オタクに恋は無理らしい
ななし
合コンで美人にお持ち帰りされた件について
1話 カレーにルーが見えなくなるくらい福神漬けのせる奴にロクな奴はいない
「
昼下がりの本屋。目の前で友人に懇願される。
しかし俺は……。
「断る」
無慈悲に首を振った。
要件を聞かずに断ったのには三つの理由がある。
まず一つ。
今が仕事中だから。
客も少ないので俺は本の整理をしていた。
本の整理は書店員にとって楽しみのある仕事の一つと言えるだろう。
なぜなら自分の好きな本と一番触れ合える作業だからだ。
そんな至福の時間を邪魔されたら誰だって不機嫌になる。
二つ目、胡散臭いから。
この頼みを聞いてほしいと言う男……斎藤 京也とかいう陽キャなんだが、こいつの頼み事はいつも面倒くさいものが多い。というかこいつ自体が面倒くさい。
25にもなって金髪で耳に沢山穴が空いていて、アクセサリーを至る所につけて、チャラついた格好をしている。
最近もなんだっけ? クロノトリガーみたいな名前の高いブランドのネックレスを買って自慢された。
そんな奴の頼みは絶対ロクなもんではない。
三つ目、三つ目は……まあ気分。
これが大半を占める理由だろう。
「由、話ぐらい聞いてくれよ」
「仕事中だ。帰った帰った」
手で追い払うが京也はその場を動かずジッと俺を見ていた。
「仕事中と言いながら、お前ずっとアニメ雑誌見てんじゃん! 何が仕事中だよ!」
「わかってないな。来期から始まるアニメの調査、これは立派な書店員の仕事だ。アニメが始まったらその原作本は必ずと言っていいほど売れる。だからその原作本を今のうちに取り寄せる為にもどれが覇権になるか予測しなければならない」
「とか言って自分が読みたいだけだろ」
「断じて違う! これは時給1000円以上の価値がある立派な——」
「店長ーー」
京也がカウンターの裏手にいる店長を呼ぼうとする。
この光景を店長に見られたらまずい。
「わかった、話を聞こう」
「よしきた」
京也め……分数の計算できないくせに人の弱いところをついてきやがる……分数の計算できないくせに!!
「んで、頼みってなんだよ」
雑誌を置き、京也の話を聞こうする。
京也はいつものひょうひょうとした雰囲気とは違い、真剣な眼差しで俺を見る。
これはもしかしたら深刻な問題なのか……。まさか闇金に手を出して金を貸してくれ的な! 保証人になってくれ的な!
絶対断ろう。
「由……俺と一緒に合コンに参加してくれ」
「合コン……」
違った。
友達が借金塗れのクズだと思ったがどうやら違ったようだ。
しかし。
「お前それ本気で言っているのか?」
「本気だ」
「俺が細胞レベルでオタクだと知った上で言っているのか?」
「知っている。家にアニメのポスターやタペストリー、それに抱き枕も持っている気合いが入ったオタクだと知った上で言っている」
「ならなぜ!?」
「お前がいれば!」
問い詰めると京也は俺の肩を掴み、真剣な眼差しで見つめて、そして……。
「お前みたいな冴えない奴が俺の隣にいれば、俺がかっこよく見える。言わばお前は福神漬けだ。カレーという俺を沸き立たせる為の存在。頼む由、俺の福神漬けになってくれ……」
ドブみてぇーな理由を俺に言った。
「え、普通に断る」
「頼むよ! 今回合コンは今までのものとは違う! ビッグなものなんだ! なんたってあのインスタで人気なモデル! エレナちゃんが参加するんだからな!」
「へぇーー。インスタやってねぇーからわかんねぇーや。てかインスタってなに? 陽キャ御用達の食べ物?」
ふざけた態度を取るが、それをスルーし京也は再び頭を下げて頼み込む。
「なあ、頼むよ由! 俺を助けると思ってさ」
「断る」
「お前もワンチャン彼女ができるかもしれないぞ。それだったら念願の童貞卒業だって夢じゃないぞ!」
「童貞卒業……?」
そのフレーズに耳が傾く。
「そうだぜ、合コンでワンナイトラブなんてザラだぜ、ザラ。大した出会いのないお前にとってはまたとないチャンスじゃないか? なあ由!」
確かに。
大した恋愛経験もなくここまできたが、この状態のまま三十路を超えてハゲちらかした中年を迎えるのはあまりにもバッドエンド過ぎる……。それだったら一度、奴の口車に乗って現実と向き合い、大人の階段を登っても……なんてな。
「だが断る!」
キッパリとキメ顔で言った。
「この神原 由。そんなワンナイトラブで捨てるような安い童貞は持ってない」
「安い童貞って……童貞に安いもクソもないだろ」
引きつった顔で言われる。
「悪いが他を当たってくれ。お前の福神漬けだろうが紅生姜だろうが、そんなものになるつもりはない」
そう言い、カウンターに戻ろうとした。
その時。
「これだけは奥の手として取っておきたかったがしゃーない……」
「奥の手?」
京也の呟きに反応し、振り向くと京也はポケットから一枚のカードを取り出す。
そのカードを見た途端俺は思わずその場に立ち尽くした。
「aTunes《エーチューンズ》ギフトカード10000円分! これでどうだ」
印籠のように俺に見せる京也。
それを見て俺は———。
「いつ出発する? 私も同行しよう」
快く承諾した。
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