神様が叶えてくれる、たった一つの願い事

滝田タイシン

神様が叶えてくれる、たった一つの願い事

 元日の夜。この夜に見た夢が初夢と言われる夜。夢の中に神様が出てきた。白く長い髭に禿げ頭、真っ白の着物に長い杖。イメージ通りの神様だ。


「あーワシは神じゃ。今日はお前の願いを叶えに来てやったぞ」


 周りは雲の上だし、俺は完全に夢だと自覚していたので、目を覚ますまで楽しんでやろうと考えた。


「おお! 私のような者にありがたき幸せ。神様の慈しみの心大変感謝いたしますー」


 俺は芝居掛かったように平身低頭して大袈裟に感謝した。


「ほほう、感心な心がけじゃ。それでは願い事を一つ叶えてやるので言ってみろ」

「ええっ……」

「なんだその顔は?」


 神様は不服そうに見上げる俺の顔を見て、少し怒ったように言った。俺は夢だと言う気楽さもあり素直に気持ちを話した。


「あのーこう言った場合、願い事は三つまでと言うのがセオリーかと……」

「何?! 一つじゃ少ないと言うのか! 何でも願いを叶えてやるんだぞ」

「じゃあ、願い事を百個にしてください」

「お前は小学生か……」


 神様はあきれた顔をしていたが、しばらく考え、観念したようにため息混じりに言った。


「仕方がないのぉ。数を増やす訳にはいかんが、三つまで願い事を叶えたお前の未来をシミュレーションして見せてやる。それを見て一つに絞れば良かろう」

「本当ですか! ありがとうございます」

「だが三つまでだぞ。それ以上は譲れんからな」

「はい!」


 さすが夢の中だ、融通が利いている。さあどうしたものか。女か?いや女なんて金や権力で何とでもなるだろう。ここはやはり男の夢……。


「じゃあ最初に、世界一の権力者になりたいです。その願いの未来を見せて貰えますか」


 俺がそう頼むと神様は馬鹿にしたように笑った。


「まずはそう来たか、思ったより平凡じゃのう。あれはあれで強い心が必要なんじゃが、お前に勤まるのかな」

「約束でしょ、見せて下さいよ」


 意地悪そうに笑う神様に、ムッとして言い返した。


「まあ慌てるな。目を閉じて深く息を吸って止めろ。止めている間は未来を見せてやろう」


 俺は神様に言われる通り目を閉じ、息を大きく吸って止めた。

 その瞬間。ビデオの早送りとは比較にならない位のスピードで未来の姿が次々と頭に浮かび上がって来る。物凄いスピードだが不思議と何が起きているのか理解出来た。



 平凡な生活を送っていた俺は、ある日偶然に男を強盗から救った。男は政治家で気に入られた俺は秘書となり、そこから政治家、大臣、有権者の人気も得て日本の初代大統領にまで登りつめる。


 大統領になった俺の進める政策は当りに当り、経済力、軍事力共に世界最高峰、今や俺の言葉を無視できる人間は地球上に誰一人存在しなくなっていた。


 事実上世界一の権力者となった俺の元には、日々さまざまな問題が舞い込んでくる。ブラック企業も真っ青の激務の中で自分の考えで問題を解決していく。救われる人もいたが同じ位悲しむ人もいた。それでも容赦なく次々と問題は目の前に山積みとなり、疲労も重なって解決精度も落ちてくる。非難する人間の声は大きく、全ての人間が敵に思えてきた。


 俺はだんだん精神を蝕まれ、執務室で気が狂ったように笑いだし、とうとう息継ぎをしてしまった。



「どうじゃ? 世界一の権力者になって見るか?」


 俺は真っ青な顔で声を出す事も出来ずに、ぶるんぶるんと首を横に振った。


「そうじゃろう、そうじゃろう」


 神様は予想通りと言う風に機嫌よく言った。


「で、次はどうする?」


 次はどうする? 権力なんてただ重いだけだと分かった。なら金だ。金さえあれば何とでもなる。責任なんてクソ食らえだ。金持ちになって面白おかしく暮らせば良いんだ。


「お金が欲しい。俺を世界一の金持ちにして下さい」

「まあ、そうなるか」


 神様はにやりと笑い、息を止めるように言ってきた。俺はまた大きく息を吸い止めた。


 また頭の中に超スピードの映像が流れてくる。



 俺は宝くじで一等を当て、その資金を元手に株を買い見る見る内に大金持ちになっていった。投資は全て成功し、お金は雪だるま式に増えて行く。もう何もしなくても預けるだけで使い切れないくらいのお金を手に入れた。


 お金を持つとさまざまな人々が寄って来る。男、女。若者、老人。善人、悪人。その全ての人々にお金を与えた。さまざまな人と飲み食べ遊んで時間を過ごし、さまざまな女を抱いた。だが、お金で繋がった人々はお金以外の信頼は築けない。


 やがて年老い病に臥せた。相変わらず人は寄って来て、動けない俺の周りで宴会を始める。だが、誰一人俺に寄り添う者はいない。俺がいなくても金さえあれば宴は続きそうだった。


 この者たちは俺に寄って来たのかお金に寄って来たのかどちらだろう? 答えは誰かに聞かなくても分っていた。


 俺は虚しくなり大きくため息を吐いた。



「どうじゃ? 中々楽しそうじゃの。女も抱き放題で幸せじゃないか」


 神様はにやにやと意地の悪そうな笑顔を浮かべて俺に言った。


「次は俺を尊敬される人間にしてください。会った人が俺に魅了されるような人間に」


 お金だけの関係はいらない。本当に人に必要とされたいんだ。


「そんな事を神に頼む時点で尊敬なんてなあ……。まあ、よかろう。お前に最高のカリスマ性を与えてやろう」



 変化はいきなり現れた。会う人会う人が振り返り俺を褒め、持ち上げた。だんだん俺もその気になり、積極的に人前に出て行き益々人々から賞賛を受けるようになる。周りには常に人が溢れ俺の言葉を求め、まるで宗教のような熱を帯びてきた。望み通り人々は俺の魅力に惹かれ集まってきているのだ。


 望み通りになった筈が、俺の心にはどうしても納得出来ないしこりのような塊が居すわっている。人々は俺のくだらない話に笑い、安っぽい人情話に涙し、平凡な俺の容姿を褒めちぎった。だがどんなに努力しても俺は俺自身の話や姿に何の感動も感じない。ちっぽけで平凡な俺でしかないのだ。自己評価と客観的評価に余りにも差がある。


 ある日を境に俺は人前に出る事も話す事も出来なくなった。いつか薄っぺらな自分の中身がばれるのか怖くなったのだ。それでも俺に一目会いたいと人々が集まって来る。隠れ家のドアが破られ人々が我先にと押し寄せて来た。


 俺は人の波に押し潰され、悲鳴と共に息を吐いた。



「怖い思いをしたようじゃな。どうする? もう決めねばいかんぞ」

「……」


 俺は言葉を発する事も出来なかった。恐怖で湧き出た額の汗を拭い考えた。神様と約束した、願い事を叶えた三つの未来に俺の求める物は無かった。


 何か他の願い事を……。


 俺は意を決して神様に願いを伝えた。



「パパー寝てないで遊んでよ!」


 俺は愛する娘、愛莉(あいり)の突撃により目覚めた。


 目を開けると愛莉は布団の上から俺に抱きついていた。


「愛莉! お休みなんだからパパをゆっくり寝かせてあげなさい」


 妻が部屋に入って来る。平凡でどこにでもいるような女だったが、俺は妻を愛していた。


「おはよう」

「おはよう。まだ寝ていても良いわよ」

「パパおはよう!」


 俺は布団から上半身を起こし愛莉を抱きしめた。


「いや、もう十分に寝たから起きるよ」


 正月と言う以外何も変わらない、いつもの朝だ。


 俺はふと、神様の出てきた夢の事を思い出した。


 何も変わっていないぞ。俺の願いはどうなったんだ? ……いや、愛する妻と娘が居てこれが俺の望んだ幸せなんじゃないか……。


 ふっと笑いがこみ上げて来た。自分が夢の願い事に関して真剣に考えていることが可笑しくなったのだ。


 あれは夢なのだ。たとえどんな願い事であっても日常が変化する訳はない。……でも良い夢だった。改めて目の前の幸せに気付かせて貰った。これからも大切にしようと心に誓った。



「どうやら成功したようじゃな。記憶の書き換えは神と言えども面倒だからな」


 神様は雲の上から下界を覗き込み呟いた。


「『愛する家族と共に生きる平凡な生活』か……。分相応と言う言葉があるからのう。三十三歳独身フリーターの男の願いとしては最適だろう」


 神様は顔を上げ、誰もいない目の前に向かい語り掛けた。


「おい、そこのお前。目の前にあるささやかな幸せに気が付かず、不平不満を並べるんじゃないぞ。その幸せはワシが叶えてやった、たった一つの願い事なんじゃからのう」


 そう言って神様は楽しそうに笑った。

                            了

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