第7話 ルイカと薬草取りの少女⑦

 二泊三日の素材採取弾丸ツアーを無事に成し遂げアッカの村に戻ってきたルイカは、リンゼンを連れミミスの家の玄関のドアをノックする。


「はーい……あっ、ルイカさん……っと?」


 二日振りに会ったミミスは血色も良く、そのあどけない表情からでも十分に体調が良くなっていることを感じ取ることができる。

 ルイカは頭上に疑問符を浮かばせながらリンゼンを見つめるミミスに経緯いきさつを説明すると、調合した薬をミミスに手渡すのだった。


「お母さん、お薬だよ」


 ミミスは受け取った内服液剤が入った小瓶の蓋を開けると、ベッドで寝込んでいるミミスの母親にゆっくりと飲ませる。


「うむ。我ながら完璧な錬金であったようだ」


 リンゼンが満足そうに頷きながらそう呟くと、服薬したミミスの母親の体は温もりのあるほのかな光に包まれ、徐々に顔色が良くなっていくのだった。


「一度服薬しただけでは完全に悪素あくそを取り除くことはできないから、ちゃんと毎日一瓶ずつ飲ませるように」


 リンゼンはミミスの母親を診察し、自身が錬金調合した薬が有効であることを確認すると、全快するのに必要な日数分の調合薬をミミスに渡す。


「ミミス君。君の母親が薬を飲んだ後、先ほどのように光に包まれなくなれば完治だ」


 諦めていた母親の病気が完治することを知ったミミスは、目に涙をめて頭を下げる。

 ルイカはその姿を見てもらい泣きしそうになり、そっとその場を離れるのだった……



「おいミミスっ。薬を持ってきてやったぞ」


 ルイカがミミスの母親が静養せいようしている部屋から退室し気持ちを落ち着かせていると、品性の欠片もない男が無施錠むせじょうの玄関ドアを開け、勝手に上がり込んでくる。


「あーっ、なんだお前?」


 乱暴な声の主は玄関奥にあるダイニングでルイカと出くわすと、不機嫌そうに声を上げる。


「あっ、先生」


 ムカっとしたルイカが拳を握って目の前の男をぶっ飛ばしてやろう身構えると、母親の部屋から出てきたミミスが品性の欠片もない男を先生と呼ぶのだった。


「先生?」


 ルイカは百歩譲ってもチンピラにしか見えない風貌ふうぼうのこの男がミミスに先生と呼ばれたことに対し、年甲斐としがいもなく口をあんぐりさせる。


「はい、母の病気を見て下さってるお医者さんの先生です」


 ミミスにそう言われた目の前の男は向かっ腹の立つ下衆げすな笑みを浮かべると、汚らしいズボンのポケットから薬包紙やくほうしの代わりに使われる葉を取り出す。


「おう、俺は医者の先生様だ。薬を持ってきてやったから金を寄越よこせ」


 男はそう言うと、毒々しい真っ黒な錠剤をテーブルの上に置く。


「ほう……その薬は君が調合したものかね?」


 ミミスの後を付いてきたのか、騒ぎに気付いたのか定かではないが、ミミスの母親の部屋のドアにもたれ掛かったリンゼンが声を掛ける。


「何だお前ら……そうだ、これは俺様が作った薬だぜ」


 リンゼンは毒々しい真っ黒な錠剤が置かれたテーブルに移動すると、男が置いた薬を手に取る。


「おっ、おい。汚ねえ手で触るんじゃねー」


 リンゼンは男の罵声ばせいを物ともせず薬品の鑑定を続ける。


「ほう、これは面白い……ミミス君。君の母親が悪素病あくそびょうになった原因はコレだよ」


 リンゼンはそうミミスに伝えると、胸元から縄のような物を取り出し男へ向かって放り投げる。


「てめえっ、何いちゃもん付けてんだ? ぶっ飛ばすぞっ」


 男はそう吐き捨てるとリンゼンに向かって襲い掛り、リンゼンが放り投げた縄のような物を片手で払いのける。

 刹那せつな、縄はまるで生きているかのようにうねり出すと、殴り掛ろうとした男を雁字搦がんじがらめに縛り付けるのだった。

 

「ふっ、他愛もない」


 リンゼンは床に転がる男をさげすんだ目で見下ろすと、テーブルの上に置かれた毒々しい真っ黒な錠剤を証拠品として回収する。


「そうだ……ルイカ君。君が握り締めているそのこぶし矛先ほこさきを探しているのではないかね?」


 リンゼンは自身の手を使ってやかな長髪をなびかせると、どうぞと言わんばかりに床に転がって足掻あがく男を指し示すのだった。


「それはそれはご丁寧に。それではお言葉に甘えて遠慮なく」


 ルイカは涼しい顔をしてリンゼンの提案を受け入れると、ドラゴンですら尻尾を巻いて逃げ出すような強烈な一撃を床に転がって足掻あがく男の顔目掛けてんだ。


「あああっ……」


 リビング内に響く鈍い音に、ミミスは自分が殴られたかような呻き声を上げると、目を覆い隠す。


「ナーイスアターック」


 リンゼンは口笛を吹きならが指を鳴らして実況を中継すると、ルイカの痛恨の一撃を受けて気絶した男に何かの粉を振り掛けた。

 すると、品性の欠片もない男の顔がプクプクと泡を立てながら溶けていくのだった。


「げっ、良い子に絶対見せられないやつじゃん」


 ルイカはそう言いながら、目を覆い隠しているミミスの手の上から更に自身の手を使って覆い隠す。


「これが彼……グロンテスの本当の姿さ」


 リンゼンは洗浄魔法でグロンテスと呼ばれた男の顔を洗い流すと、そこには先ほどとは全く別人の顔がさらされる。


「彼の名はグロンテス。王都でちゃちな詐欺を繰り返していた小物なのだが、ある日貴族相手にやらかしてね……今は指名手配されている賞金首さ」


 リンゼンはそう言うと、またもや胸元から一枚の手配書を取り出しルイカに見せる。


「ふーん、それは分かったけど、何で一介の錬金術師がそんな物持ってんのよ?」


 ルイカはリンゼンの化けの皮をがしてやろうと問い掛ける。


「それはだね……ルイカ君。話と非常に長くなるけど、聞きたいかね?」


 ルイカとミミスが首を縦に振ったのを確認したリンゼンは本当に長話を始めるのだった。


「要するに、このグロ何とかが貴方の名前をかたって偽物の薬を売りまくってたってことね」


 リンゼンが語る内容の大半が箸にも棒にも掛からないどうでもいい話だったが、貴族相手にヘマをやらかして王都から逃亡したグロンテスは、逃亡先でお金を稼ぐためにリンゼンの名をかたってあちこちで毒物を薬と偽って売りさばいていたらしい。


「うむ……美しくない表現をすればそうとも言えるね」


 ルイカの芸術性の欠片も無い表現に呆れた仕草をして見せたリンゼンは、三度みたび、胸元から金貨の詰まった袋を取り出すとテーブルの上に置くのだった。


「ミミス君。これはこの男に掛けられている懸賞金の一部だ。君の取り分として受け取るといい」


 ミミスの性格を把握しているのか、リンゼンはミミスが断れないような言い回しをする。


「ミミス良かったね。これだけあれば生活費に困ることもないよ……で、リンゼン。私の分は?」


 リンゼンをグロンテスの元へ導いた貢献者は誰がどう見てもルイカだ。


「うむ……そうだな……ルイカ君。君には改めてお礼の場を作るとしよう」


 リンゼンはそう言うとルイカの顔に急接近し、最後にルイカの耳元で「ブレスレットの彼も一緒にね」とささやく。


「では、私はこの男を突き出して懸賞金を受け取らねばならないので、これで失礼するよ」


 ルイカの反応を見てリンゼンは満足そうにほくそ笑むと、縄の端を手に持ちグロンテスを引きずりながら去って行くのだった……



「ミミス、何か騒がしいようだけど、どうかしたのかしら?」


 無施錠むせじょうの玄関から堂々と去って行くリンゼンを呆然ぼうぜんと見送るルイカとミミスに、背後から声が聞こえる。


「お、お母さん……起きて大丈夫なの?」


 久方ひさかたぶりに見たであろう母の立ち姿にミミスは涙を浮かべて駆け寄ると、優しく抱き付いて顔をうずめる。


「ええ、あの薬を飲んでから随分と良くなった気がするわ」


 ミミスの母は赤ん坊をあやすようにミミスの頭を撫で、それはミミスが泣き止むまで続くのだった。

 ルイカはその様子を満足そうに眺めると、静かにその場を離れ去ってゆく。


 住宅正面の空きスペースに止めてある馬車に戻ったルイカは御者台ぎょしゃだいに座り、最後にもう一度ミミスの部屋の窓を優しい笑顔で見上げると、名残を惜しみながらも馬車を出発させる。


「ルイカさんっ!」


 馬車が動き始めるやいなや、住宅の入り口からミミスが大声を上げながら追い掛けてくる。

 ルイカはゆっくりと馬車を停車させると、御者台ぎょしゃだいから降りミミスの前に立つのだった。


「ルイカさん、酷いです。なんで何も言わずに行こうとするんですか?」


 先ほど母親に見せた涙とは全く別の涙を浮かべてミミスが詰め寄る。


「いや……ね。ほら、水を差すのは得意じゃないって言うか……」


 ルイカはミミスの迫力に年甲斐としがいもなくテンパってしまう。


「私、ルイカさんのこと何も知らないから、いきなり居なくなっちゃったら、お礼を伝えることもできないじゃないですかっ」


 ミミスはルイカの両腕を握り、流れる涙を地面に降らせ続ける。


「そう言われればそうだね……ならこうしよう。ミミスが覚えている間でいいから、ここに手紙を送ってちょうだい」


 ルイカはそう言うと、腰に巻いている鞄から一束の葉書はがきを取り出し、自身の腕を握るミミスの手を優しく外して葉書はがきを握らせる。


「ここに私の住所が書いてあるから、裏に何か書いて冒険者ギルドに出せば私の家まで届くから……ね」


 ミミスはもう片方の手で涙を拭うと、ルイカが手渡した葉書はがきを見て頷く。

 この世界では街から街への移動は危険を伴うため、旅をして知人の家を訪ねるような習慣は冒険者や貴族など一部の人しか行わないのである。


「それと……」


 ルイカは、冒険者ギルドで購入した狼の皮で作られた特製の胸当てを御者台ぎょしゃだいに設置されている荷物入れから取り出すとミミスに渡す。


「これはあの時倒した狼から作った胸当てよ。是非、ミミスに受け取って欲しい」


 ルイカはミミスのもう片方の手に狼の皮で作られた特製の胸当てを握らせると、ミミスの肩から手を回し優しく抱きしめる。


「ルイカさん、私文字書けないですよ」

「そう、なら覚えれば良いじゃない」

「私、ルイカさんとまた会いたいです」

「そう、なら旅ができるくらい強くならないとね」

「ルイカさん……」


 ミミスは言葉の途切れがルイカとのお別れの時だと知っていて、必死に言葉を繋げようと頑張る。

 ルイカはミミスのその気持ちが嬉しくて、こぼれそうになる涙を目を閉じ必死に抑えるのだった……



「ルイカさん、絶対に手紙書きますからねっ」


 ミミスは動き出した馬車に向かって、最高の笑顔で手を振った。

 ルイカは流れる涙を見せまいと、振り返ることなく手を上げてミミスに応える。


 こうして、ルイカと薬草取りの少女の出会いの物語は幕を閉じたのである……

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