閑話其の1 ルイカと薬草取りの少女

「ねえ、ルイカ?」


 アッカの村を発ち、森に入ってからしばらくするとカーバンクルの姿に戻ったモップがルイカに話し掛ける。


「なーに、モップ?」


 ミミスと別れた直後は沈んだ空気を漂わせ、モップが声を掛けるのすら躊躇ためらうような状態であったルイカだが、そこは不老不死の呪いを受け継いだ少女、出会いと別れについてはある意味達観の域に達しているのである。


「どうして目的地と違う方向に向かってるのさ?」


 今、ルイカはミミスと出会った時と全く違う方向に馬車を走らせている。モップはその理由が分からずモヤモヤが止まらないようだ。


「それはねー……うふふ、内緒」


 ルイカはモップがモヤモヤしていると知っていて、わざと焦らすような態度を取る。


「ルイカ……もうい年なんだから、その性格直した方が良いよ」


 ルイカの性格をよく理解しているモップは、ルイカの意地悪な対応にとげのある言葉で応戦する。


「このっ、言ったなーモップ。口の悪い子にはこうしてやるっ」


 ルイカはももの上に座っているモップをひっくり返すと、お腹から下顎したあごにかけてモフモフとでまわす。


「ル、ルイカ―、止めてよー。僕が何をしたっていうのさー」


 そう抗議の声を上げながらも、モップは体をくねらせて満更まんざらでもなさそうな反応を示す。


「もう、モップたら可愛いんだからっ。ちょっと寄り道をしたくてね」


 やがてルイカを乗せた馬車は森を抜けると、容赦なく照り付ける日の光を浴びながら、ルイカが目指していた名も無い原野げんやへと辿り着くのだった……



「うん。ここが良さそうね」


 ルイカは名も無い原野げんやを一望できる小高い丘の上に馬車を停めると、堂々とした立派な大樹の木陰こかげに入る。


「ルイカ……昼寝でもしに来たのかい?」


 確かに小高い丘の上は風通しも良く、木陰こかげで大の字になって昼寝をするには持ってこいである。


「そのうちモップにも分かるから、ちょっとだけ静かにしててね」


 ルイカは肩に居場所を移したモップの頭を指先で優しく数回突っつくと、空間の中からお手頃な石碑を取り出して大樹の側に突き立てる。


「それじゃ、刻んじゃおっかな」


 ルイカは自身の人差し指の先に風魔法を留まらせると、突き立てた石碑に装飾を施していく。


「これで良し……っと」


 完成した石碑には”慰霊碑”の文字が刻まれ、この地で起きた先の戦争で戦場となった事を記した碑文も添えられている。


「ルイカ……これってもしかして……」


 そう、ここはミミスの父親がアッカの村で徴兵され、兵士として送り込まれた地なのである。


「ミミス達の元に遺体が帰ってきた訳じゃないみたいだから、正確に言うと行方不明なんだけどね……」


 ルイカは石碑と共に戦場となった原野げんやを望みながら、この場所に寄り道した理由をモップに打ち明けるのだった。


「さあモップ、お参りしよっ」


 ルイカは再び空間から小さな石碑を取りだすと慰霊碑の周りに配置して飾り付けを行い、花束を供え、死者を導くと言われているお香を黙祷もくとうを捧げる。


 吹き抜ける風を何度も感じながら長い黙祷もくとうを終えると、最後に世界樹の枝から作られた杖を用いてこの地に彷徨さまよえる魂が戻るべき場所へかえれるよう浄化魔法を発動する。


 ルイカはもう一度両手を合わせ慰霊碑に黙祷もくとうを捧げると、静かに名も無き原野げんやから去って行くのだった……





「ねえルイカ、ミミスからの手紙、なんて書いてあったの?」


 いつの間にかブレスレットからカーバンクルの姿に戻っていたモップは、ミミスからの手紙を読んだ後、口を半開きにした状態で思い出に浸って動かなくなったルイカに声を掛ける。


「うふふふふ……焼き芋のタルトも良いけど、モンブランのケーキも捨てがたい……」


 何を呟いているのかは神経を研ぎ澄まさないと聞き取れないが、どうやら手紙を呼んでいる内にルイカは寝落ちしてしまい、焼き芋とモンブランに誘惑されている夢を見ているらしい。


 事実を知ってカチンと来たモップは自慢の尻尾を使ってルイカの鼻をくすぐると、何事もなかったようにガーネットがちりばめられたブレスレットへと戻るのだった……


「はっ、はっ、はっくしゅんっ」


 くしゃみをした反動でソファーから転げ落ち後頭部を床に強打したルイカは、家中に響き渡るような大きな悲鳴を上げ目を覚ますと、むずがゆい鼻の先に付いていた白い毛を指でまみ取り、ポップが変形したブレスレットを睨み付ける。


「もう、モップ。もうちょっとで両方食べられたのにーっ」


 ルイカが長い年月を経てようやく手にしたつい棲家すみかでは、今日も不老不死の少女ルイカと親友のモップがほのぼのとした時間を過ごしているのだった……

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