、へー……なんかすごいね!」


 朱音先輩が目を光らせながら俺を見ている。

 少し鼻の下が伸びた。

 よし、このままハードボイルド路線で話を進めよう。


「ひとまず注文してくれ。話はそれからだ」


 低く男のような口調で言うスティーシー。

 彼女の言うことに従い俺達はカウンター席についた。


「えーと、何にしようかな……」


 朱音先輩はメニュー表を取って決めようとしたが。


「ゆーくん、何飲むの?」


「俺の注文は既に決まっています」


「え、なんかオススメあるの? それなら私も同じのにしようかな〜〜」


 そう少しはしゃいでいる朱音先輩の横で俺は両肘を机の上に立て、両手を口元で組み、カッコつけた。


「それで、注文は?」


 カクテルを作ろうと準備しているスティーシーに俺は言った。


「ミルクでももらおうか!」

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