詐欺神官は、救えない

@Bakuto_March

『詐欺神官は、救えない』

―神様なんて、いないんだよ。



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ここは辺境、王国の最北端。自然が豊かで、長閑で、そして残酷な土地だ。

近代の発展もない昔ながらの片田舎。その先の森の奥深くに建つ小さな教会で青年は溜息を一ついた。


彼の名はアルフォンス。この名もなき教会で、唯一の神官を名乗っている。


名乗っている、というのは実は神官とは名ばかりで、彼自身神の奇跡を授かっているわけではない。

神に仕えるために修行を積んだわけでもなく、教えを説かれたこともない。

ただ―


「アル!なに黄昏ているんだ、今日はルナベリーを摘みに行くんだろ!」


勢いよく開かれた扉。風が蝋燭を吹き消し、月明かりが飛び込んでくる。

咄嗟に戸口を振り返るとそこにはまだあどけなさの残る少女が朗らかに笑っていた


ああ、もうそんな時間なんだね。わかった、すぐに行こう


彼女に笑みを返しアルフォンスは立ち上がる。ルナベリーとはこの近隣で取れる数少ない甘味だ。月明かりを溜め込むとされており、満月の晩に摘み取ったルナベリーはとても瑞々しくて甘い。

子供たちに大人気なのは当然のこと、何かと気苦労が多い彼の楽しみの一つでもあった。


少女はアルフォンスの手を引いて駆ける。月光が先を照らし、遮るものはない。

彼女は楽しそうに笑い、やれ父親がぎっくり腰になっただの、飼ってる犬が虫歯になっただのと面白おかしく語り続けていた。

そんな彼女の他愛ない話に相槌を打ちながらアルフォンスは思いをはせる。


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アルフォンスは孤児であった。そして、それはこの土地では珍しいことではなかった。

毎年、冬になると誰かが亡くなる。凍えて息絶えるのはまだましで、何より辛いのは飢えだった。


冬を乗り切りその先を生きるために子供を殺すか。

僅かな希望を信じ、子供の未来のために親が飢えるか。


アルフォンスは後者であり、両親は彼に大きな愛と孤独を残して死んでいった。


春を一人迎えた彼は、芯まで冷え切った両親の屍に縋りつき、声が枯れるまで泣いた。

その時つぶれた喉は、未だに癒えていない。


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「アル!あれをみろ、ルナベリーだぞ!」


少女が嬉しそうに指をさす。その先にはまんまるに実ったルナベリーが輝いていた。


美味しそうだね。そのまま食べるのもいいが、煮詰めてジャムにするのも悪くない。

ルナベリーは甘いから、砂糖なんてなくても立派なものになるだろう。


アルフォンスがそういうと彼女は楽しみだと舌なめずりをした。相変わらず食い意地の張っている子だ。

苦笑しつつもそんな彼女の明るさが彼には心地よかった。


「パパに見つかると半分取られちゃうから今から隠し場所を考えないとな!」


一人で食べるつもりなのか。アルの脳裏に優し気な男性の顔が浮かび、可哀そうだなと苦く笑った。

彼女の父親も、彼女に似て大の甘党だから。


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彼は森の奥深くに捨てられた。村人たちが両親の家を取壊し、残った彼をここに連れてきたのだ。

それ自体は仕方のないことである。親のいない子供一人に生きる術はなく、誰もが育てる余裕はない。

そして誰だって子供を直接手にかけることはしたくないだろう。

アルフォンスの耳には村人たちの悲痛に満ちた謝罪が今も響いている。


ああ、戻れない。でも、死ぬわけにはいかない。

両親は自分を生かすために亡くなった。ならば最期まで足搔かねばならない。


幼いながらも彼はそう思った。そうしなければ、両親との繋がりが絶たれてしまうような気がした。

アルフォンスは森の奥へと歩み始める。

その先には村人が決して近寄らない、寂れた教会があった。


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天井から差し込む月の光の下で、彼らはルナベリーを煮込んでいた。

大収穫だったのか、大鍋で煮込んでもまだ実が籠に一杯残っている。まあ少女が忙しなく口へと運んでいるのでなくなるのは時間の問題ではあるが。


…さて、できた。いいかい?君には2つあげるから、これはちゃんとお父さんに渡すんだよ。


「やったー!帰ったらパンケーキを作ってもらおっと!」


目を瞬かせてる彼女にちゃんと父親に渡すかどうかは微妙だ。

仕方がない、今度父親がこちらに来た時にお土産として用意しておくか。

アルフォンスは苦笑しつつ再びルナベリーを火にかける。


さて、そろそろ帰る時間だよ。出来立てで熱いから気を付けてね


ぽんぽんと少女の頭を撫でつけ、お土産のジャムが詰まった瓶を袋に詰めて渡した。

かつては少女より背の低かったアルフォンスだったが、この10年で自分はすっかり少女より大きくなってしまった。ふと時の流れに少しばかりさみしさを感じる。




ニコニコと喜ぶ彼女だったが、急に顔を暗くし、俯いた。

どうしたのかと声をかけようとするが、彼女の口からぽつりと零れる。


「アル…いい加減一緒に行かないか?こんなところにいつまで一人でいるんだよ」


小さなつぶやき。だが確かに聞こえた。

ああ、またか。アルフォンスはそう思いながら穏やかに答えた。


ボクは、好きで一人でいるからね


「嘘だ。だっていつもさみしそうな顔をしている」


そうかも。でも教会には神官がいないとダメだろう?


「こんな教会、だれも来ないだろ」


だけど、この教会がなければボクは生き伸びることはできなかった。

神様の為にも、ここを捨てるわけにはいかない。


ガタンっと少女が椅子から立ち上がる。



「なんでだよ!こんな教会に神様なんていないだろ!!」




―居たら、私たちがこんなところにこれやしないんだ。




少女は牙をむいて叫んだ。吊り上がった瞳は紅く瞬き、背に生えた蝙蝠羽は荒々しくはためく。

月さえも塗りつぶすかのような、暗い闇があたりを包みこむような気がした。


だがアルフォンスは飄々と笑う。


そうだね。確かに神様はいないのかも。

でも、ボクは「人間」として生きて、そして死にたいんだ。


だから、ボクは君とはいっしょに行けないよ。


いつもどおりの、言葉。何度も繰り返した。

そう伝えると同時に突風が吹き、机の上のルナベリーが一つ、転がって地に落ちた。


アルフォンスだけが、一人立っていた。


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月が沈む空、少女は夜を駆ける。


ああ、滑稽だ。アルフォンス、お前は滑稽だよ。


神官と名乗っておきながら、仕えるべき神が居ない。


わからないのか?神の加護もなしに私たちの前に立つ恐ろしさが。


神官を名乗っておきながら、討つべき者を見逃している。


知らないのか?神官は神の尖兵なんだぞ。私たちは相容れない。


だから、


「お前は神官なんかじゃない。嘘つきだ。嘘つきの、詐欺神官だ」


かつて、一人で泣いている少女を慰める優しさを持っていて。

自分が辛くても、それを押し込んで他人に寄り添える強さを秘めていて。

誰にでも分け隔てなく注ぐ、暖かい心を持っている。


―こんな化け物に愛を教えた、救いようのない大馬鹿だ。

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