70話 夜の海では魔物が潜んでいる


「あ、そろそろ! 俺の好きなVチューバーの配信が始まる時間だ!! 先に部屋に戻るわーー!」


 そう言って勢いよくあの場を飛び出してはきたが……部屋のキー持っているのは朱音先輩だった……だから部屋には入れなかった。


 取りに帰るのもなんか気まずいしな……。

 仕方ないな。


「…………」


 ということで、俺は夜の海に来ていた。

 なぜ夜に海に来たかってていうと、一度こうして一人で夜の海に黄昏たかったからだ。

 ほら、よく青春漫画とかであるじゃん。

 嫌なことがあった後、海に行くシーン。その感覚を味わいたかった。


 しかし、実際こうして、夜の砂浜に座り海を眺めると言うのは…………。


 ものすごく怖ぇ。


 あれ? 夜の海ってこんなに怖かったっけ? もっと神秘的なもんだと思った。月の光が反射して輝いているものかと。

 "ラブ○イブサン○ャイン"で見た景色と全然違う。

 実際は光どころか闇しかない。真っ暗闇の中波の音だけが聞こえる。

 怖ぇ……海の中から何が出そうだ。

 

 今のも急に女性の幽霊スタンドが出そう——。


「ゆーくん」


 そう思っていると突然、俺の目の前に白いワンピースを着た女性が現れた。


「うげぇぇぇぇーーー!」


 あまりにも想像していた幽霊スタンドに似てたため俺は大きな悲鳴をあげてしまった。


「で、でやがった! くそ! あれ、待てよ幽霊スタンドが見えると言うことは俺もスタンド使いということか……よ、よし! こい! スター○ラチナ!!」


「ど、どうしたの?」


「へ?」


 よく見ると朱音先輩だった。

 恥ずかしさのあまり、俺はその場で顔を伏せた。


「スタンドって何?」


「聞かなかったことにしてください」


「スタンド使いって?」


「忘れてください」


「スター○ラチナって?」


「うわわわーー!」


 ニコニコしながら俺をいじめる朱音先輩。

 スタンドよりタチが悪い。


「くっ、そもそもどうして先輩がここにいるんですか?」


「いや、そういえばゆーくん、ルームキー私に預けていたなーって思い出して探してたの。ホテルの従業員さんに聞いたら外出たって聞いたらもしかして思ってここに来たってわけ」


「それで浜辺まで来ますかね」


「ゆーくんの考えていることならなんとなくわかるよ」


 なんとなくわかるか……。

 

「聞きたかったですけど、どうしてさっきの星川の問いを俺にふったんですか? 自分で答えてもよかったでしょ」


「うーん、それはね〜〜」


 朱音先輩は波打ち際まで近づく。

 俺も立ち上がり朱音先輩の方へと歩み寄る。


「ゆーくんの口から聞きたかったからかな」


「え?」


「ふふ」


 暗くてよくは見えないけど、いつものように朱音先輩は笑っていた。

 朱音先輩は俺の考えていることがわかるとは言うが俺は逆。

 朱音先輩の考えていることはいつもよくわからなかった。

 今回、なぜまた俺の前に現れたのだって……。


「ゆーくん、今日は楽しかったねーー!」


「え、あ、はい」


 急に話題が切り替わった。


「今日一日見ててわかったよ。やっぱりゆーくんは大学の頃から変わってない」


「それは朱音先輩もですよ」


「そうかな?」


 朱音先輩は裸足になって波打ち際で静かな波と共に戯れる。 

 その姿を俺はぼーと眺めていた。


「でも、ゆーくんよかったね」


「何がですか?」


「ゆーくんの良い所を知ってくれた人に沢山出会えたみたいで」


「え?」


「エレナちゃんに香乃ちゃん、湊ちゃんに那奈さん。みんなゆーくんの真っ直ぐな所に惹かれたから好きになったんだと思うよ」


 真っ直ぐって……俺はそんなかっこいい信念とかないんだと思うが……。あるとすれば推しを好きな気持ちぐらいだ。


「みんな買い被っているだけですよ。俺なんてただの根暗なオタクですからね」


「ふふ。でもただの根暗なオタクだけだったらみんなこうして一緒にいてくれないと思うよ」


「というと?」


 聞き返すと朱音先輩は俺の方へと振り返る。


「人の本当の好意が生まれるのって、肩書きや容姿からじゃなくもっとその人の本質的なものからだと思うんだよね」


「どういうことだってばよ……」


「つまり——」


 朱音先輩はさらに俺に近寄った。

 その瞬間、静かだった波が急に大きくなった。


「きゃっ……!」


 波に足をすくわれて、体勢を崩す朱音先輩。


「危ない!」


 間一髪で朱音先輩を支えることができた。


「大丈夫ですか?」


「う、うん」


 体を支えながら目と目が遭う……あれ、なんか変な気分だぞ。

 沈黙が数秒続いた。

 妙に朱音先輩の顔も赤くなっていく。


「あ、朱音先輩……」


「ゆーくん……」


 早く離れないとと思った矢先。


「あ、ゆうちゃんいたよ!!」


 香乃の声が聞こえて、俺は勢いよく朱音先輩と距離をとった。


 さっきの感じなんだったろう……。

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