17話 人は時々ド畜生になる


 香乃に押し倒されてしまった。


 何なんだよ……どうして昨日からトラブルダークネスが続いているんだよ。

 引き剥がそうとしたが意外に力が強く、香乃を動かすことができなかった。


「ねぇ……ゆうちゃん……」


 香乃の吐息が俺の肌を伝わる。

 

「何でしょう……?」


「"あの時"どうして何も言わず……一人で帰るようになったの?」


「え?」


 予想していなかった質問に思わず耳を疑った。


「"あの時"?」


「高校1年の時だよ。それまで保育園からずっと、一緒に帰っていたのにどうして急に私に何も言わず先に帰るようになったの?」


「あーー」


「あれから、ゆうちゃん……私と距離を置くようになった……私、何か悪いことした?」


「いや……お前は何も———」


「だったら……教えてよ」


 俺の胸に顔を埋める。


 こいつ、そんなことを聞くためにわざわざここまできたのか……塀を上り、換気扇を踏み台にして不法侵入してきたのか……。

 そこまでして聞く価値はないと思うが、まあいいか。


「そうだな……」


…………………………


 高校を入ってすぐのこと。学校で香乃が話題になった。

 香乃は性格は"アレ"だが、ルックスに関しては周りからも密かに人気を集めていた。

 それが高校に上がってからは急にモテ始め、香乃と同じクラスの男子に限らず、他のクラスや先輩からも一目置かれるようになる。

 そうなっていくと真っ先に彼らの目に行くのはクラスは違うがいつも一緒に帰っている俺だった……。

 

「なあ神原、お前ってぶっちゃけ春野と付き合ってるの?」


 ある日、少ししか話したことのない男子グループ(陽キャ)に囲まれて聞かれる。


「いや、別に付き合ってないけど」


「じゃあ、何でいつも一緒に帰ってんの?」


「家が隣だからかな」


「幼馴染みってやつ? まあ何でもいいわ」


 陽キャのリーダー格的な奴が俺の顔を近づけてこう言った。


「これから春野に告るから、お前もう一緒に帰るのやめろ」


 その脅し文句を直接言われて俺は思った。


 イキってるな……と。


 しかし、平穏な高校生活を送りたかった俺はこの陽キャ達の言う通りにしようと思った。

 というのも、万が一、香乃がこの陽キャと付き合ったら確かに俺の存在は彼にとって邪魔でしかない。そんな人の恋路を邪魔する無粋な奴になりたくはなかった。それにこれ以上、こいつらに絡まれるのも嫌だった。

 だからこの言葉を受けた日は香乃を置いて、俺は一人で帰った。


 翌日。


「ちょっと、昨日勝手に帰ったでしょ」


 登校中に香乃に話しかける。


「私、一人で悲しく帰ったんだからね」


 いつもと同じ香乃。 

 俺も何か話そうと思って会話を探して、それで真っ先に出たのが。


「昨日、クラスの陽キャに告白されたのか?」


 自分にとっては割とどうでもいい問いだった。


「う、うん……どうしてゆうちゃんが知ってるの?」


「いや、なんかそいつが俺にわざわざ言ってきたからさ」


「そっか……」


 その後、少し黙り込む。

 まるで何かを待っているようだった。しかし、それから50メートル歩いたタイミングで香乃が、


「断ったよ」


 と一言だけ告げる。


 それに対し俺は………。


「そっか」


 同じく一言で返した。

 

 それ以降、お互い昨日見たテレビの話やくだらない話題で会話を弾ませた。

 そして、変に絡まれていた陽キャ達からも、何も言われないようになっていた。

 香乃が振ったことでまたいつもの日常が戻ってきたのだ……。


「じゃあ、また校門で待ってるね」


「ああ」


 別々のクラスに行く。


 そう。この時はこいつとの何気ない時間はこれからもずっと続くもんだと思っていた……。


 "あの出来事"が起きるまでは……!!!


「神原氏、ビッグニュース、ビッグニュース!」


 ある時、オタク友達の坂本氏がテンション上げ上げで俺に話しかける。


「なんだよ、坂本氏。またお前の好きなラノベがアニメ化でもしたのか?」


「そう、"兄妹で転生したら、俺が勇者で妹が魔王!? でも俺シスコンで妹はブラコンだからお互い殺せませーん!"がとうとうアニメ化したんだよ。いやー原作7巻まできてとうとうここまでこぎつけたって感じだね。投稿サイトの頃から追っていた自分としてはまるで我が子の晴れ舞台のようだよ」


 長々と坂本氏の話が始まる。俺はスマホゲームを片手に聞いていた。


「ってそんなことじゃーない! これ見てよ!」


 坂本氏が一枚のチラシを俺の机に出す。

 それを見て俺はスマホゲームの手を止める。


「こ、これは!!!」


「ね? ビッグニュースじゃない?」


「ああ、やべぇーー!! ついについに……」


 溜めて、溜めて、俺は思いっきり口に出した。


「この田舎にカードショップがキターーーーー!!!!」


「もう"密林"や"メロカリ"で買わずに済むんだね」


「そうだな、坂本氏! それにここ"デュエルスペース"もあるみたいだぜ! これでもう家族に見ながらやる気まずい"デュエル"はしなくて済む」


「もう、これ放課後は寄ってデュエル三昧だね! 神原氏!」


「ああ、下田氏やゴンザレスも誘ってやろうぜ! 俺達は今日から"オタク部"だ!」


「キタコレ!」


 それからいつも放課後、俺は坂本氏、下田氏、ゴンザレスと共に新しくできたカードショップでデュエルに明け暮れていた。


 香乃のことは忘れて………。


 …………………………

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る